迷宮鱒。
アオミ付きのグランプに乗ってれば安全だと言うのに、一人は怖いと言うエルンもボートに乗せて水に出た。
綺麗な円形では無いが直径1キロちょいくらいの湖には、ボートまで出して釣りをしてる奴は他に居ない。俺とポロのボートしか存在しない。
「そこ居そうだな」
ポロはポロで少し離れた場所でフライを練習してる。初めてにしては上手に出来てると思う。
俺も違う場所でフライをぴょんぴょんしてると、水中に魚影が動いたのを確認した。もう少しだな。
「…………変な漁法ですねぇ。見た事ないです」
そりゃこの世界でもうフライフィッシングあったらビビるわ。地球で生まれたのも確か、十五世紀とかじゃなかったか?
見学する桃髪をおいといて、しばらく水面を叩いてからスっとフライを流す。すると水面をがぼっと魚が跳ねるようにフライを食った。
「来た、乗った……!」
ロッドを立て引くようにして
「ッ!? カイト、もう釣った……!?」
中々の良型らしくて引きが良い。近くでバシャっと音がして気が付いたポロが驚いてる。その頭に乗ってるピーちゃんが「おうワレェ、姫に一番目を譲らんかいゴルァ」みたいな顔してるが知らん。
リールを巻いてすぐに寄せ、足元に転がしてたラバーネットでランディング。ニジマスは白っぽい体に薄らと虹が出るのだが、コイツは真っ黒い体に赤黒い光沢を見せている。
こいつが迷宮鱒か! カッコイイなおい!
「ひょわぁ、本当に取れちゃいましたですね」
デカい。40センチくらいか。良型のマスだ。本当にマスかは知らないけどポセイドン様の翻訳がそうなってんだからマスなんだろ。
見た目はニジマスよりブラウントラウトの方が近いか。サケ科の魚は顔付きが特徴的なのであんまり差が無いのだけど。
エラの下にナイフを突っ込んで下側をブツっと切断。大きい血管が逝って大量出血する迷宮鱒を水が入ったコンテナにぶち込む。これで血抜きしてからインベントリに入れれば良し。
「久しぶりのフライは楽しいな! どんどん行こう!」
「むぅ、難しい。カイト、ちゃんと教えて欲しい」
ボートを寄せて甘えてきたポロにもちゃんと最初から教え直す。天才肌だから行けると思ったけど、それよりも甘えたい欲が勝ったらしい。
結果、三時間ほど釣りをして俺が六、ポロが四を上げて陸に戻った。
こいつを地上に持って帰れば、状態次第では一匹で銀貨二枚だそうだ。ボロい商売だなぁ。
「カイト、ご飯炊くからすぐ食べる」
三合炊きメスティンを用意しながらポロが言う。捌くのは任せたって事か。今日はサーモン丼だな。
テーブルとまな板、包丁を用意して捌き始める。マスの尻尾から頭に向けて包丁を立てて滑らせ、鱗をバリバリ剥ぐ。
「あの、私はどうすれば……?」
「そこで待ってろ。最高の昼飯食わせてやる」
「うぅ〜、食事は
知らん。魚を捌けないお前が悪い。
鱗を取ったら肛門から包丁を入れて腹を裂き、内臓を取り出しつつエラをブチッと引きずり出す。
「あわわわ、グロいのですぅ……」
「そこで待ってろとは言ったが、別に見てなくて良いぞ?」
背骨の隙間に詰まった血合いを指で掻き出したら、
洗ったマスはエラ口に包丁を入れて頭をズンっと落とし、背骨を基準に包丁を入れて三枚に卸す。そうして目の前に現れたのは綺麗なオレンジ色の身。やはりサーモンか貴様。
その後に皮と身の隙間に包丁を入れて皮を引っ張って綺麗に剥ぐ。皮もカリッカリに揚げたら美味しいので、一応保管しておく。
皮を引いたらまた身を水で洗った後、キッチンペーパーで水気を良く拭いてからインベントリに一度仕舞う。
これを繰り返してサクを何個も作ったら、中落ち含めて残った背骨をブツ切りにして、アラとして大き目の鍋にぶち込む。カセットコンロの上に置いて点火し、味噌汁用のパック味噌を何個か投入してアラ汁作り。
ここからは包丁を交換し、刺身包丁を出して迷宮鱒、いやサーモンのサクを切って刺身にしていく。
「そんなに細かく切るですか? 煮込んだら無くなっちゃうですよ?」
「ん? いや煮込まんぞ? ………………あぁ! 忘れてた、エルンお前、魚を生で食えるか?」
完全に忘れてた。当たり前のように刺身出す気で居たけど、普通は生食しないんだった。
「……………………な、生です?」
聞けば、ドン引きしてるエルンが居る。さもありなん。
「無理そうか? だったら別の料理用意するから待ってろ。いやぁ、うっかりしてたわ」
「お、お二人は、魚を生で食べるですか……?」
「おう、食べるぞ。基本は海の魚だけなんだが、この魚も大丈夫なんだよ。多分」
「多分っ!?」
多分だよ。食べた事無いもん。知ってるのはあくまで『良く似た魚』であってこの魚は知らない。
「どうする? 健康被害は無いと思うが、保証はしない」
「お二人は、それでも食べるです?」
「「食べる」」
俺とポロの言葉がハモって、なんか無駄に迫力が出た。
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