やっぱボロい。
「ほら見ろ! くっそボロい!」
オレンジっぽい髪の女に案内され、大通りから裏路地に入り裏路地に入り裏路地に入り、何回裏路地に入るねん! って突っ込みを入れる頃にやっと着いたのはボロい木造の三階建て。
どっかの柱に蹴り入れたらそのまま崩壊します! って見た目はもう、泊まるとか以前の問題だ。
「チェンジで」
「ちぇんじって何!? 褒め言葉!?」
「ああそうだよ(適当)」
もうコイツの相手疲れたよ俺。ずっとテンション高いのコイツ。お陰で物静かなポロの有難みが良くわかった、俺の嫁最高。
「大丈夫、カイト。いざが来たら、法術で守る」
ポロが崩壊したら守るからねって言ってくれる。マジでその危険がありそうなのが笑えない。
「んで? ほら、どうせお涙頂戴な話とかも用意してんだろ? さっさと語れよオラ」
「だからなんでそんな辛辣なのッ!? なにかしたっけ!?」
道を塞いだだろうが。条例違反は罰則対象だわ。
まだ宿には入らず、目の前でオレンジ女に次を促す。ここまで来たらテンプレのフルコース味わってから帰るわ。おら喋れよ。
「えと、まぁ、うん。…………その、ウチはお母さんが居なくて」
そして始まる物語。幼くして母を失ったオレンジ女を、父は男手一つ育て上げた。しかしそれも限界が訪れる。
元々は料理の腕だけの夫を、妻が笑顔で支える事で成り立ってた宿は段々と寂れていき、今では値段を下げてやっと駆け出しの冒険者が使ってくれる程度の宿に落ちぶれてしまったとか。
ポロは多少感じ入ってたが、その手の話しは五万と聞いてきた俺に取っては別に「へぇ、ふぅん」で終わる。なんならアクビも挟まる。
オレンジ女は父の料理と母の笑顔で宿が成り立ってたなら、自分が母の代わりに笑えば良い。そう思って客引きを始めたとか。
へぇ、そう。で?
いやホント、微塵も興味を引かない話だった。もう何も期待できないし帰っていい?
「ほら、お父さんに紹介するから!」
「宿の利用を『お父さんに紹介』と言うのがもう地雷臭ハンパない」
帰っちゃダメらしく、案内された先には中もボロボロの酒場があった。カウンターがあり、そこで鍵の受け渡しとかもやるんだろう。厨房はカウンターの奥にある別室らしい。
パピルスみたいな紙は流通してるみたいだし、台帳もあるのかな。他の宿だと有るとこと無いとこがあった。
「…………客か」
酒場にはボロい革鎧を着た冒険者風の人物がバラバラに三人ほど。そしてカウンターにはオレンジ女の父だと思われる男性が居た。
濃い茶髪は短く切られて少しウルフっぽい感じ。見るからに
「客か、じゃないでしょお父さん! いらっしゃいませでしょ!」
珍しくオレンジ女がマトモな事言ってる。槍でも降るのか? どうせ尖ったものが降るなら槍よりカジキにして欲しい。刺身にして食べたい。
娘に注意されたにも関わらず、親父は何も言わずに仏頂面でカウンターの下から鍵らしきものを出してカウンターにドンと置く。
「ごめんねっ? お父さんいつもこんなんで……」
でも、料理はと続く言葉に手を上げて遮る。
「いやごめん無理。悪い人じゃ無いんだろうけど、最低限の接客すら出来ない宿とか使う気になれない。商売を舐めてるとしか思えないし、そんな所を泊まるなら野営の方がマシ」
予想が全部当たってて逆に楽しくなって来たけど、流石に利用するとなると問題しかない。俺はポロの手を引いて帰ろうとする。
「まっ、待ってよ! お父さんの料理を食べたらきっと……」
それでも俺の袖を引いて止めようとするオレンジ女に、俺はちょっと我慢の限界を迎えて口を開く。
「……………………バッカじゃねぇの?」
あまりにも舐めてる。誰な何を舐めてるかと言えば、父親が商売と絶客をクソほど舐めてる。
正直、まぁオレンジ女の方は良い。ウザイけど頑張ってる。だけど父親がダメだ。あれは見込みが無い。
「な、なに…………」
「あのさ、無駄だよ。君がどれだけ頑張っても、その親父が変わらないとこの宿はどうにもならないし、君の頑張りは全て無駄になる」
本来は別に言う必要も、その義理もないけど、このオレンジ女の頑張りに免じて少しだけお節介をする。
「そ、そんな事ないよ! お父さんの料理は────」
「料理、料理料理料理料理料理。…………ねぇ、バカなの? ああいや、君じゃなくて父親の方ね」
言いたい放題の俺。それを寡黙ながらも全て聞こえてるだろう父親は射殺すように俺を睨んでる。酒場に居る冒険者達はなんだなんだと酒を煽って、事態を肴を楽しんでるようだ。
