第五十一話 代行者
緑禍の聖殿には隠された階層があった。
そこにいたのは白い少女。
人間ではなく、対話も通じず、木の魔物を生み出す能力を持っていた。
完全に人間に敵対している存在である。
現在は、五匹の木獣を生み出し、俺に襲い掛かって来ていた。
木獣の攻撃は障壁で止められるし強くは無かった。
だが厄介なのが、そこではないのは承知の通りである。
全身を砕いた後に、炎魔法で残らず消滅させてみる。
すると当然、瞬間で復活した。
際限が無い。まともに相手をするのは無駄と、生産元の本人を狙うが、木獣が身を挺して邪魔をしてくるのである。
それでも何回かは射線が通ったので、貫通力のあるアース・ブレットを撃ち込めた。
しかし巨大な像型の木獣が現れて、その身で受け止めてしまった。
木竜ほどではないにしても、あんなのと正面切ってやり合いたくは無い。
「でか物相手はなぁ。こんなとこで沢山出されたら逃げ場が無くなって、いやまて」
何故、そうしない? 大きさに限った話ではない。物量で圧し潰さないのは何故だ?
それどころか狼タイプの木獣が、いつのまにか、四匹に減っている。
同時に五匹以上は生み出せない?
ミルキィが相手している木竜もいるから六匹か。その数が限界と。
「同時使役数に制限があるようだな。どうなんだ?」
「しょり」
やっぱり会話は通じないようだ。
種族が代行者。つまりこいつは、何者かに人間を処理する役目を与えられて、行使する為だけに生み出された存在なのではないだろうか。
「一体誰だよ、こんな迷惑なもの創った奴は」
どうやって倒す。消耗戦は不利。場所も悪い。派手な攻撃が使えない。
「いっその事、このフロアごと吹き飛ばすか? 創力のゴリ押し攻撃」
最終手段に、そんな方法を考えた。しかし、心の奥底の何かが、警鐘を鳴らした。
それは駄目だと。
「嫌な予感とは違う、何だ? この取り返しの付かなくなる感覚は……従っておくか」
理由は分からないが、この感覚を信じて間違った事は無い。
どうやら、乱暴な手段は取らないで倒さねばならない様だ。
こんな感覚に陥るなんて、やっぱり創力と関係あるのか?
絶えず襲い掛かる木獣相手に攻撃を繰り返しながら、そんなことを思う。
戦っている最中でも考える余裕はあった。
穴を掘って埋めているかのような戦いだったからだ。
敵は倒せる。攻撃も防げる。だが一向に本丸へ攻撃が届かない。
爆風の大きな魔法や、範囲魔法での巻き込みを狙って攻撃をしているのだが、象さんが良い仕事をしなさるのだ。
「自立行動する無限再生の巨大な壁。どうするか」
幸い像型の木獣は守りに使われて近付いて来ない。故に相手にしなくて済んでいた。
少女の、代行者の戦い方はシンプルだ。
守りを固めて無限リソースの木獣を放つ。放置。
駒が無くなったら随時補充。
状況がどれだけ膠着しようが、お構いなし。行動にぶれは無い。
表情に、一切の焦りや苛立ちも無い。
感情なんてものは存在しないのだろう。
「与えられた能力で、指示された最適動作を繰り返す生体ロボット。って、ところかね」
遠距離戦は埒があかない。危険は承知で突っ込むか。
像型木獣の行動パターンは複雑ではない。身を躱すだけなら何とかなる。
こちらも遠距離戦しか見せていないし、初見ならウインド・ステアーで行ける気がする。
「後は代行者の肉体強度が、見た目通りである事を期待して。強引に距離を詰めて、後は流れでお願いするか!」
狼型をまとめて吹き飛ばして、代行者を狙って攻撃。
予想通り像型がそれを防ぐ。
そして、その巨体で代行者の視界が塞がれる。
と同時、久々のサバイバルナイフを片手に、俺は勢いよく飛び出した。
像型木獣が反応して襲い掛かるが、動きは遅い。
余裕で対応。
足元をスライディングで潜り抜けて、遂に代行者の少女へと肉薄する。
「許せ、とは言わん」
一瞬の躊躇いを抑え付け、その喉元に刃を潜らせる。
それは容易く白い肌を切り裂いた。
パックリと半分以上を断ち切って。人間なら致命傷の一撃。
「そういや人間じゃなかったな! おまけだ!」
巻き込まれない様に後退しながら、駄目押しでチェイン・ボムを叩き込む。
これで全身が消し飛んだ筈。
代行者まで不死身の存在だったら、もうお手上げだ。
その時は尻尾を巻いて逃げよう。
はたして結果は?
