久々の故郷。
「ポロ! 助けて来るからお前は居なくなってた間の事情を説明しとけ! あと服着とけ! そろそろシャツ一枚はダメだ!」
そう言ってカイトは颯爽とボートに乗って、川に流されたお爺様を追い掛けて行った。
自分もボートの操縦は上手くなったと思うけど、やはり長年使って来ただろうカイトには勝てない。
流れるような一発始動は置いとくとしても、あの川の流れで滑らかなターンは中々出来そうに無い。
自分だったらもう少し大きく膨らんでから曲がったと思うし、この流れの強さであんなにもキレのある回頭は無理だ。
「ぽ、ポポロップ? あなた生きてたのね……?」
「あ、オバサン。今帰った」
「今帰った、じゃ無いでしょ全く!」
頭をポコンとされた。でも痛くない。それからギュッとされて、泣かれた。
ああ、こんなに心配させてたのか。申し訳ない事をした。サカナが食べて見たくて川に入って、そのまま流されたらサカナ取りの玄人であるカイトと出会って、それから毎日美味しい物を食べて浮かれてた。
「ごめんなさい」
「良いの。良いのよ、生きていてくれたから……」
「よぉポポロップ。随分へんな格好してるな? なんだいそりゃ」
む。この「カレシャツ」を変と言うのは幼馴染のボロズ。この最高に可愛くてちょっと色っぽい格好を変と言い切るなんて、ダメな奴だ。
必死に服を変えさせようとするカイトに聞いた話では、この服はカイトの故郷で主に男性が仕事に着る服だと言う。
それを女性がお風呂上がりに一枚だけ着て居る状況は、その服の所有者と深い関係にある事を示し、そして何より色々とチラチラ見えてしまうギリギリの感じが男性を誘惑してしまうのだとか。
カイトが持ってる鏡を借りて見てみたけど、確かにちょっと色っぽいと思った。だからカイトのシャツをずっと着てるのだけど、カイトはかなり我慢強い性格らしくてとても困った。
集まってきた村の皆が、さっきの人は誰だ、あの立派な船はなんだと聞いてくる。
「彼はカイト。海まで流されてしまったポロを拾った人。ここまで連れて来てくれた」
つまり恩人。そう、カイトは恩人。
カイトがクロザルと呼ぶ魔物が沢山居る森の近くまで流されてた事を知ったポロは、カイトが居なかったら今頃アイツらに殺されてたはずだった。
あの魔物からポロを守りきって村まで連れて帰る。もし冒険者に依頼したなら上級以上の人が呼ばれて、多大なお金を求められる。カイトがしてくれた事はそれ程の事だった。
「カイトは、ポロに何も要求しなかった。ただ連れて来てくれた。だから、皆もカイトを歓迎して欲しい。…………でも、カイトを狙う女はポロが許さない」
「あらっ、あらあら!? ポポロップちゃんもしかして!?」
「村の誰にも興味を持たなかったポポロップがついに!?」
「う、嘘だろポポロップ……? あんな、あんな余所者のどこがいいんだ!?」
む? ボロズが何やら酷いことを言う。何も言わずにそっと力を貸してくれて、今も流された家族を助ける為に誰よりも早く動いてくれた。
そんな人のどこが良いかって? どこもかしもこ全部良いに決まってる。何を言ってるのかコイツは。
「ボロズ。だからお前はダメ。何も分かってない」
あまりにも分かってないボロズに説教しようとすると、オバサンに肩を叩かれる。
「ポポロップ、そんな事より着替えに帰るべきだわ。あの人も着替えておけって言ってたでしょう? 着ていた服はどうなったの?」
「む。服は捨てた。カイトが着替えろと煩いから、着替えられないようにポイした」
「そ、そうだ! なんだってそんな服を着てるんだ! アイツの趣味か!? そんな格好させられるなんて、何かされたんじゃ無いのか!?」
「ボロズ煩い。カイトは寝床に同衾しても手を出さなかった奥手。何もしてくれないから、ポロが困ってるくらい。けど、カイトの名誉を傷付けるのは許さない。牙羊族はそこまで恥知らずじゃないはず」
「なっ……」
さっきからコイツはなんなんだ。ポロの気持ちは置いといても、命を助けて連れ帰ってくれた恩人に失礼過ぎる。頭がおかしいのか?
昔からそうだった。人が気にしてる事をズケズケと突っついてきて、非常に不愉快だ。
お前みたいなチビは貰い手が居ないから俺が貰ってやろうかとか、大きなお世話だ。ポロは小さくても立派な大人なのに、そんな事を言うやつの所に嫁ぐなんて冗談じゃない。
カイトも最初はポロの事を幼女だのなんだの言ってきた。でもポロの歳を伝えたらちゃんと
良い男って言うのはカイトみたいな人を言うのだ。ボロズも見習って欲しい。
「むぅ。この格好だと、何故かカイトがバカにされる。ホントはずっとコレでも良いけど、カイトがバカにされるのは嫌。着替えてくる。あとお祖母様にただいましてくる」
「そうね、それが良いわ。…………ほら皆、仕事に戻りましょう。私はカイトさんが帰って来たら案内出来るように桟橋に居るから、ポポロップはお家に居なさいね? カイトさんは案内してあげるから」
「分かった。ありがとうオバサン」
失礼で気遣いの欠片も無い幼馴染を放置して、久し振りの故郷を歩いて家に帰る。
牙羊族の村、テムテム。牙羊種の畜産で生計を立てる一族であり、主に牙羊肉と牙羊の毛から紡いだ糸が特産。
川が近いのに流れが早くてサカナが取れない村だけど、その代わりに質の高い布と肉が取れるから比較的裕福な故郷。
だけど牙羊の肉ばかりを食べて育ったから、商人からサカナの話を聞いて食べたくなってしまった。川でも取れると聞いたから、そこの川に入ってみた。
カイトに教わった今は、自分がとれだけ無謀な事をしたか分かる。
サカナ取り、『釣り』や『漁』って言うのは専門の道具と知識が必要で、素人が手を出すならそれこそ性能の良い道具が要る。
それを木の槍を片手に持っただけであの川を入るとか、今思うと本当に無謀だった。助かったのはカイトのお陰。
「お祖母様、怒ってるかな」
「当たり前だろう? このバカ孫がっ!」
まだ家まで距離があるところで、呟きに返事があって頭をガツンと殴られた。
「あぎぃ……! お祖母様っ…………」
振り返るとそこには、背中なんて少しも曲がってないムキムキの老人、お祖母様のテムロップ・エスプワープが居た。
「このバカ孫がぁ。随分心配させてくれたねぇ? 勿論覚悟は出来てるんだろう?」
ああカイト、助けて欲しい。助かったのに死にそう。
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