コグロの塩焼き。



「随分と手馴れてるねぇ」


「ずっとやってたんで」


 せっかくなので、朝食に一品足そうと俺もテム婆を手伝って朝食作り。


 インベントリから釣ってきた魚を纏めて出して、一人三匹程か。俺もポロも良く食べるけどガム爺とテム婆がどれくらい食べるか分からないから様子を見ながらだ。


 作るのは塩焼き。この黒ウグイくんは村で「小黒こぐろ」と呼ばれてるらしく、つまりこれから作るのは小黒の塩焼きだ。


 丸ごと塩焼きにする場合、魚によっては鱗を取る場合と取らない場合がある。ニジマスをグリルする場合は取らなくても良かったりするが、今回は一応取っておく。


 包丁を立てて一匹ずつさっさと鱗を剥いで水洗い。腸を出した後は頭から串を打ってから塩を振る。


 一人三匹なので計十二匹を準備したら、厨房の端を借りて炭火焼きコンロを組み立てた。


 炭を入れて着火剤とマッチをぶち込み、送風して火を回す。最後はコンロにネットを置いてから串打ちの魚を並べて焼き始める。


「………………随分と良い匂いがするのぅ。寝てるのが辛いぞ」


 魚を焼いてるとガム爺が起きてきた。昨日はグッショグショだった民族衣装もしっかりした物に変わってるし、髪の毛も一族特有のふわっふわに仕上がってる。


「むっ、それは小黒か。久しぶりに見たのう。…………あぁそうか、ポロが川に流された原因だものな。因縁を果たしてきたという事か?」


「そう言う事ですね。そろそろこっちも焼けるんで、みんなで食べましょう」


 食卓はラグの上に並べられ、食事でテーブルを使わないらしい。民族としてそうなのか、エスプワープの独自ルールなのかは知らないが、こう言うのも悪くないと思う。


 車座になって食事を囲み、胡座のまま皆で飯を食う。異世界っぽくて実に良い。


「では食べようか」


 食前の祈り、みたいな文化はこの辺りだと夜飯だけにあるらしく、その時は「今宵の恵みに感謝を」と呟くそうだ。それ以外は「よし食べよう!」で済む。


 テム婆が作ってくれた料理はソーセージの代わりに牙羊肉のベーコンっぽい物が入ったポトフ的なスープと、山菜の炒め物だった。


「ああ、この炒め物うまっ……」


「気に入ったかい? 都会の人は嫌がったりもするんだけどねぇ」


 こごみっぽい山菜と何かの根菜を一緒に炒めた物が美味い。これを嫌うなんてとんでもない。


 シャキシャキとした山菜の食感と、なにやら根菜に出汁を吸わせてるのか噛む度に旨みエキスが染み出てくる根菜のハーモニーよ。


「これ、炒めるのに何を吸わせてるんです? 普通に炒めてこの味じゃ無いですよね?」


「よく分かるねぇ。男連中なんて料理の手順にゃ見向きもしないのに」


 俺が聞くとテム婆は嬉しそうな顔をして席を立つ。そして厨房から一本の土瓶を持って戻ってきた。


「味の決め手はこれさ。この村で作ってる独自の調味液さね」


 手渡して貰った土瓶から少しだけ中身を出してみた。白っぽいトロッとした液体が入ってて、何かしらの加工品であること以外は分からない。


「舐めても?」


「直接は止めておくれね」


 指にとって舐めてみた。ふむ、なるほど旨味がすっご。


「………………焼いた骨?」


「ッ!? よ、よく分かったねぇ? まさかひと舐めで言い当てられるとは思わなかったよ」


 知ってた味なので申し訳ない。要はこれ、豚骨とか鶏ガラに類する物だ。それをどうにか加工して濃縮したのがこれなんだろう。これは炒めて砕いた骨を煮込む事で出る味だ。


 日本人で言うと醤油的な位置付けにある調味料だと思う。


「絞めた牙羊の骨を煮込んで作ってます? これはめちゃくちゃ美味いですね」


「そこまで確かな舌を持ってるお人に褒められちゃぁ、悪い気はしないねぇ。ほら、どんどんお食べよ」


 どうやらテム婆からの好感度は上がったらしい。俺が焼いた串焼きも美味しそうに食べてくれるので俺も嬉しい。


 ガム爺は黙々と食べて、そしてポロは何故か首を傾げて小黒の塩焼きを食べてた。


「………………ポロ? どうした、美味しくないか?」


「そ、そんな事は無い。カイトの料理、いつも美味しい」


 聞いたら首を横に振るポロが気になって、自分も塩焼きを食べてみる。そして納得した。


 普通に美味い。ただ、そう、普通に美味いだけだった。


 これは俺の知ってる魚の味。つまりあの未知の旨み成分を感じ無いのだ。


 確かに、初めて食べる魚がアレで、その後に魚とはアレだと思い込んでコレを食えば首の一つも傾げたくなる。


「なるほど、物足りなかったんだな?」


「そんなこと、ない」


「無理すんな。俺のちょっと物足りないって思ったから。…………海の魚とは全然違う味なんだな」


 何故だろうか。地球でも淡水魚と海水魚の味に違いはあったけど、それはあくまで『違い』でしかなく優劣では無かった。


 でもこれは明らかに優劣が存在してる。何が違うって『格が違う』としか言えない差だ。


 そこでふと、一つの仮説を思い付いた。


 小黒は釣っても経験値にはならなかった。だけど今まであの未知の旨み成分を感じた生物は倒すと経験値が得られた。


 仮に、魔物を倒すと経験値が手に入る世界だとして、なら動物は? 


 魔物と動物の違いは? 魔物を『魔』と呼ぶ要因は?


 色々考えた結果、あの旨み成分とは魔物特有の魔力とかじゃないのか? 人が経験値として吸収するのは、その魔物特有の魔力なのでは?


 食べて美味しいのは、経験値の出涸らしみたいな魔力を口にしたからでは? 体が経験値を欲してるから美味しく感じるのでは?


 ………………と言う仮説を立てたけど、今は立証が不可能なので脇に置いとこう。


「そのうち、また海に行って釣りをしような」


「うんっ、約束」


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