「……まじかよ」
「しょり」
最悪のものであった。
復活したのである。一瞬で。
「くそ、ふざけんな!? 出直すしかない!」
これはどうしようもない。
だから即時撤退を選んだが、それでも遅かった。
「まだレパートリーあったのかよ!?」
巨大な蛇が、その長い体で後ろを塞いでいた。
「しょり」
目の前には、不死身の代行者と像型木獣。
「しょり」
勝てない敵。死なない敵。逃げられない状況。
「しょり」
前門の象と後門の蛇。じりじりと逃がさぬように距離を詰めてくる。
「しょり」
前と後ろが死の形で狭まってくる。
どうする? そもそもこいつは何だ? こいつが創力を使っていたんじゃないのか?
使われたのは間違いないはずだ、そうか、誰かの代行でか。
「なるほどな……中継地点かよ」
別の存在が、代行者を通して創力を使っていた。
こいつも木獣と同じく、創られた存在でしかなかった、という事だ。
「けど、他の存在は感じないんだよな。創力の自動供給システムだけ組んでいる感じか」
封印されていた、このフロアには、もう俺達以外誰もいないし隠し部屋も無い。
こいつら全部、大昔に創られた仕組みの一つに過ぎない訳だ。
それが今分かった所でどうする? 必要なのは状況を打開する手段だ。
「しょり」
「おんなじ事ばっかで、うるせぇよ!」
石の弾丸を撃ち込むが、代行者は避けない。
木獣も守らない。
上半身が吹き飛んで無くなるが、直ぐに再生する。
守る必要が無いからだ。
「しょり」
「不死身の癖に、これまで像型に守らせていたのは、敵を誘い込むためか。俺はそれに、まんまと引っ掛かったわけだ……」
反省は後。逃げるのは、もう無理か。倒す方法に考えを絞る。
思考も、攻撃の手も止めない。
弾幕を張り、迫ってくるのを遅らせてはいるが、微々たる効果だ。気休めでしかない。
倒すのに必要な行為は? 創力の供給を断つ事だ。
だが創力の流れを断つ方法なんか知らない。
「しょり」
でも、それをしないと無限に創力で生み出されていく。
創られた存在か。創られた、創力で?
時間は無い。焦点を絞る。
一つのスキルが頭に浮かぶ。
追い詰められているから、縋っているだけじゃないのか?
でもまさか、いけるか?
違ったら間抜けに死ぬだけ。
何もしなければ、そのまま死ぬだけか。
ならば決まった。
俺は前へと駆ける。
代行者の元に。
像型の木獣が間に入るが、俺の切り札で正面勝負。
単純明快。創力百万を込めた力場パンチで吹き飛ばす。
この期に及んで出し惜しみはしない。
「退けっ!」
拳が触れた瞬間、大気が歪み、円形状に空間が歪む。
暴風と共に空気の爆ぜる音。
一切の抵抗許さず。
像型木獣は粉微塵になった。
それが復活するより早く最短距離。
粉塵の中を突き抜けて辿り着く。
代行者の眼前へ。
何をしても無駄だと確信しているのか、全く動かない。
今度は、その喉元を素手で掴む。
「……」
期せずして見つめ合う形。変わらずの無表情。
結局こいつからは、何も伝わってこなかった。
そしてスキルを発動する。
「一か八かの【創成分解】だ!」
戦いで使う事は無いと認識していたスキルである。
効果は創成物を創力に分解して、回収するというものだ。
しかも、直接創力で生み出されたものに限る、という制約がある。
俺が創り出したものだけしか、作用しないと考えていた。
他人が創ったものでは試した事が無かった。
機会が無かったので試せなかった。
その機会が今、目の前にある。
直接創力で生み出されたもの、この部分に賭けた。
スキルが発動して生まれる静かな時。
「……」
ここにいるのは俺一人。
賭けに勝ったのである。
俺に分解吸収されて、全ての木獣が消えたのであった。
代行者の少女も。
「ふうー」
何とか死地を脱出できたようである。
大きな被弾は無かったが、流石に精神的な消耗が激しかった。休憩したい。
俺はその場に腰を下ろした。
そして消えた代行者、最後の表情を思い出す。
「見間違い、だったのか?」
消滅の時、代行者の少女は、微笑んでいたように見えた。
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