第四十話 暗殺者

 平穏は破られる。


 知ってた。

 森の奥深くを、俺は珍しく歩いている。

 空を飛べるのに何故か?

 目的の人物を、誘き寄せる為にである。

 ここ最近、遠くから監視されているのに気が付いた。

 目撃した訳でもなければ、達人的な気配で察した訳でもない。

 マップの索敵に引っ掛かったのである。その数は八つ。

 魔物ではない。人間を現す光点である。そして名前が表示されないという事は【生贄選定】をされてない者達。俺が目にした事のない人間だ。


「これまで出会った騎士は、全員登録しているからな。内部の騎士ではないな」

 最初は、冒険者とやらの可能性も、あるかなと思った。

 念の為、ラセリアに相談したところ、可能性は低いと言われた。

 現在、村が出している依頼は無い。ここに冒険者ギルドも無い。

 依頼は別にして、冒険者の狩場としても人気が無い。

 理由は首都から距離が遠く、素材の持ち帰りが不便だから。

 村での買い取り? 需要が無いから、する訳がない。

 そもそも金になる手頃な獲物が少ない。

 ヒドラ等の金になる大型種もいるが、逆に危険過ぎて割に合わない。

 故に、滅多に冒険者が寄り付かない場所。それが、トリエル村だ。

 そんなところで、隠れている者は、冒険者では無いだろうとの事だ。

「俺に熱い視線を向ける、見知らぬ他人ね。何の関係者なのかは、自ずと絞られるが……ほんと、どうしようもねぇな。リーディア国のお偉いさんは」

 ミルキィの願い通じず。道理が引っ込んだか。

 結果、割を食うのは俺。納得いかん。

 でも現実は迫ってくる。

 さっさと憂いを絶つしかない。だから、こうして誘っているのである。

「掛かった。というか、向こうさんも分かっていて、あえてか。うっわ、全然見えね。動きも凄い。専門職だな、これ」

 気付いている事に気づかれたか。露骨に距離が詰まった。

 思わず感心する動き。音も無く影も無く、滑るような動きで、光点は俺を完全包囲する。

 見事な隠形。かなりの距離まで近付いている筈。なのに今だ、マップ以外で、その姿を捉える事が出来ない。

 八つの光点は周囲を、付かず離れずで付いて来ていた。

 そこに新たな光点。九つ目が合流した。

 そいつの動きは他と比べると雑だ。

「こいつは名前が見えてるねぇ……」

 予想通り過ぎて驚きも無い。司法が存在する世界と聞いていたんですがね?

