飯テロ。
ハモの体に包丁を擦り付ける形でぬめりを剥ぎ取る。頭からしっぽに向かってこそぎ落とすようにする。
その後に腹をかっさばいて内臓を取り出したら、一旦水で洗う。ここで少し無理をして
「ハモって綺麗に捌こうとしたら大変なんだよなぁ」
洗った後は水気を取って、丁寧に顎下から包丁を入れて中骨に沿って開いて行く。
包丁を背中に貫通させないようにすると「ひらき」になって、貫通して切っちゃうと「おろし」になる。
開いたら頭を落としてバイバイキン。来世で会おうぜごめんやっぱアラ汁にするかも。
開いたハモの腹骨、中骨、背骨の順番に包丁をすき入れて取り除く。これがちゃんと出来てるか否かでハモの味が変わると、教わった人に言われた。
「…………2メートルもあるの、骨切りしたくねぇなぁ」
骨切り。1ミリ単位で包丁を入れて小骨を切る下拵えだ。これをやってハモのもう半分が決まるって言われたので、頑張ってやる。
バイト先の海鮮居酒屋に居た大将は、俺に色んな魚の捌き方を教えてくれた。親に会えないのは別に良いけど、大将に会えないのは寂しいな。
シャコココココココと小気味良い音を立てて骨切りしてく。慣れてるのでかなり早い。
マナ板の上で少しずつ滑らせて骨切りを続ける。大体三分の二くらいが可食部として残ったかな。尻尾の方は細過ぎて骨が取れないし骨切りもあまり意味が無いのでアラ扱いだ。
捌いた魚はその後大きく切り分けてジップロックに入れて置く。次は天ぷらの衣を用意しないと。
と言っても粉を水に溶くだけなんだけど。市販の天ぷら粉は便利だよなぁ。水だけで良いもんな。他にも卵が要らない揚げ物用パン粉とかも売ってるんだぜ。
「ご飯も炊こーっと」
メスティンに無洗米を二合入れて水をはる。カセットコンロに乗せて弱火寄りの中火で二十分。
ご飯が炊けたらコンロから下ろして蒸らしとく。その間に鍋型クッカーに油を入れてコンロに乗せる。
ジップロックに入れてたハモを取り出してブツ切りにしたら、水に溶いた天ぷら粉に潜らせて油に投入。
パチチチチジュゥゥアワァァア〜……!
独特の音で耳から胃袋をノックされる。揚げ物ってズルいよな。
ご飯がそろそろ蒸れたかなとメスティンを開けて、丁度良いからその蓋にキッチンペーパーを置いて揚げ物の皿にする。キャンプ用クッカーは蓋がお皿になるから便利だぜ。
一匹で馬鹿みたいにデカいハモを次々揚げながら、天ぷらを食べる為に塩とポン酢を用意して、ハモの経験値を使って大根おろしチューブも買う。誘惑に勝てなかったぜ。
「かんせーい! ハモの天ぷら御膳! 乗っけて丼でも良いよスペシャルー!」
一人で盛り上がっていくスタイル。
完成とは言ったけどコンロが空いたので別のクッカーを乗せて水を入れ、ハモのアラを入れて味噌汁用の味噌パックを投入する。天ぷら食べてる間にアラ汁作りだ。
「頂きます……!」
ご飯をかき混ぜたメスティンを茶碗代わりに、割り箸を天ぷらに伸ばす。まずは塩で頂こう。
──さくっ…………!
「…………ぁぁぁあぁあぁあぁあ旨えぇぇぇ〜」
食感軽っ。旨っ、何これ旨み成分を固めたスナック菓子? ホクホクのハモが舌に溶けて旨味と油だけを残したから、衣のサクサク感だけになったぞ。
我ながらなんて凶悪な天ぷらを作ったのか。これは美味すぎる。と言うかやっぱり知らない旨味だよこれ、何これマジで箸が止まらん。
「待て待て俺待つんだ俺っ、塩だけじゃ勿体ない……!」
ガンガン消費する天ぷらに待ったをかけ、俺はなんとかポン酢ルートも開拓する。
衣をポン酢に付けて、サクッと食べる。
んんんんんん暴力。これは暴力ですね海神様!? ホクホクのハモ肉がポン酢を吸って女神になりましたよ! お嫁さんにどうですかね!?
あぁあぁ美味い、これは美味い。良しおろしポン酢も食べよう。
「いやもう丼にしちまおう! 乗せろ乗せろっ! 全部乗せちまえ!」
三合炊きの大きなメスティンに天ぷらをぎっしり乗せてから半分におろしポン酢、半分に塩を振り掛ける。あぁ、神の食べ物が出来ちゃった……!
でも天ぷら多すぎて全部乗せられなかったよ。悔しい。メスティンもう一個買ってご飯炊いておこうかな? よしそうしようお代わりしよう。今なら無限に食える気がする。
メスティンのハンドルを持ちながらうおぉぉぉおとご飯を書き込む。柔らかくてサックサクほろほろのハモが余りにも美味い。
マジで何これ。もしかして魚版のイボテン酸? でも毒無かったしなぁ。
余りにも美味すぎて毒キノコのイボテン酸を疑うくらいには美味い。ちなみにイボテン酸ってのは人が食べれる旨み成分の十倍美味いけど毒って言う旨み成分のこと。
イボテングダケってキノコの仲間に含まれてて死ぬほど美味いけど食べ過ぎるとほんとに死ぬって言うキノコだ。
食べる量を落とせばちょっとした中毒くらいで済むらしいけど、食べると美味すぎて中毒になっても食べたくなるらしい。
取り敢えずこのハモはそれくらい美味しい。赤バスも美味かった。もしかしたら本当にこの世界特有の旨み成分があるのかも。
「はぁぁぁあうめぇぇえっ…………!」
──くぅぅう…………。
貪るようにハモの天丼を食べてると、何やら背後から音がした。まるで腹の虫みたいな音である。
「…………ん?」
俺の背後は海である。森を背に飯を食ってたら黒猿の襲撃に気付けないから。
で、なんで海の方から何か聞こえる?
突然のホラーに冷や汗が出る。けど安全のためには振り返らないといけない。決意して振り返る。
「…………おなか、へた」
そこにはクリーム色の髪? 髪だと思う繊維質をゴシャゴシャに纏った幼女が居た。毛むくじゃらのバケモノにしか見えないけど、声からすると多分幼女。
「なんだ、ただの幼女か」
ビックリした。幽霊かと思ったら漂着したただの幼女だった。漂流物ってのは時折、思いがけない物が見付かるからな。時には幼女の一人や二人くらい流れ着くんだろ。
「…………ってなんでやねぇーん!」
ただの幼女ってなんだよ。幼女が波打ち際に流れ着いてたら一大事だっつの。
「おい大丈夫か幼女! 生きてるか!? 喋ってた気がするけど生きてるよな!?」
「…………幼女、ちがぅ」
駆け寄って確認すると、弱々しく返事が返ってくる。
その幼女の頭には、何やら捻れた角が生えてた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます