禁断症状。



「ポロ、どうしよう手が震えてきた」


「病気?」


「間違っちゃない」


 一泊で金貨二枚とか言うふざけた金額の高級宿で、めちゃくちゃラブラブした翌日のこと。


 マジで高級ホテルを中世レベルまで落としたらこんな感じ、って言う宿のラウンジでポロと喋ってる。


 飯も美味くてベッドも綺麗で、水もお湯もスタッフに言えばすぐに用意してくれた宿の一階で、俺は震える右手をポロに見せて呟いた。


 別に何かを封印してたり古傷が痛む訳じゃない。


「ポロさん、釣りがしたいです…………」


「ポロも」


 やっぱりこの気持ちを分かち合える嫁最高。ここで自分もって言ってくれるポロが愛しくて堪らない。


「この辺を知らないから、一回ギルドに行って連絡の確認をしたら、そこで近くに川が無いかを聞こう」


「川、釣れる?」


「多分な。食えるか分からないけど、釣るだけなら」


 俺だって釣った魚を無条件で全部食べる訳じゃない。日本でもシーバスは食べたけどブラックバスは無理だった。


 いやブラックバスも食べれる魚なんだよ? ただ生息域の水質と魚の臭いを考えると、食べる苦労に味のレベルが見合わないのだ。


 どのくらいかと言うと、手の込んだショートケーキくらいの努力が必要なのに、それで出来上がるのはパッサパサで甘みの少ないクッキー、みたいな感じ。


 だったら皆、手の込んだショートケーキを作る労力を使って手の込んだショートケーキを作るでしょ。当たり前の事だよ。


「そういや、昨日の夕食に出た肉、あれ牙羊肉だよな?」


「そう。牙羊肉は柔らかくて臭みが少ない。肉食なのに脂も少なくて、人気の高級食材」


 この子、そんな肉に食べ飽きて川に突撃したんだよな。


 過去のポロがどれくらいファンキーだったかを考えながら、俺達は宿を出て冒険者ギルドに向かう。


 建物の見た目は多少違うが、中は殆ど一緒だった。右端の券売機お姉さんのところに行くと、そこで伝言の確認が出来た。


 望郷の剣から『防具の修繕に三日掛かる。それまで待機』とのメッセージを貰い、ついでにお姉さんから近くにある川の情報を聞く。


 大きな都市って言うのは基本的に川の近くに作られるが、ここは魔法や加護なんて物が存在する異世界なので知識がどこまで通用するか分からない。


 なんなら、無限に水が湧き出る魔道具みたいな物を都市の中枢に組み込んでるかも知れないのだから。


「川、ですか? 採取依頼でしょうか」


「いや、単純に趣味なんだ。魚を取るのが生き甲斐でね」


「釣って、食べる。とても美味しい」


 ポロの眠そうか顔がにぱっと笑うのは反則で、お姉さんもきゅんってしたらしくて詳しく聞けた。


 この都市は東西南北にそれぞれ門があって、街道も四方に伸びている。その内の西門から出て真っ直ぐ行くと少し大きな川があって、橋が掛かってるらしい。


 魚が居るかは知らないが、近くの川はそこだけだとか。


「よし行こう!」


「それでしたら、川で採取出来る依頼も是非。割符を発行出来ますので」


 そう言って依頼の斡旋カウンターの木札を渡してくれるお姉さん。確かに都市を出るにもお金が掛かるんだから、往復で銀貨二十四枚である。依頼受けた方が良いな。


 ギルドは空いてるみたいで、すぐに呼ばれてカウンターへ。下級でも受けれる依頼を見繕ってもらうと、目的地であら川の中洲に良く生えてる薬草採取がある。


 川の深さと速さが分からないが、ボートあれば余裕だろ。依頼書に書いてある簡単な絵では、水仙みたいな花だそうな。今の季節は丁度咲いてるから分かりやすいと言われる。


 さっそく依頼を受けて割符を貰い、都市を出てマウンテンバイクを漕ぎ倒した。


「おおお! 見ろよポロ、めっちゃ綺麗な川がある!」


 そこは丸石が敷き詰められた河原で、見た感じ結構深そうな川だった。入ったら腰までは行きそうだ。


「ん、釣れそう」


 川を見て第一声が「釣れそう」なのは良い傾向だ。着実に釣りガールへと成長してるぞ。


「さて、ここで釣れる魚の情報が無い。こんな時はどうするのが一番か?」


「…………分からない。どうすれば良い?」


「よし、少し授業をしよう。ポロは賢い大人の淑女レディだからすぐ覚えるよな」


「もちろん。ポロは淑女れでぃだから、カイトを沢山気持ち良く出来る」


「突然の下ネタ止めろー?」


 まず、釣り場フィールド情報データが何も無い時に釣りをする場合、釣りを知らない人が最も気にするべき点は何か?


 その答えは魚の食性だ。もちろん魚が居る前提だけど。


「良いかポロ。実は魚にも俺達みたいな陸棲生物と同じく、肉食や草食なんて分類が存在する」


「……ッ!? なんと、お野菜しか食べない魚も居る?」


 有名なのはアユである。実はあの魚、川藻しか食べないのだ。だから普通の餌釣りじゃ絶対に釣れない。


 川藻を採取して鈎を仕込んで、みたいな労力を払えばもしかしたら餌釣りも可能かも知れないが、アユは確か岩に張り付いてる模を食べるので相当難しい事を要求されるだろう。


「だから藻食もしょく性の魚に肉とか虫とかを餌にしても絶対に釣れない。そして、肉食だとしても魚の種類ごとに食べる餌が違う事もある」


「ふむふむ」


「例えば、貝類を食べる魚を狙って魚型のルアーを投げても仕方無いんだ」


「つまり、赤バスは魚を食べる?」


「その通り。そう言うのを魚食性って言うんだ」


 大きく分けると藻食性、肉食性、雑食性の三分類になり、肉食性の魚は更に食べる対象が枝分かれする。


 めちゃくちゃ分かりやすいのは、ジンベイザメを思い浮かべば良い。あれはクソほどデカいし口も相応のなのに、食べるのはプランクトンだけだ。


 同じくプランクトンを食べる川魚に中国のハクレンが居る。日本にも来てる外来種だが、アイツはルアーも餌も食わないので、釣りたいなら直接体に鈎をぶっ刺して無理矢理釣るしかない。


 日本では禁止されてる漁法なんだけどね。


「という訳で、今の俺達がするべきなのは?」


「…………んーと、魚を調べる? もしくは、総当り」


「正解」


 そこに居る魚が何を食べて、どうすれば釣れるのか。それを知りたい釣り人が取る手段の殆どは、ポロが言うように総当りだったりする。


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