 いやまあ、俺の世界と似たようなもんか。

「こんな奴は手足切り詰めて、箱に仕舞っとけよと」

 小さく愚痴りつつ、勝手知ったる森の中を蛇行する。

 前に狩りの際、魔法で木々を払い、見晴らしの良くなった場所。

 周辺の地形を撫で回してみたが、伏兵の気配は無し。余計な魔物もいない。

 この辺でいいか。

 足を止める。

 光点も俺に合わせて同時に止まる。

 静寂。遠くに僅かな鳥の囀り。

 静かに戦闘態勢に入る。

「人気は無いぞ。いいんじゃないか?」

 聞こえるように。

 言い終えると同時。

 ピキンと左後ろ。小さな音。

 軽く首を向け確認。視界の端に小さな氷が散っていた。

 ピン・フィールドの特徴。

 俺の張った魔法障壁に反応した投擲物だ。ん、氷だけしか見えない? 針か。

「せっかちだな。挨拶くらいしてくれよ」

 早速、役に立つ新魔法。しかし出番が早過ぎる。

 先手に反応出来なかったのも不味い。

 内心、苦々しく思いながらも、余裕の表情を浮かべて挑発する。

 応えは無い。姿も現さない。

 音も無く次撃。二つ三つと死角から飛び道具で攻撃してくる。

 目に見えないものから、偶に大きめの刃物。様々。

 全て障壁で止めるが、向こうに動揺の気配は無い。

 効かない攻撃を繰り返す。満遍なく全方位から、リズム良く交互に。

 恐らくは毒付き。それを正確に撃ち込んでくる。

 物理攻撃ばかりで魔法の物は無い。

 光点のある方向へ、エア・ショットを連射。空気を固めた弾丸を、ばら撒く。

 だが、草木を叩く音のみ。

「ちっ! 当たらない、か」

 無言で、最も瞬発性の高い攻撃魔法を放つが、全てが容易く躱された。

「範囲攻撃は、巻き込めるか怪しい距離。絶妙な間合いで広がってんな」

 簡単に退避されそうだ。

 木々の向こうに潜んでいる者達は、徹底して距離を保ち姿を見せない。

 同じ攻撃を延々と繰り返す。

 様子見の攻撃にしては非効率的で長い。

「魔力の消耗を狙ってる? 木々の向こうから、一方的に削り殺すつもりか?」

 余裕で魔力は持つぞ、と、そんな事を考えた瞬間。

 バンッ、と、後ろから体を襲う衝撃。

 ピン・フィールドとウインド・コート。二つの守りが弾けたのだ。

「つあっ、なにっ!? ぐ、エア・ブレード!」

 爆ぜる風と氷の欠片が舞う中。

 体を捻って片眼で姿を確認。即行動。

 急に背後から現れたソレに向かって、横に広がる風の刃で反撃。

 黒い服に黒い仮面。手には黒い刃の小剣。

「――っっっがぁ!」

 至近距離。相手は風圧で体勢を崩していたのも影響してか、まともに命中。

 腹部を深く切り裂かれ、血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

 安心するのは早い。同じ格好の奴がもう一人いる。

 二人同時に攻撃して来たのだ。

 完璧な同時攻撃だったが故に、風の守りで運よく纏めて吹き飛ばしていた。

 そちらは既に体勢を立て直して離脱体制。

 動きが素早い。単発攻撃は当たる気がしない。

「逃がすか! プラズマ・レイジス! 周囲ごと薙ぎ払え!」

 ならば避ける場所を潰す。流石にこの距離なら逃れられまい。

 雷球から放たれた電撃の鞭が、そいつを捉えて焦がし尽くす。

 創力の獲得で二人を倒したのを確認。

 マップの光点に注意を払いながら、防御障壁を張り直す。

 電撃の残り香を背に、身構えるが追撃は無い。

 咄嗟過ぎて【生贄選定】で情報を見れなかった。

 仕方が無いか。それに、今大事なのはそれではない。

「どういう事だ? 急に傍に現れた……」

 手段がそれしかないので、視界端のマップで、常に敵の位置は確認していた。

 だというのに、いきなり近接攻撃を食らった。

 気が付いたら光点が二個、俺に重なっていたのだ。

 ミルキィみたいな超高速移動ではない。

 そんなやつらだったら、ペチペチ攻撃する必要はない。

 小細工抜きで袋叩きにすれば良いのだ。

「まるでワープしてきたかのように……」

 そのままか? これが転移術ってやつか? ラセリアが言うには、戦闘中、簡単に発動出来るような術ではなかった筈だが。

 固有スキルの線も、二人が使っていたから薄い。

 偶然同じというのもあるから、確実にとは言えないが、それなら転移術の打ち止め。憂いは減る。

 残る線は魔道具か?

「みんな使えて、みんな良い。可能性が一番高いな」

 だとしたら回数は? 不明。

 発動の際に時間が必要なのか? 俺の動きを縫い留めていたし、必要そう。

 連続で使えるのか? さっき走って逃げようとしたし、出来ないと見て良い。

 結論は、動いて場所を絞らせない。適当にでも攻撃して転移を阻害する。

「見えない相手にリソースの無駄遣いとか嫌なんだが、命には代えられん」

 ウインド・ステアーで飛ぶ。まずは制空権を取る。

「あぶね!?」

 それは出来なかった。

 舞い上がると同時に、空を覆う光のカーテンが邪魔したからである。

 慌てて停止して接触を避ける。

 空中で一回転。体勢を戻して地上に着地。

 恐らくだが、障壁越しでも触れたら不味い。そして人が通れる隙間も無い。

「これも魔道具か……くそが、こっちの対策されてんな」

 見れば、空に幾つもの金属の目玉が浮かんでいる。

 それらから放たれた光の膜が、空への侵入を許さない。

「壊せるか? バースト、っち、させる暇は与えてくれないか!」

 不本意だが再び地上戦。

 光点だけに注意を払い反応。今度は三人同時の転移攻撃。

 懲りずに背後、転移してきたと同時に、後ろ回し蹴りで一人は吹き飛ばす。

 残り二人の刃で、またも障壁が破られるが想定内。

 爆ぜる風の中、そいつらに向かってはエア・ブレード。

 一人には命中するが、その仲間を盾に、もう一人は回避。

 その際に初めて見せた人間らしさ。息を呑む困惑の気配を見せ、後ろに下がる。

 蹴り飛ばした方も既に立ち上がって、距離を取っている。

 魔法を喰らった奴も、まだ息はあるが、胴体が薄皮一枚で繋がっているだけ。放って置いて良い。

「おいおい、さっきのお仲間と、同じやられ方だぞ? それとも、障壁は全部剥がしたとでも思っていたのかな?」

 二人は無言。他の光点からの攻撃も止まっている。

 少しは動揺は与えられたか?

 普通の魔術師は、こんなに素早く、ポンポン何重にも防御障壁は張れない。

 って、ラセリアさんが言ってました。なら本当だろう。

 色々と俺の手札を調べたみたいだが、創力による術行使の速さとコストパフォーマンスまでは、調べられなかったと見える。

 遠距離からの攻撃で触診。死角からの転移攻撃。逃げ場を封じて、修正を加えた同時攻撃。

 これで、大抵の魔術師を殺せていたのだろうな。

 そもそも魔術師なんてものは、単体で接近戦するような職業ではない。

 魔法が発動する前。初手を許せば、そのまま追い詰められて終わる。

 知能の低い魔物相手なら、そうなっても状況を誤魔化せるが、高度な戦術を取る専門家相手では、俺も例外ではない。

 実際、大したものだ。翻弄されていると言って良い。

 それでも最後の刃は、俺まで届かない事が判明した。

 威力は英雄ならぬ人間の範囲内。大型の魔物とは違って障壁を貫通はしてこない。

 剥がれた瞬間、連続で障壁を張りまくるで問題ない。

 向こうは、他に有効な手が無いのか膠着状態。

 今の内に、目の前の黒ずくめを【生贄選定】で見る。


 人間:コルグ=62番(レベル33)

 人間:ケムル=85番(レベル29)


 闇を感じる、お名前ですこと。

 正直レベルは高くない。しかし暗殺者の技術は見せて貰った通り。レベルが強さの全てでは無いという好例か。決して侮ってよい存在ではない。

 計算違いで動揺している内に、もっと掻き混ぜておくか。

「小出しにしても各個撃破されるだけだぞ。隠れている四人も加わったらどうだ? 一人は本職じゃないから、足手まといかもしれんが」

 数を言い当ててやる。そして。

「な? 犯罪者のカルドさんよ」

 馬鹿が反応してくれるのを期待する。

「――何故!? 貴様いつから、いつから気付いて!?」

 激昂して姿を現したのは、本来は豚箱に入っていないといけない人物だった。


 そう。九つ目の点がこいつね。

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