「あのさ、料理が美味しいなんて当たり前の事だろ? 料理を売ってる場所なんだから。もしかして本当に美味しい料理だけでどうにかなると思ってるの?」
もしそうなら、地球には『広告』なんて物は生まれない。
「俺も昔さ、酒場で働いてたよ。そこの大将、お店の店主はあんた見たいに笑わない人で、口数も少なかった」
俺を雇ってくれた人。魚の捌き方と調理を全て叩き込んでくれた恩人で、心の親。
「その人の店は、客がいっぱい入ってたよ。凄い忙しかった。大将が笑わなくても、喋らなくても、店は流行ってた」
「…………な、ならウチだって!」
似たような人が、人気の店で料理を出してた。そう聞いたオレンジ女は顔を明るくするが、それが俺に火をつけた。
「ザケんなボケ。俺の恩人は、大将は、ちゃんと努力してたっつぅの。お前の親父と一緒にすんな」
大将は寡黙だった。良い人だったけど、それを伝える為の笑顔を知らない人だった。
でも、それじゃダメだとありったけの努力をする人だった。
壁に貼る品書きはどうすれば見やすいか、どんな文字ならウケるのか、そんな事さえ悩んでいっぱい調べて、少しでも良くしようと勉強してた。
笑顔が苦手だから客を威圧しないように、でも卑屈にならないように人への接し方もネットや本で調べてた。
店の場所から推測出来る客層の年齢、性別、時間帯から飲酒率なんかも調べに調べて、それらにウケるだろうメニューの開発、刺さりやすい広告なんかも必死で考えて常に努力を続けてた。
「大将は自分が笑わなくて、喋れなくて、それじゃダメだとちゃんと分かってた。だから雇う人はとびっきりの笑顔を一番に考えて採用してたし、その笑顔が曇らないように慎重に仕事を回してた。自分が笑えなくても、喋れなくも、その代わりに客へ笑って接客出来る店の仲間を気遣ってた」
俺も、気遣われた一人だ。親がクソでも、生きて行けるんだと教えてくれた人だ。
そんな人と、料理だけ作って満足してるソイツを一緒にするな。ぶっ殺すぞコノヤロウ。
もし親が見込みないなら、ウチの店を継がせてやろうか。そんな事をボソって言ってくれた時、俺は包丁握りながら泣いた。
「なぁ親父さん。あんた何やってんだ? 娘が必死に客を連れて来てんのにさ、『客か』じゃねぇだろボケッ! 潰れそうなんじゃねぇのかよこの宿! なに呑気にしてんだクソッタレがっ!」
マジでオレンジ女が言う通りなんだよ。まずは「いらっしゃいませ」なんだよ。大将だってそれくらいは頑張って口にしてた。
「接客舐めんな! 料理だけしてたら良いと思うんじゃねぇぞ! 客は料理食いに来てんじゃねぇんだよ! この場所で飯を食う時間に金を出してんだよ! ここで飯が食いてぇって思わせなきゃダメだろうが! 美味いだけの料理なんてどこでも食えるんだよ! 飯だけ出してぇなら宿屋なんて畳んで屋台でもやってろ!」
「そ、そんな事言わなくても良いじゃん! お父さんだって頑張ってるもん!」
「足りねぇって言ってんだよ甘やかすな!」
涙目で反論してくる女に怒鳴り返す。
「結果が出てねぇからこの状態なんだろうが! アンタが笑えねぇなら笑える奴を雇えよ! 料理が知られてねぇってんなら口の軽い奴にでもタダ飯食わせて喋らせろ! 出来ることは全部やれよ! 娘が体張って客引いて来てんだろうが! テメェが守らなきゃいけねぇ家族に何甘えてんだよ!」
どいつもこいつも、親って奴はろくでもねぇ。
「客は勝手に生えて来ねぇんだよ! だから娘が客引いて来てんだろ! 何が『客か』だよボケがぁ! アンタの娘がアンタの為に連れて来た客だぞ! 死ぬ気で引き止めろよ! ここに泊まりたいって思わせろ! ここの飯が食いてぇって確信させろ! 鍋だけ見てて客が喜ぶわけねぇだろうが! そこに居る三人だって値段くらいしかこの宿に価値を付けてねぇよ! 娘の仕事で食う飯は美味いか!?」
キレ散らす俺に呆然とする店主。突然キレたヤバいやつの自覚はあるけど、でも間違った事は言ってない。
そう、間違ってない。大将が重ねた血の滲む努力は、間違ってない。
「娘をアンタが養ってるとか思うなよ。アンタが娘に世話されてんだ。今のアンタを奥さんが見たら、なんて言うか考えてみろよ」
俺は今度こそ、ポロの手を引いて宿を出た。
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