釣りさえできれば。



 経験値を百ほど手に入れた俺は、浜辺に帰ってきた。


 遭難したら死ぬと思ってたので、なるべく浜の近くで延々と獲物を探してたのだ。


「もう夕方か。結局釣り出来なかったな……」


 実質レーザーライフルと言う超つよつよ水鉄砲で事なきを得たけど、やっぱり俺は釣りがしたい。


 こんなチート武器を手に入れても、モンスター倒してチヤホヤされて俺つえー、とか別に興味無いんだよな。


 ワクワクする冒険も、スリルある戦闘も、可愛い女の子との出会いも。その全てが釣りに下る。釣りより優先する事など何も無い。


 釣りは良い。釣りは人生だ。中国の諺にも確か幸せになりたかったら釣りをしろってのがあるはず。


 一日幸せで居たかったらアレを、三日幸せで居たかったらコレを、一生幸せになりたかった釣りをしなさい、みたいなやつ。


 つまり釣りをしてる俺は一生幸せである事が確定的に明らかであり、多分ジャックポット的な不運で死んでも転生したのは釣りをしてたからだ。


 それにサメに食われて海に還ったのは個人的に喜ばしい死に方だったし。いつも喧嘩してるクソ親達に看取られるくらいなら母なる海で死にたいに決まってる。


 親らしい事をされた経験が無い。お金出しとけば良いだろって言うスタンスの二人に比べたら、いつでも俺の相手をしてくれた海こそが俺の親だった。


 なので陸地より海が良い。陸棲生物なので陸で生きないとダメなんだけど、基本的には海に居たい。


「…………はぁ、暗くなったしテントでも張るか。百ポイントで足りるかな」


 七つ道具のショップを起動して買い物をする。まずテントと、焚き火台、飲水も要るな。そう言えば転生してから無補給だった。


 必要な物をガチャガチャと買い込み、全てインベントリに収まったらそれを吐き出す。


 インベントリから取り出す時はホログラムの腕輪が分解されて飛び立ち、小さなパーツになったホログラムが砂浜の上に3Dプリンターみたいな動きをしてアイテムをその場に印刷した。


 なるほど、そう言う感じなんだ。


 神器の方はシュンッて出て来たけど、インベントリの出し入れは少し時間がかかるらしい。


 ちなみにインベントリは無限収納じゃなくて枠が五十、ひと枠に九十九個のスタックが出来るシステムになってる。便利だけど無駄遣いは出来ないな。


 買ったのは湖へ釣りキャンプに行った時とか用のテントなので、使い慣れてる。さっさと組み立てて今日は寝てしまおう。


 食料は取り敢えず菓子パンで良いや。一応、穴を掘ってトイレの用意もしておこうかな。




 翌日、地平線から日が出たギリギリの時間に起きた。朝まづめは釣りをしたい。


 買っておいた菓子パンを貪りながら準備をする。残り経験値は三十五。キャンプ用品がかなり高かったので半分以上使った。


「…………必要アイテムが増える仕掛けは良くないな。ルアーで良いか」


 餌釣りの場合は最低でも鈎、重り、サルカン、餌の四つが必要になるので、ポイント弱者である俺にとっては必要アイテムが多いのは困る。


 なのでラインに一つ結んだらそのまま使えるルアーを購入した。あと神器にしたリールにはラインが巻かれてないのでそれも買う。


 取り敢えずPEラインの0.8で良いか。


 ネットショップみたいな能力を操作してカゴに入れたのは、平たい鉄板を加工したような魚の模型に色を付けたルアー、メタルバイブレーションだ。ついでにメタルジグも買っておこう。


 鉄製なので小さいのに重いから遠くまで飛び、アクションもシンプルで使いやすいルアーである。ただ投げて巻くだけの釣りでも何とかなるので初心者にもオススメだ。


 簡単な準備が終わったから、七つ道具を起動して波打ち際にボートを出す。


 別々に神器化したアイテムだけど、セットしてあったエンジンもそのままだった。毎回セットするのちょっと面倒だったから助かる。


「本当はライフジャケットくらい必要なんだけどな」


 海に行く時の必須装備である。俺だってクジラからのサメなんてウルトラコンボ喰らわなかったら、ライフジャケットで助かったはずなのだ。


「と言うか東京湾でサメって…………」


 今更だけど、なんのサメだったんだろう。東京湾に居る人喰いのサメってなんだよ。イタチザメでも居たのか?


「ドチザメならちょいちょい見るけどさぁ」


 考えれば考えるほどジャックポットだったな。いくつ不運が重なったらあの場面で死ぬのか。


 いや俺的には幸運なんだけど。


「よし、行くか」


 気を取り直して海に出る。神器化したエンジンはどうやらガソリンの供給が要らないらしく、馬力もなんか上がってる気がする。フルスロットルだと体感で倍くらいの速さを感じる。


「エンジンがガソリン要らないって事は、水鉄砲もバッテリー無限なのかな?」


 水鉄砲は水の供給が必要だけど、電動なので電気が要る。海神様に貰った知識は最低限の物なので、神器に関しては自分で調べていくしかない。


 適当な沖合に来たら釣りを始める。この場所で何が釣れるのか、そもそも潮目はどうなのか、なにも分からないけど取り敢えず釣りをする。


 別に釣れなくても良いんだ。釣りって遊びに興じてる時点で俺は幸せだから。


「とか思ってたらフィーッシュッ!」


 まさかの一投目からガツンと来た。ただ遠くに投げて早めにリールを巻いてただけなのだけど直ぐに来た。


「待ってデカいデカい……!?」


 竿が限界までしなって俺を海に引きずり込もうとする。腰を入れて腕を上げ、張力のバランスを取りながらドラグを開ける。


 ドラグと言うのはリールに付いてるブレーキ装置の事で、魚が限界を超えてラインを引っ張るとブツって切れてしまうから、そうなる前にラインを吐き出して切れないように調整するブレーキが付いてるのだ。


 調整したドラグからラインがキリキリと音を立てて吐き出される。40センチ程度のシーバスならガンガン巻いていける装備なんだけどなコレ。


「負けるかよオラァァア!」


 大物上等。俺は気合いを入れて魚とファイトを始める。竿を立てて、倒して、逃げようとする魚の動きに合わせ続ける。


 そうしないと鈎を上手く外す魚も居るのだ。一度刺さったからと言って安心は出来ない。


 予想以上の大物が掛かってるらしく、俺と魚の勝負は三十分も続いたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る