広がる噂。


「なぁ知ってるか?」


「あぁ知ってる。………………で、なんの話?」


「知らねぇんじゃねぇかよ!」


 冒険者ギルドのテーブルで、顔見知りの二人が安酒が入ったカップを付き合わせて駄弁っていた。


 最初に問うた一人はくすんだ金髪の男で、年齢は二十代の後半。もうすでに若者を名乗れない所まで来てる。


 持つ一人は赤茶の髪を横に流した二十四歳。まだギリギリ若いと言い張れる歳である。


「で、なんの話よ」


「すぐそこに出来たうめぇ酒と肴を出す食堂の話さ」


「んだよ知ってるよ! すぐ隣じゃねぇか!」


 話題はつい先日、冒険者ギルドから小道を挟んですぐ隣の空き地に開いた青空食堂の事。


「カイシン食堂だろ? かなり高いがとびっきりの飯と酒を出してくれる。ほんの隣でやってんのに知らねぇやつ居んのかよ。なぁ?」


 男が周囲に対して声を張ると、そうだそうだと相槌がいくつも入る。


「んじゃぁコレは知ってるかよ。カイシン食堂に居るあの女の子、実は十七歳らしいぜ?」


「ンブふぅぅぅッッ……!?」


「うわ汚っねぇッ!」


 金髪の発言に赤茶毛が安酒を吹き出してテーブルを汚す。盛大に吹かれて飛び跳ねた酒に金髪は顔を顰めるが、赤茶毛の男は頓着せずに食ってかかる。


「あれが十七? そんなバカな事あるかよ!」


「いや本当らしいぜ」


 突然、別の席から黒髪の三人目の男がやってきて会話に参加した。椅子に座ろうとしたが吹き出された酒でビシャビシャになってたので立ったまま喋る事にした。


「なんでも、料理作ってる小僧と同い歳らしくて、婚約してるそうだ」


「はぁぁあっ!? あんな小さな────」


「──嘘だろッッ!? 俺の天使が婚約済みだとッッ!?」


 スキンヘッドの四人目が参加した。どうやらポポロップのファンらしい。確実にロリコンである。


「サタン、お前……」


「お前確かもう四十だろ。あの子が見た目通りでも十七でも、問題しかねぇわ」


「この幼女趣味が。あの子を汚す前に消えろ」


 そして言葉でボコボコにされる四人目。とても正しい末路である。


「まぁ気持ちは分からんでも無いがな。惚れた腫れたってのは置いといても、小さいのに頑張ってるのを見るとなんか、ほっこりするよな」


「わかる」


「それな」


 ロリコンはぶっ叩かれるが、それはそれとして着実にファンが増えてるポポロップだった。


 と言うのも、冒険者とは荒くれ者が多い。一般人が良く利用する酒場や料理屋に行くと、良い顔をされない事も少なくない。


 そんな中で、どれだけ粗暴だろうと嫌な顔をせずにお釣りを手渡しでちょこんっと返してくれるポポロップは、身体的特徴以外は全てが冒険者のニーズにマッチしていた。


「良いよなぁ、ポポロップちゃん。あの子、基本的に眠そうな顔してるけどさ、店主の坊主が声をかけた時だけは薄く笑って頬が染まるんだよ。あの笑顔を肴にポンシュをこう、ぐいーっとさぁ……」


「わかる」


「超わかる」


 もはや最初に話してた二人を超えて、ギルドの酒場全体に話題が広がる。


「愛称は気を許した人にしか呼ばせないのも良いよなぁ。誰にでもケツを振るんじゃなくて、大事な人にだけってのが」


「そうそう。もしその笑顔が自分だけに向いたらと思うと、男冥利ってのはかくあるべしって思うぜ」


「待てよお前ら、そこまで語る癖に俺だけ叩かれるの納得いかん」


「黙ってろ幼女趣味ロリコン


「くたばれ。天使を汚すな」


「俺達はあの子が店主の坊主に惚れてようと気にしてねぇんだよ。ただ良い子だなって眺めてるだけだ。一緒にすんな異常者が」


 袋叩きにされたロリコンが立ち上がったが、速攻でボコボコにされた。言葉の刃は時に物理より鋭い


「客が少ない時はちょっと喋ってくれるんだけどよ。ポポロップちゃんによるとあの坊主、結構やるらしいぜ」


「あぁ聞いた聞いた。狂鬼を片手間に一撃だってな」


「漁師の坊主達も言ってたぜ。最初八人で囲んだらあっという間にボコられて殺されかけたってなぁ」


「しかもその後、例の依頼で困ってる親分が小舟で竜に挑もうとする漢気に応えて、子分のやらかし水に流して海竜の弱点を無償で晒して特別な船まで譲ったらしいぜ」


「ひゅぅ〜! やるじゃねぇのよ!」


「それ俺も聞いたぜ。『海の男がみみっちぃ事言うんじゃねぇ、そんな事で食い詰めたら自分がそれまでの男だったってだけだ』つって啖呵切ったんだろ? 見かけによらず熱い男だぜ」


「腕っ節があって料理はうめぇ。見てると嬢ちゃんにもちゃんと気遣ってるし、金もしっかり稼いでる。まぁ女共はほっとかねぇわな」


「にしても、海竜の依頼は結局どうすんだ? 最上級呼ぶのか?」


「バカ言えよ。報酬が精々、中級上位か上級下位の値段じゃねぇか。あれでどんな上級が来てくれるってんだ」


「だよなぁ。しかも漁師連中んとこと二重依頼だろ? ふざけてるよなぁ」


「伯爵様は良い人なんだけどなぁ、金の勘定がなぁ」


「金勘定がどうこうじゃなくて、単純に頭悪いだけだろ」


「おいやめろ、とっ捕まるぞ」


「なんで『討伐じゃなくて肉の調達なら安く済む』なんて考えになるんだよ。討伐しなきゃ肉も取れねぇだろうが」


「………………バカなんだよなぁ」


「悪いお人じゃないんだがなぁ」


「だから止めろって。不敬で捕まるぞ」


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