第6話「お前の頭の中はどうなってんだ?」
「……『それ』が見せたいものなのか? ただのガラクタにしか見えんが」
屋敷の中の人気のない場所。
クートゥ様に見せていたのは、今そばにいる十七番さんと一緒に作ったものだった。
僕は「これは『圧搾機』でございます」と言う。
二枚の板の上に木ねじで作ったねじり機を置く。
そうすることで上下の板に『圧力』がかけられて間に置かれたオリーブは簡単に砕けて搾れて油を出す。
「オリーブの油を効率よく、そして簡単に採れる装置です」
「あっさく……搾油をしやすくできるのは凄いだろうが、実際に試してみないと分からん」
そうだろうなと僕は「では試してみましょうか?」とクートゥ様に提案する。
しばらく考えた後、クートゥ様は近くにいた使用人に「オリーブを持って参れ」と命じた。
そして持ってきたオリーブを板の間に置き、ねじに連結したハンドルを十七番さんが回す。十七番さんもまた、僕の言うことに半信半疑だったけど、黙って従ってくれた。
「な、なんだと!? まるで噴水のように油が!?」
「す、すげえ!? 全然力入れてねえぞ!?」
クートゥ様と十七番さんが驚くのは無理もない。
少しの力でも板の間には物凄い圧力がかかっている。
いくらオリーブが堅くとも、あっという間に砕けて搾れる。
下に置いた桶にはみるみるうちに油が溜まっていく。
「お前、どうやって考えた! 他人の入れ知恵であっても、これは……」
クートゥ様が僕に詰め寄る――跪いて「そこは問題ではありません」とゼウスに言われたように応じた。
「屋敷内で誰にも見られないようにしたのは、他でもありません。この装置を独占するためです」
「……確かに、この装置は作ろうと思えば作れるかもしれん」
「木ねじの作り方は複雑なので難しいですけど、基本的には作れます。だからこそ、こっそりと装置を独占しなければなりません」
クートゥ様は頭の良い方だ。それに商人だけあって、どうすれば自分の利益になるのか考えられる。
だから今、頭を物凄く回しているのだろう。
「この装置、一台作るのに何日かかる?」
「雑事をこなしながら作りましたので、二日ほどかかりました」
「この装置だけに集中したら?」
「一日で二台、手慣れれば三台作れましょう」
クートゥ様はその場を歩きながら考え込む。
十七番さんが僕に「ご主人様は何を考えているんだ?」と僕に耳打ちしてきた。
「多分、自分に一番良い選択を考えているんでしょう」
「変なことにはならないよな?」
クートゥ様は歩くのをやめて「二人で一日三台作れるのか?」と問う。
「もっと人数を増やせば多く作れないか?」
「できないことはありませんが、その場合秘密が外に漏れる可能性があります」
「……まあ、十台もあれば今のオリーブも搾油できるだろう」
クートゥ様は「よし。お前たちに命ずる」と僕たちを指さした。
「この圧搾機を直ちに作れ。材料と工房は私が用意する」
「……その場合の見返りはなんでしょうか?」
奴隷にしては無礼な物言いだったが、クートゥ様は予想していたらしい。
不敵に笑って「お前たちにそれぞれ千シルバくれてやる」と言う。
「雑事や仕事も免除だ。代わりに工房で私が望むものを作ってもらう」
「その望むものを作った報酬は、その都度いただけますか?」
「物の価値によって決める。構わぬな?」
「僕としては異存ありません。十七番さんはどうですか?」
「えっ!? 俺!?」
千シルバもの大金を与えられた衝撃で呆然としていた十七番さん。
僕は「できることなら、僕に力を貸していただけませんか?」と頼み込んだ。
「お願いします。十七番さんの力が必要なんです」
「……よく分からねえ展開だけどよ。損は無さそうだし、お前には世話になったからな」
十七番さんはにやっと笑って僕の肩に手を置く。
「力になってやろうじゃねえか。お前が考えたものを作ってやるよ」
「ありがとうございます!」
クートゥ様は「話がまとまったようだな」と僕たちに言う。
「工房ができるまでは一切装置を作ることは許さん。それまでは通常の仕事をしていろ」
「かしこまりました」
「仰せのままに」
装置を使用人に持たせたクートゥ様が去った後、十七番さんは「すげえの作るんだな」と感心したように言う。
「お前の頭の中はどうなってんだ?」
僕は素直に「どうにもなっていませんよ」と答えた。
「ただ物を作るのに向いている……僕と十七番さんは。そう思いませんか?」
「あははは。まあな……っと。そうだ、お前に教えておこう」
十七番さんは周囲を見回した後、僕にこっそり言う。
「セイビスってんだ。俺の名前は。まあ奴隷になってからは無いも同然だけどな」
「セイビスさん……僕に教えて良かったんですか?」
「信頼の証だ。こんぐらいしかないのが逆に申し訳ないけどな」
僕はセイビスさんの心意気が嬉しかった。
年下の僕みたいな弱っちい子供の言うことを聞いてくれるだけでも嬉しいのに……
「――ヘルメス・ブラック」
「うん? なんだそりゃ?」
「僕の名です」
セイビスさんの目が大きく見開く。
僕はにっこりと笑った。
「お互い、内緒にしておきましょうね」
◆◇◆◇
「よくやったぜ、ヘルメス。これでてめえは役に立つ仲間を手に入れたわけだ」
その日の夕食。
僕とセイビスさんは相談して、ご主人様から少しだけお金をいただいた。
そのお金で今日の奴隷たちのご飯はかなりの豪華なものになった。
具たくさんのスープを飲みつつ、セイビスさんたちがはしゃいでいるのを遠目から見る。
ゼウスは僕の前で上等な肉を食べている。
「仲間か。そうだね。セイビスさんは頼れる仲間だよ」
「てめえも口が上手くなったよな。人を信用させる術を持てるようになった……あるいはモテるようになったと言うべきか?」
「ゼウス、僕はそんなんじゃあないよ」
人を操ろうとか、支配しようとか。
奴隷の僕からしてみれば、唾棄すべきことだった。
まあゼウスに対して、おんぶにだっこな僕が言えた義理じゃないけど。
「それでだ。てめえの最終目標を教えてもらおうか」
「幸せになる以外、考えたことないよ」
「そんな漠然としたビジョンじゃあ物事上手くいかねえぞ? そうだな、小目標ぐらいは立てておこうか。まずは解放奴隷になるだな」
自分が解放奴隷になれるビジョンなんて、ゼウスに会わなければ見えなかった。
そう考えると僕はついているのかもしれない。そう思いつつ、スープを啜る。
「その次はブロームの事業に参加する……ここまでは計画のうちだ」
「うん。そうだね」
「だけど、てめえには足りないものがある。俺の知識だけじゃ限界も来るだろう」
僕は少し考えて「人にはできることとできないことがあるって話かな?」と問う。
ゼウスは肉を引き千切りながら「近いけどな」と頷いた。
「人間の才能には限界がある。なんでもこなせる万能の天才なんて早々いねえのさ」
「…………」
「つまりだ、俺が言いてえのはもっと仲間を増やすべきだってことだ。それも十七番――いや、セイビスか、あいつみたいに一芸のある野郎を仲間に引き入れようぜ」
「奴隷の中にもいるよね。意外な特技を持っている人」
ゼウスはにやにや笑って「俺が目星を付けておこう」と言う。
「てめえと相性がいい奴を見繕ってやる。まずは――」
そのとき、僕の背後で器が落ちる音がした。
振り返ると、そこには四十二番さんが驚愕の表情で立っていた。
「ね、姉さん――」
「ネズミが、喋ってる……!?」
身体を震わせて恐怖を抱いている様子の四十二番さん。
僕も全身から汗が噴き出た。
「こりゃあ不味いな。どうしようもねえ」
ゼウス、あっさりと諦めないでよ。
奴隷と異世界人 ~現代知識チートで成り上がる~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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