川釣り。



 神器化したロッドは大物用に使うと決めたので、俺とポロは普通の市販品を用意する。


 使う竿セットタックルはお馴染みの鱒ライダー。サイズが一定以下の魚だったら殆どなんにでも使える万能選手。


 リールもアブガルの廉価リール、五千円くらいのカルビア。ラインはPE。


「まず餌から試すぞ。一番範囲が広い所から試して行って、徐々に狭くする」


「手分けする?」


「いや、しない。確かに総当りを手分けすれば負担は半分になるが、ここが釣りの難しいとこよ」


 ポロの提案は正しい。効率を考えれば俺とポロで実験する餌やルアーは別の物を使うべきだ。


 だけどそんなに単純じゃ無いのが釣りの面白いところだぜ。


「ポロ。単純に考えて、魚が居ない場所で餌を試しても、結果は出ないよな?」


「…………ッ!? ほんとだ、魚が居ないと、食べるかどうか分からない」


 そう、実験の結果はそこに魚が居ることを前提にしなければならない。俺がAの餌を試しても、試した場所に魚が居ないと『Aはダメ』って答えが間違いになる。


 そうすると、ポロが釣ってる場所にはAの餌を食べる魚が居るのに、俺からデータをフィードバックしたポロがAの餌を除外したら、その場に居る魚は永遠に釣れなくなる。


「つまり、手分けするのは餌の種類総当りじゃなくて、釣る場所さ」


 同じ餌を使って、二人で釣れるだろう場所を総当りにする。そうして初めて『Aの餌は釣れない』と確定出来る。


「理解した。……やっぱりカイトは、釣りの達人」


「よせやい。俺程度を達人扱いしたら、本物の達人に笑われちまうよ」


 世の中には、百人中九十九人が釣れないハイパータフコンディションの中でも、一人だけパカパカ釣りまくるガチの達人とか居るのだよ。俺はまだその領域に居ない。


「まぁ色々と講釈垂れたけど、魚って殆どが雑食性だからな。あんまり気負わなくて良いぞ」


「そうなの?」


「魚も野生に生きてんだよ。食べれない理由が無いなら食べないと生き残れないのさ」


 単純な事だ。体の大きな魚は魚食性を持つ傾向がある。だってちまちま餌を探すよりその辺に居る肉を食べる方が楽だから、食べれる巨体があるならそう進化する。


 体の小さな魚は大きな魚を食べれないし、逆に敵から食べられる。だから隠れ住みながら探せる餌を好むように進化する。


 生き物は無意味な食性ってあんまりしないのだよ。そこには殆どの場合理由がある。例外も有るけど。


 例えばパンダって体の作りはクマだから肉食なはずなのに、何故か笹を食べる。その理由はよく分かってない。マジで意味不明な生物だ。あれこそ例外中の例外だ。


「とりあえず浮き仕掛けで普通にやるか。仕掛けの作り方はこうだぞ」


「ん、覚える」


 釣りでは竿から伸びる糸を道糸ライン、鈎に繋がってる糸を鉤素リーダーと呼ぶ。単に鉤素ハリスとも。


 そしてラインとリーダーを繋ぐ金具の事をサルカン、またはスイベル、ヨリモドシなどと呼ぶ。


 八の字だったりS字だったり形は色々。用途毎に違ったりもする。


「浮きを固定するゴム管をラインに通して、サルカンに結ぶ。結び方は教えたな?」


「うん。ポロは賢いのでちゃんと覚えた」


「そしたらマス鈎に結んだリーダーもサルカンの反対に結んで、リーダーに重りを付ける。最後にゴム管に浮きを挿したら完成だ」


「簡単」


 そうだな。釣りって専門用語とか道具とかバラバラしてて難しそうに見えるけど、やってみると一つの釣りに使う道具なんてちょっとしか無いし、簡単なんだよ。


 俺達釣り人アングラーはアレもコレもとやりたくなって道具を沢山用意しちゃうけど、本当に必要なものなんてほんの少しで良いんだ。


「餌はこれ」


「…………勿体無い」


 俺が出したのは細かく切ったアロの切り身。そりゃ勿体無く感じるよな。食べたら美味しいのに。


「俺の故郷には『海老で鯛を釣る』って諺がある。少ない労力で大きな成果を上げる意味があるんだが、釣り人が使う場合はちょっと違う」


 だって海老えささかなを釣るなんて当たり前の事だ。


「ポロ。確かにこれは食ったら上手いアロだ。だけどこの小さな切り身で、もっと大きな魚が釣れるなら凄いと思わないか? 量が増えるんだぜ?」


「…………確かに」


「魚の切り身ってのは、水の中にあって不自然じゃないタンパク質にくだからな。最初から凄く餌に適してるんだよ」


「なるほど。…………警戒され難い?」


 その通り。魚からすると『お、同胞の死骸じゃん。食ったろ』くらいの気持ちになる。まぁ魚になったこと無いから予想でしか無いけど。


 レクチャーが終わったから、アロの切り身を鈎に付けて川に投げる。


 浮きを固定する位置を変えると、鈎が水の中でどの高さに留まるのかを変えられる。深いとこや浅いとこ、魚も好んで留まる場所が違うので色々試すのだ。


 ポロと二人で少し離れ、様々な場所に投げてみる。


 川の流れで浮きがぷか〜っと流されて、反応が無いなと思ったら巻き戻して別の場所へ。


 知識が無ければ川を見てもどこに魚が居るか分からない。けど、知っていれば魚が居やすい場所などは限られていて、どこにでも居るわけじゃないのだと分かる。


「ポロ、そこの岩の影がちょっと怪しい。川上に投げて近くを流してみな。俺はそっちの流れ込みを狙う」


 水流が岩に当たって流れが変わる場所は、流れに逆らって泳ぐ魚が休める場所だったり、複雑な水流が生まれて酸素量が増えることで魚に取って好ましい環境だったりする。


「了解した。……先に釣ったら、ちゅーして欲しい」


「この場で舌捩じ込んでやるよ」


「…………約束。絶対釣る」


 全部が同じに見える川も、場所によっては全然違う。人間と一緒なのだ。日差しの中で突っ立ってるのと、日陰に居るのでは居心地が違う。川の中にもそう言う変化が存在する。


 言われた通りに岩場を狙うポロをチラッと見ると、その瞬間にポロの浮きがグイッと沈むのが見えた。


「ッ!? 来たっ」


「クッソ負けたか!?」


 ポロが見事な合わせフッキングをして乗せた。正直悔しい。釣り人は一人だと釣果ゼロぼうずもあまり気にしないが、同行者が居ると途端に負けず嫌いになる。


「よっし、ポロの勝────」


 赤バスに比べたら、そんなに大きくない魚だ。あっという間に寄せられる。


 そう油断したポロの手元で、魚を完全に水面まで上げて、あとはラインを掴んだら終わりって所で鈎が外れバレた。


「………………しょんな」


 ポチャン、と寂しい音を立てて逃げおおせた魚を見送ったポロは、呆然とた様子で立ち尽くしている。


 ………………ポロ、それも釣りさ。


 

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