甘々の羊。



 さすがに異世界の魚を全て既知の物に置き換える事は難しい。


 だけど特性を二分化していけばある程度は系統が取りやすくなる。


 例えば生息地は熱帯か寒冷地か。魚体は平たいか円柱型か。魚食性か藻食性か。凶暴か臆病か。デカいか小さいか。


 そう言った簡単なパターンを並べていくと、「なるほど、○○と似てるんだな」と答えを出せる。


「マスかアユを期待したけど、まさかのウグイか」


 ボートに繋いだ錨を下ろして川釣りを始めた俺達。程よく朝日が登った頃には結構魚が釣れていた。


 ここは寒冷地とは言わないけど少し寒い地域だそうで、冬にはしっかりと雪が降る。


 川は綺麗で流れが強く、大型の魚は生息しづらい。居るとしても水底に沈んで流れに耐えられるナマズのような魚くらいだろう。


 そうした諸々を考えて仕掛けを投げた結果、釣れたのは真っ黒なウグイ的な魚。


「美味しいのかな、コイツ?」


 特に小さい魚は毒持ちの危険が否定出来ないので、この場で食べる事は控えようと思う。


 小さ過ぎるのか、それとも弱過ぎるのか、絞めても経験値にならない黒ウグイくん。俺もポロも五十ずつくらい爆釣したから村に帰るところだ。


「…………勝てなかった」


「そりゃ素人に負けるかよ。大きさを競うならビギナーズラックがあるけど、数釣りなら付け入る隙すらやらねえって」


 帰りはエンジンを止めて川の流れに沿ってゆっくり進んでる。その中で隣のボートでポロがむすっとしてる。


「なに、そんなにご褒美欲しかった? 俺に何させるつもりだったのさ」


「………………口付けくらい、したかった」


 胸の前で指をつんつんするポロ。俺はポロのボートに寄せて並べ、ポロに手招きした。


「…………? カイト、どうし──」


 俺の手招きに何かあったのかと近寄ってきたポロの顎を持って唇を塞いだ。


「……ッ!? ッッッ!?」


「…………ご褒美なんて言わず、このくらいならいつでも良いよ。だからそんな落ち込むなよ」


 俺は自分の頬が熱くなってるのを自覚してそっぽを向いた。意図してポロのボートからも距離を取るけど、顔を真っ赤にしてニコニコしてるポロは逃げる俺のボートに寄せてくる。


 そして最後にはこっちに乗り込んで来てプレゼントしたボートを乗り捨てた。そのまま流されると本当にロストするから慌ててインベントリにしまう。


「…………カイトすき。いまのずるい」


「いつもの仕返しだろ。ずるくない」


 ぎゅっと抱き着いて来たポロの頭をサラサラ撫でつつ、村に帰って来た。


 日が登ってるので起きてる人達がもう動いてて、ポロに抱き着かれた俺が桟橋に乗り付けたのを見ておば様方があらあらって顔で笑ってる。


 その空気に耐えられなくて、ボートを桟橋に固定したらすぐに登って走り去る。アイテムはインベントリの中だから片付けは要らない。


 エスプワープ家に帰る間、ポロはずっと俺のお腹にしがみついてた。まるで夏のセミである。腰に足が回ってて、ガッチリだいしゅきホールドされてるらしい。


 急いで帰るとテム婆が起きて朝食の準備をしてる姿が見えた。


「おや、出掛けてたんね? 朝からお熱いようでなによりだよ」


「おはようございます。ちょっと聞きたいんですけど、この魚って食べれます?」


 インベントリから黒ウグイか入ったジップロックを取り出して見せる。


「おや、久しぶりに見たね。そいつは食べたら美味しいから安心しな」


 どつやら加食に適した魚らしい。でもポロは村で魚を食べた事が無いと言うから、取らなかった理由が他にあるんだろう。


 毒があったり不味かったりするなら納得だけど、美味しいなら捕まえると思うんだけどな。


「疑問は分かるさね。ただあんた、自分の持ってる船や道具を常識だと思わない方が良いよ。あの流れを遡れる船なんて、この村に牙羊毛を買い付けに来るくらい大きな商人でも、沢山は持ってない。村で所有なんて有り得ないよ」


 なるほど。場所によっては歩いて行けそうな深さの川だけど、少し足が滑ったら一気にジェットコースターになる場所だ。魚が取りたいなら船の存在は必須だろう。


 でも船にだって遡上出来る限界があるし、流れに負けない船である事が最低条件だ。


「昔は魚取りの名人も村に居たんだけどねぇ。陸から牙羊毛から紡いだ糸と鈎を使って、魚を取ったのさ。でも川の流れが強くて、他の人がやっても上手く行かなかったんだよ。それで、その名人は魚の取り方を誰にも教えずに逝っちまったのさ」


 なるほど。その魚取り名人さんがオリジナルの仕掛けで釣りをしてたけど、仕掛けの作り方は秘匿してたと。


 普通の人が釣れないのは、単純に重りシンカーの問題だと思う。釣り用の重りってシンプルな見た目をしてるが結構考えられてあの形なんだ。


 その辺の石を糸に結んだ程度じゃ川の流れには勝てなかったんだろう。その名人は鉄か、もしくは削って形を加工した石を重りにしてたはず。


 名人が使った仕掛け恐らく、天秤仕掛けか何かかな?


 天秤仕掛けとは、簡単に言うと『ト』の字型をした金具を使って作る仕掛けで、『ト』の上に釣り糸ラインを結び、下には重りシンカー、横棒に鈎が付けられてる。


 重りに引っ張られて『ト』の字型金具が水底に沈んで倒れると、横棒が上を向く。すると横棒の先に付いた鈎は水底よりも上の位置で水流に揺られる形になる。


 こうすると水底の泥や砂に鈎や餌がめり込んだりはせず、しかし水底付近に居る魚に有効なアピールが出来る。ハゼ釣りとかで良く使う仕掛けだけど、シンプルなので応用が効く。色んな釣りに使われる愛され仕掛けリグだ。


「つまり、釣り名人が魚の釣り方を秘匿したまま亡くなったので、あの川を攻略して魚を取れる人が居なくなった。そして村では普通に牙羊の肉が取れるから、わざわざ魚を取ろうって人も居ない?」


「その通りさ」


 なるほど、謎が解けた。


「どうしてポロが川に流されるなんて無茶をしたのか分からなかったけど、昔はその名人が釣って食べてたからなんですね。だから魚を知らないのに、凄く美味しかったって情報だけは村に残ってる」


「そう、その通り。みんな美味しい言う。でもポロ、見たことも無い。そんなのずるい」


 昔はこんな食べ物があったんだぞ、なんて伝説の食材を語られたポロ。いつかは食べたいと思いつつ、どこに有るか分からなかったんだろう。


 村人も川に誰か流されちゃ適わないから教えない。けど、ポロは村に来る商人から聞いてしまった。どうやら『サカナ』と言う生物は川に居るのだと。


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