川魚の良さ。



 チャンスを逃したポロの横で、俺も魚を乗せて見事に釣り上げた。


 結果、ポロは悔しくて悔しくて見た事ないくらいに駄々をこねた。ムキーって言ってた。


 仕方無いので抱き締めてキスをして舌を口に捩じ込む。ポロは羊の獣人であり、この世界の羊が俺の知ってるそれと同じか分からないけど、とても舌が長い。


 負けたけどご褒美を貰えたポロは機嫌を良くして俺の口を蹂躙した。長い舌で俺の口の中をめちゃくちゃにして、にゅるにゅるされた。


「ぷはっ、………………えへへ、カイトしゅきぃ。でも負けたの悔しい」


 ご機嫌直ってなかった。


 舌同士が糸を引きながら離れたあと、ポロは頬を染めながら釣りに戻る。


「カイト、カイト」


「どした?」


「一匹釣ったら、一回ちゅー」


「了解。じゃぁ今のは先払いな」


「分かった。二匹釣る」


 ルンルンなのに対抗心を燃やすポロのそばで、釣った魚を確認する。


 乳白色っぽい腹に、少しだけオレンジが混ざる複雑で立派な黒斑。唇が太くて顎が大きい魚体を見ると、イワナに近い魚かと思う。


 イワナはサケ目サケ科で鮭の仲間。言わずもがな超美味い。


 釣れたのは40サイズくらいでかなり大きく、コイツを塩焼きにするだけでも腹にたまるだろう。俺は大食いなので足りないけど。


「ふむ。ポロ、俺ちょっとコイツを捌いて食ってみるから、釣りを続けててくれ。毒味する」


「…………分かった。当たって死んだらポロも食べて追い掛ける」


「それは止めろ。苦しみ始めたらラギアスにでも乗せて都市に連れてってくれよ」


 インベントリから机とまな板、包丁のセットと水の入ったペットボトルを取り出す。


 エラに包丁を入れて顎の下をブッツリと切断し、血抜きをする。ドバドバと血が出て暴れるイワナを押さえ付けながら、包丁を立てて尻尾から頭に向けて擦り付ける。


 そうやって鱗を取り終わる頃にはイワナも絶命してた。ペットボトルの水を掛けて鱗と血を全て洗い流す。


 次にイワナの肛門に包丁を当て、頭に向かって包丁を引いて腹を裂く。そこから内臓をすべて取り出したら腹の中に指を突っ込んで、肋骨の隙間に溜まってる血合いを書き出した。


 最後に、腹の中もじゃぶじゃぶと水で洗って綺麗にしたら、バーベキュー用の鉄串をイワナの口の中からぶっ刺して塩を振る。


「ほい完成。あとは焼くだけ」


 焚き火台を出しても良いが、せっかく河原だから石組みのかまどで焚き火を作った。薪はホームセンターとかで売ってる奴だけど。


 焚き火のそばで串を固定する為の石を組んで、イワナを遠火でじっくり焼く。その頃にはポロも魚を釣っていた。


「…………カイト、釣れた。やっぱりちゅーして欲しい」


「また先払いな?」


 魚を持ったままのポロにちゅっちゅとキスをして魚を受け取る。そのうち捌き方も教えようか。


「ポロも食べる。一緒に毒味」


「一緒にしたら毒味の意味無いんだよなぁ」


 要は死ぬ時は一緒だぜって事らしい。でもポロには死んで欲しくないからどうしようか。


 そう悩んでたら、近くに人の気配がした。


「おぉーう、うんまそうな匂いだなぁ〜!」


 振り返ると、見知らぬ男性が一人居た。四十代くらいの黒髪だ。焼いてるイワナの匂いに釣られて来ちゃったんだろうか。俺はついに人まで釣ってしまったらしい。


 その男はなんと、手に釣り竿を持ってる。それを見た俺とポロはピシャーンと雷に打たれたような反応になる。


 つ、釣り人だ! この世界で俺以外の釣り人を初めて見た!


