しょんぼり。
あれから暫く、ポロはずっとしょんぼりしてた。
騙されたのがショックなのか、俺が簡単に人を殺したのがショックなのか、聞いてみないと分からない。
「大丈夫か?」
「…………うん」
とても元気が無い。
「背中、齧って良いぞ?」
「ほんと? あむッ……」
痛ッッッ……!? 元気無くても齧るんかーい!
マウンテンバイクをキコキコ漕ぎながら背中をあむあむされる十七歳。今日はジャケットの上から噛まれてるから少しマシだ。
事件から十分あるか無いかくらいの距離を進むと、街道の先に町が見えた。
その町には高い壁があり、門によって出入りを監視してる。エントリーと似たような作りだ。主要都市なら戦争で立て篭もったりもするから壁はあるのだろうけど、ただの町にもあるのだと不思議に思った。
やはり、モンスターの存在が大きいのだろうか?
門まで行くとほぼ私服と変わらない装いの人間が槍だけもって立っている。「なんだいそりゃ」と自転車を指さされるが、「鉄の馬さ」と適当に答えて入場料を支払う。
「二人旅かい?」
「そんなとこさ。王都に向かう途中でね」
「あぁ、そりゃぁ良いね。景気が良さそうだ。
入場料はその場所の規模によるらしく、小さな街だったので銅貨三枚だった。二人分の六枚と、余計に一枚を握らせてる。
「おっと、良いのかい?」
「ああ良いさ、それで一杯やってくれよ」
これは賄賂では無く心付け。つまりチップだ。
収賄罪など無いだろう国だが、そもそもトラブル無く旅をしたい身としては多少のチップで好感が買えるなら安いものだ。
「王都からの帰りにも寄るかも知れないから、その時もよろしく頼むよ。あぁそうだ、オススメの宿屋はあるかい?」
「それなら真っ直ぐ行って鍛冶屋の隣をちょいと行ったところにある止まり木の看板が良いよ。と言うかウチにはそこしか宿屋が無いのさ」
そうして入った町の中はこう、なんと言うか微妙だった。廃れてもないし、栄えてもない。何年先もこんな感じで続いて行くんだろうなって思える感じの町並み。
教えてもらった場所に行くと、ごく普通の酒場兼宿屋といった風の場所があった。
中に入って受付に居る女将さんに一部屋頼む。一泊で銅貨四枚の素泊まりで、食事は酒場で別料金。
「ギルドと提携はあるかい?」
「いや、悪いけどうちはないんだよ。そう言うのはギルドがあるもっと大きな町じゃないと」
優遇は無しでお湯も貰えないそうだ。体を洗いたかったら裏の井戸で水を組んでくれと言われたが、面倒なのでインベントリの中に山積みされてるミネラルウォーターを使おう。
部屋に入ると、ポロがグズって俺をベッドの中に引き込む。どうやら部屋を取るまで我慢してたらしい。
「どうしたポロ」
「………………甘えたい」
壁が薄そうな宿なので気を使いつつ、次の日まで思いっきり甘やかしてメンタルケアをしてあげた。
翌日、チェックアウトする為に一階へ降りると、昨日とは打って変わって落ち込んでる女将さんが居た。
「何かあったのかい?」
「あ、お客さんかい。…………いえね、ウチの娘が昨日に出ていったっきり、帰ってこないんだよぉ」
おっと、なんか身に覚えのある気がするぞ。
「それはもしかして、ちょっとつり目がちの茶髪で、そばかすのある女の子かな?」
「ッ!? し、知ってるのかい?」
どうやらビンゴらしい。昨日のクズ女だ。手を繋いでるポロもビクッと反応してしまう。
それを見た女将さんが確信したらしく、教えておくれと頼んできた。
「悪いけど、行き先は知らないんだ。街道でなんかツラの良い男と一緒に、そこそこ良い馬車に乗ってどっかに行く途中にすれ違っただけさ。すれ違う時に、駆け落ちがどうとか言ってた気がするけど……」
俺は適当に嘘を口にした。真実なんて別に知らなくても良いだろう。娘さんは小遣い稼ぎに旅人を襲うような盗賊行為に手を染めたクズじゃなく、どっかの町で良い感じの男と駆け落ちしたんだと思ってもらおう。
娘もあのゴロツキ達とは仲良くしてたんだろう。女将さんはその内の誰かが娘を連れてってんだと思い込んで、俺達のチェックアウト手続きを放り出してどこかへ走っていった。
待つのも面倒なので、俺は鍵をカウンターに置いて宿を出た。
特に見る物も無く、補給も要らないから早々に町から出て、インベントリからマウンテンバイクを出してポロを乗せる。
「…………カイト。あれで、よかった?」
思い悩む様子のポロに、俺は答えずに頭をポンポンしてから自転車にまたがる。
「カイト…………」
答えが欲しいのだろう。背中をちょんちょん引いて催促するので、仕方なく答える。
「ポロ。こう言うのが見たくないなら、村に残って留守番をするべきだ」
望んだ回答じゃ無かったんだろう。俺の背中を掴む手がきゅっとする。
「良かったかって? 良かったのさ。あれ以上、罪のない旅人がバカに襲わずに済む。母親は娘の死を知らずに済む。バカ共は犯罪がバレて親を悲しませずに済む。…………ほら、死んだバカ以外は誰も不幸になってないだろう?」
納得は出来ないらしい。まぁ普通の感性をしてたら当然だ。
「勘違いするなよポロ。あまり人を神聖視するな。人間なんて所詮、少し頭が回るだけの獣なのさ。やることなす事、正しい事なんて何一つないよ」
俺は親を見てそれを知った。
「今回の件が良い例だろ。俺達は盗賊を潰しただけなのに、それが正しいのかって思い悩んでる。なら答えは出てるんだよポロ。何も正しくない。そう、何も正しくないんだよ」
答えないポロに、ただ聞かせる。
「アイツらだって、自分とは関係無い人から金品と命を奪って、それで親に美味いもんを食わせてたかも知れない。それは間違った事か? 自分と関係無い奴より、身内に良い思いをして欲しいってのは本当に間違いか? 家族のためなら盗賊行為だってしていいんじゃないか? …………答えなんて無いんだよポロ。だから悩むだけ無駄、とは言わないけど、少なくとも自分が正しいと信じる事は出来る。だって間違っては無いんだから。あのバカ共も、俺達も」
アイツらは他者から奪う事を正義とした。俺は奪う者を殺すことに正しさを見た。
「人の数だけ正しさがあるんだよ。あれは俺とバカ共の正しさが食い違っただけで、宿の女将さんがそのとばっちりを受けただけ。…………それが嫌だってんなら、女将さんがもっとちゃんと娘を育てりゃ良かったんだ。だからポロが悩むことなんて無いんだよ」
言えるだけの事は言った。だから後はポロが納得出来るかどうかだ。
「…………カイト」
「どした」
「甘えたい。慰めて」
お姫様は足りなかったらしい。俺は自転車を街道から草原に向けて走らせ、オフロードを進む。そして誰も来ないだろう場所にテントだけ出して中にマットを入れた。
「ほら、おいで」
グズったお姫様は一日じゃ足りなかったらしい。今日はもう移動を諦めて、ずっとポロにご奉仕しようかね。
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