攻め無き偉業。
「チビドラ代われ!」
限界が来たチビドラから別のチビドラに飛び乗ってタイムリミットを延長する。
昼前から始まったバトルはもう八時間にも及んでる。
海の上は寒いのに全身から汗を吹き出し、荒い息を根性でねじ伏せながらリールを巻く。
「テメェも、もうっ、限界だろ…………!」
絞り出すように気炎を吐いて、俺はまだ海竜との戦いに夢中だった。
海中の深いところに逃げようとする海竜を徹底的に妨害し、でもラインが切れないように針の穴に糸を通すような戦略を維持し続ける。
ありったけの釣り技術を使いながら、同時にクソ強いチェスのNPCを相手に立ち回ってるような感覚だ。
ラインが切れたら負け。そしてラインは海竜にとってHP1のザコモンスターよりも容易に切れる繊細な物だ。
本マグロすらガンガン引ける大物用のラインを巻いてあるが、海竜にとっては無きに等しい太さでしか無いだろう。
それを維持しながら、そのか細いラインに頼って全てを操り続ける。
「ははっ、楽しいなぁオイ! お前も楽しいだろ海竜ッ!」
また潜ろうとする海竜に気炎を吐いてリールを巻く。出鼻を挫くことで潜らせない。
そして遂に、俺はずっと欲しかった兆しを見る。
「────ッ!」
海竜が俺を見て、ブレスを吐こうと口を開くが、しかし何もせずに口を閉じたのだ。
「ははははははっ! お前もう限界来てんなぁ!?」
俺はここが勝負どころだとチビドラに指示を捩じ込む。
「陸に走れチビドラァ! こいつを港に水揚げすんぞぉ!」
体力が限界に近かろうと、海竜は体長10メートルをゆうに越す化け物だ。か細いラインで陸まで一気に引きずり込めるほど弱い生き物じゃない。
でも引っ張る。技術の粋を駆使して海竜の行き先を限定し、コチラに有利な移動だけを強制し続ける。
俺の誘導と海竜の抵抗が作用したジグザグ走行が海面に跡を引き、俺達は海に楽書きをしながら少しずつ港に近寄っていく。
すると突然、海竜がいやに抵抗を始めた。何事かと思ったが、そこで逃げれば良かったのにオッサンが俺に向かって叫ぶ。
「坊主! その辺からは魔除けの範囲内だ! 引きずり込んじまえ!」
なるほど、魔除けが展開された場所に入ると更にスタミナ削れるんだな? それを嫌がって逃げようとしてるんだ。
それさえ分かれば戦える。海竜が何を嫌がってるのかを正確に読み取ってルート取りの制限を少しずつ調整する。
「お前はもう逃げらんねぇよ。…………いや、俺が逃がさねぇ」
港の方もなんか騒ぎになってるのが見えた。あそこから暴れる海竜の姿が見えるんだろう。
「ははっ、シャイボーイにはあの注目はキツいかい? 遠慮すんなよお前が主役だぜぇ!」
幸い、港の護岸は結構深いらしく、そのまま海竜を連れて行ける。まぁ喫水線が深そうな貿易船も入る港だから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
「どけどけどけどけぇぇぇぇえ! 海竜様のお通りだぞぉぉお!!」
漁船区画の桟橋付近にチビドラで乗り込み飛び降りると、集まってた漁師も舎弟も野次馬も全員散らす。
「最後の勝負だ海竜ぅぅううううああああああああッッッッ!」
魔除けの効果でもうガンガンに弱らされた海竜を神器のロッドと大物用リールでガンガンに引き込む。
首輪を引かれる犬のごとく港に突っ込んでくる海竜は、漁船区画の桟橋も船も全てを薙ぎ倒して突っ込んできて、最後の足掻きとして俺を食い殺そうと首を伸ばしてきた。
「集まれチビドラァア! ガキが親にも負けねぇってところを見せてやれぇッ!」
召喚出来る全てのチビドラを壁にして障壁を展開。大口を開いて突っ込んで来た海竜をチビドラ達の背中が受け止める。
「ランディング完了。俺の勝ちだせ」
受け止めたチビドラの隙間から手を突っ込んで海竜の顎を鷲掴みにする。
遂に獲物が来たと口を閉じようとする海竜の口内に
もちろん
────ィギュウィィィィン…………!
それは水のレーザーの音だったのか、海竜の断末魔だったのか、果てしなく奇妙で重苦しい音が港に響き、そして海竜の頭は港に伏した。
そして。
「う、うぉぉおおおおおおおおおお!」
「海竜を倒したぞぉぉぉおおおおおおお!」
「すげぇえええええ竜殺しだぁぁぁあああああ!」
大歓声が湧き上がる。
「カイト…………!」
魔力を限界まで使ってフラフラになった俺が倒れそうになると、横合いから小さな女の子が飛び出して支えてくれた。
「ポロ、ただいま。…………見てくれよこれ、すげぇ大物釣ったんだぜ」
「…………うん、うんっ。カイトは凄い。すごく凄い。かっこよかた」
ああ、良いな。凄く良い。
俺はポロに怒鳴って遠ざけた。そして海竜なんて化け物相手に遊んでた。
だから色々言われる覚悟はしてた。なのに、ポロは俺に言わない。
心配だったとか、無茶しちゃダメとか、そう言う要らない事を何も言わない。
ただ凄い、かっこいいと言ってくれる。
そうだろ。凄いだろ。俺は凄いことをしたんだよ。
だから俺を見てくれよ。俺を無視しないでくれよ。
それはある種のトラウマ。どんなに頑張っても、
子はかすがい。嘘である。アイツらは俺の事なんて何ともおもっちゃ居ない。
だけど、ポロは褒めてくれた。
「なぁポロ、一つ良いか?」
「ん、どうした? 今のカイトは凄いから、なんでも聞いたげる」
歓声が凄すぎて殆ど何も聞こえないのに、ポロの声だけはハッキリ聞こえる。
「俺、お前のことめっちゃ好き。結婚しようぜポロ」
感情の置き場もテンションの方向性もめちゃくちゃになった俺は、ポロを抱き締めて唇を奪った。
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