エピローグ
平和なひととき
(平和やな……)
ランチタイムが終わり、落ち着いたカフェ・シュガーパインの店内を見渡して、
春眞とて、事件に関わることをそこまで
それでもやはり、春眞はもちろん茉夏も、そして今や秋都も民間人なのだ。探偵ごっこよろしく事件に首を突っ込むのは良く無いのだ。
そんな茉夏だが、晩ごはんを食べに来た夕子に、受け持ちの事件の話をせがんで、当たり障りの無い部分だけを聞いて、どうにか気持ちを満たしている様だ。
ちなみに冬暉には訊かない。邪険にされて喧嘩になるのがオチだからである。
さて、そろそろティタイムだろうという時間帯、レアチーズケーキをご
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ〜」
それぞれがお迎えすると、男性は「おう」と軽く手を上げる。口を開けばいつものガラの悪さが
「レアチーズとブレンド頼むわ」
男性は席に着くなり、メニューも見ずに注文した。
「はい、お待ちください」
春眞はお冷とおしぼりを置きながら返事をする。と同時に、ふわりと鼻を
このご常連の男性からは、時折火薬の匂いがするのである。仕事などで火薬を扱っているのだろうか。花火師とか採掘現場とか、それとも……自称サラリーマンと言うことだが。
例えご常連とは言え、こちらから踏み込むことはしない。もし世間話の中ででもそんな内容が出たら知ることもあるだろう。
このことは誰にも、秋都にすらも言っていない。茉夏の耳に入って、下手に好奇心を刺激したく無かったからだ。茉夏もわきまえてはいるが、万が一お客さまの失礼になってしまっては一大事である。
「兄ちゃん、ブレンドとレアチーズ」
「はぁ〜い」
秋都はドリッパーを出し、春眞はショーケースからレアチーズケーキを出した。プレートに置き、脇にブルーベリージャムを置き、ケーキの上にミントの葉を飾る。
秋都は丁寧にブレンドをドリップする。近くにいるとその
「は〜い、ブレンドお待たせ〜」
「はいよ」
春眞はトレイにブレンドとレアチーズケーキを乗せ、ご常連のもとへと運ぶ。
「お待たせしました」
そうして音をできるだけ立てない様に、プレートとカップをそっとテーブルに置いた。
「お、ありがとう。これやこれや」
ご常連は嬉しそうににやりと笑い、いつもの様にブレンドコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと入れた。わくわくとした子どもの様な表情である。
(ああ、平和やわぁ)
そんな光景に、つい微笑ましくなってしまう。
これからもこんな平和が続けば良いな、と心の底から思ってしまう。お客さま商売なのだから、思いも寄らぬことがあるかも知れないし、困ることだって起こるだろう。
だが巧くバランスを取りながら、日々を過ごして行けたらなと思っている。
「どうしたん、春ちゃん、にやにやして」
おっと、顔に出てしまっていただろうか。春眞は慌てて顔を引き締める。
「いやさ、このまま平和でおってくれたらええなぁて思って」
すると茉夏は「えー?」と不満げだ。
「ボクは何かあってくれたほうがええけどな。ほら、この前みたいなん。わくわくするやん」
食い逃げのことなのか、ストーカーのことなのか、殺人事件のことなのか、それとも別のことなのか、何を指しているのかは判らないが、春眞は苦笑するしか無い。
「この店のためにも、平和でおってくれた方がええやろ?」
「それはそうかも知れへんけどさ〜」
茉夏はそう言って膨れてしまう。相変わらずである。好奇心の強さは茉夏の長所であり短所でもある。
「ほらほら、喋ってへんで、働きなさ〜い」
呆れ声の秋都に
男性のご常連は目を細めながら満足げにレアチーズケーキを味わっている。カウンタの若い女性のお客さまは生クリームをこんもりと絞ったパンケーキ、テーブル席の老年のご夫婦はバターとメープルシロップをたっぷり掛けたホットケーキを楽しんでいた。
(ほらな、やっぱり平和がいちばんやわ)
春眞はのどかなシュガーパインを眺めて、ゆったりと微笑んだ。
カフェ・シュガーパインの事件簿 山いい奈 @e---na
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