第四十三話 踏み付けられる者
大掃除もそろそろ終わり。一番酷い汚れは落とした。
何故か逃げない残りのゴミ。
失敗の報告に戻るとか、しそうなものだが?
事情は分からないが、今の内に後腐れなく全員処理でもするか。
「直ぐに主の元に送ってやるよ」
広域殲滅魔法で纏めて殺す。
行動に移す直前、マップに新たな反応があった。
光点が一つ、こちらに向かってきたのだ。
なんちゅう速さだ。光の点ではなく線になっていたぞ。
そして目の前。軽い着地音。俺のよく知る人物が、空から降りてきた。
「無事か!? サトル殿!」
それは銀髪の女騎士。ミルキィ=ローデリオだった。
何時の間にやら、空を蓋していた魔道具も、切り裂かれて落ちていく。
今更ねぇ? ……もう少し早く来て、そうしてくれたら、助かったんですけどね?
敵の増援ではないだけマシか。
「監視から連絡を受けて……急いで戻ってきたのだが……」
「何時も何時も遅い登場ですね。ミルキィさん」
満面の笑みを向けてやる。
強い味方の筈なんだけど、絶妙に役に立たないな。こいつは。
「お、おお、怒ってる?」
「おやおや失礼ですね。この笑顔を見て、何故そう思うのですか?」
「ひぃぃ、絶対怒ってる! それは何かを通り越した者の笑顔だ! しかも他人行儀な敬語だし、めちゃくちゃ怒ってるだろ!」
「怒ってないと言ってるではないですか。それとも、心当たりがおありで?」
「う」
無いとは言えないよな。
「あれだけ、あれだけ、あれだけ迷惑掛けて、更にこちらの手を煩わせる。そーんな騎士団があるそうですが、それとは無関係ですかね?」
「ううう」
指摘してやると涙目でプルプルしている。
「おい、何か言う事はあるか?」
「もうしわけ、ない……です。これ以上は迷惑を掛けないよう努力致します」
彼女も組織の中で頑張っているのは、理解しているんだけどね。
「お前だけが努力してもな。まあいい。元々、国にも騎士団にも期待はしてない」
「それは……」
身を置く場所を、侮辱されても言い返せないで、悲しく項垂れる。
「で、結局、お前は何しに来たの?」
「助けに……」
「今、必要に見える?」
「見えない、です……」
「お前、戦い以外で何が出来るの?」
「……にゅ」
駄目だ。ポンコツ成分しか残っていない。
彼女個人に非は無い。分かってはいるんだ。
「はあ、戦後処理手伝ってくれ。それぐらいは出来るだろ」
「!? わ、分かった。任せてくれ!」
少し可哀そうになってきた。仕事を与えて許してやる。
「それじゃ、こいつら殺すから、逃がさないようにしてくれ」
暗殺者五人を指してお願いする。ミルキィなら余裕だろう。
流石に始末は俺がする。彼女の手を汚させる事も無い。
「そ、それは、ちょ、ちょっと、まってくれ! サトル殿!」
「さっそく仕事の邪魔か? ん?」
こいつさぁ。
俺は呆れた目を向ける。
「ち、違う! 意見、そう意見だ! 取り敢えず聞いてくれ!」
「つまんない内容だったら、結構凄いお仕置きするからな」
「だ、大丈夫、のはずだ…………おしおき……ゴクリ」
頬を赤らめて目を潤ませるミルキィ。
なーんで、ちょっと期待している風なんですかね?
ほんと、所々で拗らせてるというか、あれな歪みが見えるなー。
「で?」
「そ、その者らは、れっきとした国の諜報組織の一員なんだ。決して犯罪組織の一味などではない。だから、ちょっと命を奪うのは待って欲しい」
公務員仲間みたいなものか。この表現があってるか微妙だが。
「それに、命を狙われたんですが?」
しかも計画的犯行だぞ。
「怒りは当然だ。生殺与奪の権利も有ると思う。けれども、頼む!」
国を同じくするだけで、ほとんど無関係だろうに、そんな者達の為に頭を下げてくる。
損な性格だな本当に。
「あのカルドを主とかいってたぞ? ハイドラント家の紐付きじゃないのか?」
「そこと契約していただけの話だ。彼らは踏草と呼ばれる存在で、仕事を任されたら命を懸けて任務に当たるんだ」
踏まれる、草ね。
番号付きの名前といい、どこから調達して、どう育てたのか想像は付く。
「カルドに心酔はしていないと? そうなのか?」
本人に――消沈している暗殺者の男に聞いてみる。
「……高貴なる方々に命を捧げ仕えるは我らが使命です」
立場上、ハイともイイエとも言えんか。
漂わせるのは命懸けの、お仕事臭。
「迂遠な肯定と捉えて良いのかな?」
「……」
沈黙で答えるって奴か。
なんともブラックで無糖な職場だな。
「本来は、こんな個人的な闇討ちに、手を貸せない筈なんだ。カルドが相当に勝手で無茶な命令を押し通したんだろう」
「下っ端の人員みたいだしな。踏草」
「う、うむ、まあ、そうなんだけど」
立場が弱いと、無理やり犯罪に加担させられます。常識ですね。
人間、そんな立場に追い込まれたくはないものだ。
「仮に俺が見逃すとしてだ、仲間の仇討ちに来ないか? 既に三人ほどやったぞ」
「大丈夫だ。そのような気は起こさぬよう教育はなされている。組織の性質上、それを許していたらキリが無いのでな」
「ああ、人員が欠ける度に、仲間の復讐に走られたら堪らんもんな」
どうしようかな。落ち着いて考える。
彼らも、上の命令には逆らえない。気の進まぬ行為もする。そこに悪意は無い、か。
情報は、もう抜かれてるだろうし、隠滅する意味は無い。
無駄な殺生は控えるべきとは思う。無駄でなければ躊躇はしないが。
そういえば、こっちの世界で人殺しは初めてだった。
何とも思わない辺り、とっくの昔に、向こうの世界でぶっ壊れてたんだな。
いいさ。理不尽に殺されるよりマシだ。
「今のところ、国も組織も信用するに値しない結果しか、見せられていないんだが」
「その……」
やっぱり駄目かと顔を歪ませるミルキィ。その耳元に囁く。
「お前個人を信用する」
「そ、それでは!」
「貸し、何個になるのかな? 覚悟しておけよ?」
「わ、分かった……何でもする」
言質は取った。エロい事以外は何でもさせるぞ。
そして五人の暗殺者、もとい特殊諜報員達を見逃す事にした。
ミルキィの立場を弱くするために。
何かヤバい事をする破目になったら、彼女を加担させたいからね。
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