 エントリーでは網漁が基本みたいで誰も釣りしてなかったんだよ。多分交易船の方なら暇つぶしでやる人も居たと思うけど、会う機会は無かった。


「つ、釣りですか?」


「そうさぁ。あんたらもガガ釣りかぁ?」


 どうやらイワナくんはガガと呼ばれてるらしい。狙いは同じらしい男に、俺はガガの味はどうかと聞く。美味しいと答えれば食べられるって事だし、食べれないと言われたら「知らなかった」と言えば良い。


「んぉ、ガガの味かぁ? へへへっ、そりゃおまえもちろん、とびっきりよぉ」


 美味しいらしい。これでポロも一緒に食べれる。


「どこから来たんです?」


「んー? おかしな事を聞くもんだなぁ。サルスに決まってっだろぉ?」


 少し違和感。こんなにも素晴らしい釣り場所があるなら人が来るのも当然。だけど、釣りの為に入場料を出すのは余りにも損益が大きいのでは?


 男の身なりは別にそこまで良くない。大金持ちって風にはとても見えない。


「都市の出入りはどうしてるんです? 安くは無いでしょう?」


「んー? ああ、あんたら旅のお人なんだな。それなら知らないのも無理はねぇなぁ」


 どう言う事だろうか?


「サルスの領主様は大のガガ好きでなぁ、年に一度ここで釣り大会をやるのさぁ。冒険者も大勢雇って、安全になぁ? それで、大会で良い結果を出した奴には釣りに行く時だけ入都税が免除される権利が貰えるんだよぉ」


 おじさんはそう言って懐から見事な装飾がされた鉄の板を見せてくれた。なるほど、そう言うのもあるのか。


 いや、て言うか川に魚居るの確定じゃねぇかよ。なんでギルドの受付嬢は知らなかったんだ。新人だったのか?


「俺ぁこれでも領主様とガガを一緒に釣る仲でなぁ、今日もちょっと釣ってきてくれって言われてんのさぁ」


「なるほど。じゃぁサルスの釣り名人ってことなんですね」


「まぁなぁ! サルスにゃ俺よりうめぇ奴は早々居ねぇど!」


 ガッハッハと笑うおじさんは喋りながらもいそいそと仕掛けを準備してる。その手馴れた様子を見れば本当にひとかどの釣り人なのだと分かる。


 そう言う俺もポロから受け取ったイワナ、ガガを捌いて串を打ってた。ポロに渡すとすぐに焚き火にセットして焼き始めてる。


「カイト、焼けてる」


「お、いいねぇ。やっぱ釣りたて、焼きたてが一番さぁ。ほれ兄さんも、冷める前に食っちまいなよ。俺ぁそっちの方で始めるからさぁ」


 そう言っておじさんはガッハッハと笑いながら少し離れた場所で釣りを始めた。そして三十秒もしないうちに一匹釣り上げ、エラに指を突っ込んで首をへし折って魚を絞めてた。


 おぉう、数釣りに手馴れてる人の動きやで。


 釣った魚は河原の上に放置しておくスタイルらしい。すぐさま次の餌をセットして釣り始めてる。


「はいカイト、あーん」


 おじさんを見てたら、ポロが俺の口にガガの塩焼きを運んでた。食べろって事か。俺はあむっとガガの背中を齧った。


「…………ッッッん〜〜!」


 うめぇ。出汁の効いた肉からエキスがぶわぁっと口の中に広がる。焚き火で焼いた香ばしさと塩気も相まってめちゃくちゃ美味い。


 身は柔らかくてしっとりしてる。焚き火で焼くとパサつきがちだけど、ガガはたっぷり脂が乗っててパサつく隙も無かったらしい。


 舌で押せば潰れてしまう柔らかい魚の身がねっとりと舌に旨味を伝えてくれる。まるで衣のないアジフライみたいで、だけどその味わいは完全に別種である。


「くぁぁあ、うめぇ……!」


「……ぽ、ポロもたべたいっ」


「ああ良いよポロ、俺の齧っちまえ」


「いいの?」


「夫婦だろ? 分け合おぜ」


 やっぱり釣りは最高だ。その事実だけは未来永劫変わる事が無いだろう。


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