迷宮湖。



 眷属が優秀過ぎて戦う必要が無いなか、一日一層のペースで攻略して四層にまで来れた。


 俺がステータスを上げたせいなのか、それとも浅い階層は元々少ないのか、結構なカズのモンスターを倒してるのに獲得した経験値は少ない。


 それともあれか、眷属と経験値を分け合ってる? 成長要素を解放した影響? 分からないけど、やはりステータスをこれよりも上げるのは並大抵じゃないのだろう。


「ここが、迷宮湖!」


 辿り着いたのはそう大きくは無い湖。四層はジャングルでは無く広葉樹の森林であり、狼や昆虫系のモンスターが多かった。


 湖の規模はちょっと大きい沼って感じだが、湖と沼の定義は規模で決まる訳じゃないので、ここはちゃんと湖だ。


 沼と湖の違いとは、沈水性の植物を初めとした植生が有るか無いかが鍵となる。


 要はマツモとかの水草が水深の深いところにあって、蓮とかがシダが周りにあったら沼。植生が湖岸から離れた場所に限られて、水深のある場所に沈水性の植物が無かったら湖である。


 石がゴロゴロとしてる湖岸は植物が少なく、見た感じでは水草も中には見えない綺麗な水があり、パッと見では湖で間違いないだろう。


 まるで湖が植物の侵攻を拒絶してるかのように湖岸はスッキリとしていて地面が見えてる。野営するには良さそうだ。


「他にも人が居るっぽいね」


「はいです! 迷宮鱒を専門に取って稼ぐ人も居るですから!」


 ほぼ漁師じゃんそいつ。


 俺は良さそうな地面にさくっとグランプを出し、腕輪がグランプを三次元印刷したらアウトリガーを使って車体を固定した。これで設営完了だ。


 車内にあるテントをいつものようにエルンへ貸し出し、グランプの近くに立てさせる。彼女も自前のを持ってるけど、俺のテントの方が性能が良いので貸してるのだ。高い奴だからなぁ。


 エルンは最初、二日目以降は朝に赤い顔して俺達をチラチラ見てたんだけど、どうやら起き抜けでは匂いが残ってるらしい。朝風呂をするようななったら解決した。


「………………よーし、釣るぞ! 俺はこの為にここまで来たんだから!」


「ん、釣り尽くす。そしてカイトに料理してもらう」


 サーモントラウトならインベントリに入れて寄生虫をぶち殺せば刺身で食える。サーモンの刺身とか久しぶりなのでテンション上がってる。


 日本人がよく食べてる刺身用のサケとは実のところサケでは無くて、養殖されて寄生虫問題をクリアしたサーモントラウトなのだ。つまりマス。


 まぁマスはサケ目サケ科の魚なので広義的にはサケである。同じ白身魚でアスタキサンチンで身が赤く染まる近縁種だ。


「さぁーてどうやって釣ろっかなぁ? あ、エルンはもう休みまくってて良いぞ。俺達が釣りをしてる間は案内役は要らないし、休んでる分も日当出すから」


「それは良いんですけど、結局お二人はここに魚を取りに来たんです? お金が有るなら買えば良いと思うですよ」


 分かってねぇなコイツ。自分で釣るのが楽しいんだろうが。


 いや釣り人以外に釣りの楽しさを前提に考えるのは良くないな。別に理解を求めようとも思ってないし。


「エルン。買って食べるより、釣って食べた方が新鮮。美味しい方が良いし、楽しい」


「あ、なるほどです! 収納スキルが無い人が持ち帰る魚ってたまに傷んでるから、そういうことですか!」


 ちょっと違うけどまぁ良いや。


「さてポロ。どうやって釣りたい? マスなら釣り方色々あって楽しいぞ」


「どんなのある?」


「餌でも良いし、ルアーでも釣れる。あとフライって釣り方でも行けるな」


「ふらい? …………揚げ物?」


「違う違う。フライを使うのさ」


 試しに道具を買ってセッティングし、実演してみせる。とりあえず八万くらいの奴で良いだろ。


「…………リールが、横向き?」


 ポロがまず注目したのは、平たいボビンがそのままくっ付いたようなリールである。これはフライリールと言って、フライフィッシング専用の物だ。


「これはフライリールって言う道具でな。まぁ使い方は今から見せるよ」


 フライフィッシングに使うラインは特殊で、風の抵抗を受けやすい軽い素材が用いられる。新体操のリボンと武器としての鞭の中間みたいな動きが必要な釣りなのでそうなってる。


 その先にフライと呼ばれる毛鉤を付ける。これはモシャっとした毛がハエや蚊に見える一種の疑似餌ルアーであり、これでぴちゃぴちゃと水面を叩き続けて魚にアピールするのだ。


「これ慣れないとちょっと大変だから、よく見てろよ。コツがあるんだ」


「…………面白そう」


 長いロッドを持ち上げつつ、リールから出てるラインを手に持って引く。この二つの動きを調整して、ラインをムチみたいにしならせて水面を叩くのだ。


 そうすると水中の魚は水面で虫が産卵活動をしてるように見えて、そしてフライで水面を叩くのを止めてそのまま流すと力尽きて水に流れる虫に見える。


 そうなると魚は「お、死によった。食べたろ」と水面のフライをガブッと行って釣られるわけだ。


 ロッドとラインのしなり、それを調整する手出しを噛み合わせないと上手く動かせないので、結構上級者向けの釣りになる。


「ぽ、ポロもやる。やりたい」


「ほいよ。じゃぁコレそのまま使え。ボート出して奥でやっても良いからな」


「わかた」


 この釣りの良いところは、水面でアピールするから上を見て餌を待ってる魚へ広く周知出来るところにある。お、餌やんと思って隠れた岩場とかから出て来ちゃうのだ。


 もちろん隠れたままの魚も多いだろうが、魚が居る場所をピンポイントで探し回るより、ある程度は魚の方から寄ってきて貰えるのは助かる。なにより初めてのフィールドなら尚更だ。


 俺達はこの湖のどこに魚の住処すみかが有るのか分からないのだから。


「まぁ海神の神術オーシャン・レアで魚探すれば一発なんだけど」


 でも俺は海以外で魚探は使わない事にしてる。だって川や湖の限られた空間を攻めるなら、知識と経験で勝ってこそ釣りだろう。海は流石に規模が違い過ぎるから魚探使うけどさ。


 楽しそうに水面にフライをぴちょぴちょし始めたポロを見て、俺も道具を一式買い直してからセッティングしてボートを出す。


「ま、待ってくださいです!? なんですかその船は!?」


 あぁ、エルンのこと忘れてた。


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