釣りが出来ない。



 何とか気絶はせずに済んだ俺は、砂浜に寝転がりながら思考する。


 ちょっと水鉄砲するだけでフラフラになって立てなくなった。喋ることすら億劫だ。


 あの魔法でこのレベルの倦怠感なら、つまり俺は今とても弱いのだと分かる。レベルで言うならゼロか1くらい。


 海神の強襲オーシャン・レイドも釣りをして魚を食べないと効果を発揮しない。海神の七つ道具オーシャン・ギフトは攻撃用の道具を登録してない。


 つまり、今の俺は襲われると簡単に死ぬ。


 好奇心で魔法を使ったのは迂闊過ぎた。ラノベとかで良くあるパターンなんだから警戒するべきだった。


 取り敢えず動けるようになったらボートを出して沖に出よう。陸棲生物に襲われるくらいなら海の方が良い。ボートが神器だからもしかすると安全かも知れないし。


「…………うっ、ぐぅぅあ、きっつぃ」


 十分ほど陽射しに晒されて、やっと回復した。頭がガンガン痛むし、二日酔いの感覚に近いかも知れない。お酒飲んだ事ないけど。


「ふっ、ふねぇ、ぼーとしょうかん……」


 力無い声で砂浜にボートを呼び出す。幸い、海神の七つ道具オーシャン・ギフトを使うだけなら魔力は使用しないらしい。


 呼び出したアッシュグリーンのビッグ425に、4スト二馬力の愛用船外機を装着して、海に出る。


 体を引きずってボートを海へと押し込み、ある程度進んだらボートの中に転がり込むようにして乗る。


 最大で三人乗りが出来るボートだけど一人乗りが前提の小さなボートだ。使い勝手は良いけど寝転ぶには物足りないギリギリのスペースしか無い。


 船外機を始動する為の紐、リコイルスターターを引っ張ってエンジンを掛ける。少しずつ治まってきた頭痛を堪えてアクセルを捻ってボートを動かす。


「はぁ、あったま痛え……」


 こりゃレベル上げるまで魔法なんて使えないな。海神の神術オーシャン・レアの限界が無いって事を良く理解した。


 このスキルは魔力さえあれば意思一つで何でも出来るんだ。ただ実行する為の魔力が必要なだけで、それ以外は本当に限界とか制限とか無い。


 そんな状況で自分の持ってる魔力以上の事をしようとしたからこうなった。あの時もっと凄い事をしようとしたら、そのまま死んだかも知れない。


「あっぶねぇ……」


 せっかく海神様が善意でくれたスキルなのに、馬鹿な使い方して即落ちするとこだった。顔向け出来なくなる。


「ちゃんと相応の魔力が必要って警告あったのにな。マジでバカな事したわ」


 海神様の善意を踏み躙るところだった。もう少し慎重に動こう。


「……………………ふぃぃい、大分具合は良くなって来たぞ。このまま景気付けに釣りでも───」


 そこでふと、俺は嫌な事に気が付いてしまった。


「あれ、俺いまこれ、釣り出来なくね?」


 釣り竿ロッドはある。リールもある。でも鈎と餌、もしくはルアーが無い。


 それは七つ道具のショップ機能で買うべき物で、だけどショップを使うには経験値が要る。良く考えなくてもお金とか消費して買うとこの世界から物質が少しずつ消える訳だもんな。そりゃ非実在の何かを消費するよな。


 そして悲しい事に、今の俺はレベルゼロだか1の経験値ゼロ男。鈎も餌もルアーも買うことが出来ない。


 つまり、釣りが出来ない。


「あれ、詰んでね?」


 俺の能力は釣りを起点にしてる。海神の強襲オーシャン・レイドは釣りをしないと使えない。海神の強襲オーシャン・レイドが無いと戦えなくて、戦えないと経験値を得られない。経験値が無いとショップも使えないしレベルを上げて海神の神術オーシャン・レアを使う事も出来ない。


 あれ、詰んでね?


「か、海神様……!? これは流石にミスでは!?」


 こんな事じゃ海神様に対する想いは変わらない。けどそれはそれ。


「考えろ俺。唸れ俺の脳みそ……!」


 ………………………………閃いた!


「正直これがダメならマジで詰む。…………いや、普通に人里を探して助けて貰えば良いのか? まぁ思い付いちゃったしやってみるか」


 余ってた神器枠に一つのアイテムを登録する。


 それは高校生にもなって水遊びをしようと言った友人に合わせて買ったアイテム。


 このレベルの物を持って来るとは思わねぇだろって変な方向に暴走して買っちゃったネタ商品。


 出てよ、電動水鉄砲!


「これで海神の神術オーシャン・レアの負担を減らす!」


 呼び出したそのアイテムは、見た目だけならめちゃくちゃカッコイイ感じのSF風アサルトライフル。だが中身は水鉄砲なり。


 これ一つで五千円くらいするんだよな。水鉄砲にそんなお金使う? って意味ではヤバいくらいのネタ商品。誰が買うのこれ? 俺なんだよなぁ。


 電動で動いて結構な勢いがあるコイツは、水鉄砲の癖に最大射程が16メートル。神器化した今ならもっと行くかも知れない。


 これで撃ち出した水に海神の神術オーシャン・レアまで加えて攻撃魔法にしたら、少ない消費でダメージを出せるんじゃ無いか?


 もし無理だったらもう、このライフルを鈍器にしてその辺の陸棲生物をぶっ殺してみよう。今はダメでもレベルさえ上げたら最強の武器になるかもしれないし、今回すべっても無駄では無いと信じたい。


「海水入れたら壊れるかもしれないし…………」


 神器だから壊れないんだろうけど、でも実際どのくらい神器化したアイテムが凄くなってるか分からないので怖い。


 だから船の上で少しずつ、少しずつ海神の神術オーシャン・レアによって生み出した水をチャージした。


 アイスを一気食いしたくらいの頭痛まで行ったら回復を待って、アイス一気食いから休憩を繰り返して水鉄砲を満杯にした。


 途中、タンクを取り外さなくても直接中に水を出せると気が付いてからは少しだけ楽になった。


「…………試し撃ちするか」


 ボートの上から陸を見て、砂浜に向かって引き金を引いた。


 ──ィギュンッッッ…………!


 すると完全にレーザービームみたいな水が発射され、砂浜がタパァ! って弾ける。


 うん、どう見てもビームライフルです本当にありがとうございました。


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