名人会。



 その後も釣りをしながら捌いて食べて、大満足の釣行だったと言える。


 そして釣り名人のおじさんがめちゃくちゃ名人で勝てる気がしなかった。大量に釣ったガガを小さなナイフで処理し、内臓を書き出して川の水で洗ったあとは麻紐を口に通して運んでた。


「…………まさか、カイトが勝てないなんて」


「だから言っただろ? 名人ってのは本当に格が違うんだよ」


 俺が最強の釣り人だと思ってるポロは少しむくれてた。嫁に良いところを見せたいが、無理なものは無理なんだ。

 

 なにせ、こっちは現代日本の装備に道具をフル活用してるのに、あっちは『のべ竿』って言う糸と棒で完結するシンプルな装備だけだ爆釣ばくちょうしてたのだ。


 のべ竿がリール竿より下だとは思わない。でも道具の品質で言えば絶対にただ削り出した木製ののべ竿よりもコッチが上のはずなのに。


「いやぁ、凄かったなマジで。ポイントも知り尽くしてるし、フッキングは完璧。バレもゼロ」


 流石に一投一匹とは言わないけど、無駄の無い釣りだった。見てるだけで勉強になる。


 おじさんと一緒に帰りたかったところだけど、俺達は薬草の採取を忘れてたので、おじさんと分かれてから急いで取ってきた。


「今度からは先に薬草取っちまおうな。帰りにバタバタすんのダルいわ」


「賛成」




 そして翌日。凄く元気なポロとしっぽりした後の朝は清々しい。可愛い嫁と最高の釣り。俺はなんて恵まれてるんだろう。ポセイドン様には本当に感謝してる。


 宿で朝飯を食ってから昨日と同じようにギルドに行き、伝言と依頼を受けてからまた釣りに行く。すると、門を出るところでまたおじさんと遭遇した。


「あ、昨日の」


「おお、兄さんかい。今日も行くなんて、好きだねぇ〜」


「あはは、そりゃお互い様でしょう?」


 今日のおじさんは連れが居た。上は十五で下が十歳くらいの子供達だ。


「この子達は?」


「実は昨日見せたこれ、俺が責任を持つ代わりに複数人を連れ出せるんだぜぇ」


 おじさんが釣りを教える名人会、っていうのがあるそうだ。おじさんと大会でしのぎを削る他の名人達もだいたい自分の名人会を持ってるんだとか。


 領主がガガを求めてるから、それを安定して供給する仕組みにちょっとした予算が出るらしい。それなら本格的に組織や仕組みを作れば良いと思うけど、その領主は『釣り』が良いのだと言う。


 分かってんじゃん領主様。会うことも無いだろうけど好感度上がったわ。


「そう言えば、外には魔物も居ますけど護衛は居ないんですか?」


「ん? ……あぁ、そりゃ知らねぇよな。俺ぁこう見えて、結構強いのよ。元上級冒険者なんだぜぇ」


 そう言っておじさんは門から出る列に並んでる途中、指先から水の球を生み出して俺に見せた。


「ッ!? み、水の魔法……!」


「おうそうだぜ。これでも昔ゃあ『跳水激』なんて二つ名もあったんだぜぇ?」


 めちゃくちゃ凄い人だったらしい。それが今や釣り名人。やっぱ人は釣りに還るんだな。


「ま、魔法を教えて欲しい…… 」


「んぉ〜? ちっとくらいなら構わねぇけどよぉ」


「あー、いやポロ。流石に時間が無いぞ。同行依頼とぶつかる」


「しょぼん…………」


 降って湧いた水魔法獲得のチャンスだけに、ポロは目に見えてしょんぼりしてた。


「なんだぁ、水魔法がそんなに使いてぇのかー?」


「そうですね、実は俺達二人とも、海の神から加護を貰ってまして」


 軽く説明し、水を撃ち出す神器を呼び出せる事と、それを更に強化する為に水魔法を覚えたい事を伝えた。


「兄さんは?」


「俺は複数の加護を持ってまして、その一つで水魔法の理論を知らなくても使えちゃうんですよね」


 試しにおじさんと同じように水の球を出してみた。訓練を続けてるので魔力は順調に伸びてる。ただ最初の頃みたいにグングン伸びる気配は無くなった。


 筋肉と同じなのだろう。筋トレも一定まではぐんぐん増えるけど、体の構造的に一定まで増えた筋肉を更に増やそうとすると分厚い壁がある。


 それを越えようとオーバーワークしたりすれば体を壊すので、ボディビルダーとかも楽じゃないのだ。あれって本当にコツコツと筋肉を育てて頑張った人達なのだ。


 だからこそステータスアップしたいんだけどね。


「なるほどなぁ。…………だったら、嬢ちゃんがウチのチビ達に釣りで勝ったら教えてやるよぉ。一日で身に付く基礎だけだがなぁ!」


 しょんぼりしてたポロを見たおじさんは、ニヤッと笑って連れの子供達をずいっと前に出す。少年少女も自信があるのか、ギラギラした目で挑戦的だ。


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