第三十八話 異世界職質

 ミルキィの側近の一人。金髪の女騎士に声を掛けられた。


「少々、お時間を宜しいでしょうか?」

 勿論、話し合いが終わってからのプライベートな時間にだ。

 基本的に許しがない限りは、ミルキィに同席する騎士達は勝手に口を開かない。

 交わしたのは自己紹介や必要伝達事項のみ。

 これまで、彼らと話をする機会は無かった。


 人間:アンゼリカ=ヴァーンスタイン(レベル82)


 真っ当に強いエリート騎士。

 きつい顔の美人。いや、それは今の表情を見てか。

 普段は生真面目だが、もっと柔らかい表情だった気がする。

 修練を積んでいる高位の騎士。所謂、この世界の職業軍人。

 どのような技能を持っているのかは不明。

 ラセリアに能力覗いてもらえば良かったか? いや、正統性がなければマナー違反だった。

 あと、その手の防衛手段は完備してるだろうし、もし国仕え相手に事がバレたら宜しくない。

 現情報で力を判断するしかないな。

 白兵戦闘能力は、現在の俺を超えていると見た方が良い相手かな?

 今は完全に女騎士アンゼリカの間合い。

 おーおー、怖いねぇ……。

 わざわざ俺が一人の時を狙って接触してくる。一体、何の用なのか?

 こんな村の中で、無体な真似をするとは思えないが。

「確かアンゼリカさん、だったかな? 二人きりでか?」

「ええ。その方が、お互い都合が宜しいかと。如何でしょうか?」

「内容によるな」

 雰囲気からも愉快な内容を期待できない。

「大した事ではありません。貴方の身元についてです」

 単刀直入だね。

「ほう?」

「正統種の竜を討伐する程の力を持った魔術師。これまで全く名を聞かぬ存在。気になるのは当然でしょう?」

 俺のポカが早速、祟ってきたな。

「好奇心旺盛な事で。それでお前らが困るわけでもなし、細かい事気にするなよ」

「ローデリオ隊長は気にしていないようですが、普通は気にしますよ。常識的にも、そのような存在を放置しておけません」

 常識人は嫌いではないよ。それを押し付けてこなければね。

「そうか。まあ、自由だ。勝手に気にしていろ、としか言えないな」

「失礼ですが、貴方の事を調べさせて頂きました」

 この世界にも住民基本台帳みたいな物はある。

 偉い騎士様ならば、当然それ以外の伝手も色々とあるだろう。それで俺の身元を探ったようである。

「くく。それで? 何か分かったか?」

 結果は想像がつく。笑いながら聞き返す。

「何も。全く何も分からないという事が分かりました」

 真実を知っているのは、ミゲルさんとラセリのみ。

 その二人が俺の秘密を洩らすわけがない。

 村人から得られる情報は、何時の間にか居着いた、森で迷っていた男。

 推察出来たとして、他国の流民。

 それ以外では単純に、俺に関する情報は、この世界の何処にも存在しない。

「で、それを俺に言って何になる?」

「貴方は、何者ですか?」

 哲学かな?

「俺は俺だとしか答えられないが」

「敵ですか?」

 俺の目を見つめてズバリ聞いてくる。

 直球の質問とか不器用な人なのかな? いや、そんな単純な女には見えない。

 どこかの残念銀髪騎士団長でもあるまい。

 単純な頭の美女なんて、天然記念物並みにしか存在しない。

 となるとだ。

「何に対してのだ?」

「リーディア王国に対して、です」

 今のところ、この国に敵意は無い。心ではそう思いつつも素直には答えない。

「騎士様に対する言葉遣いが悪いしな。そう見えるか?」

「怪しい部分は多いですが……そうは見えません」

「だったら、それで納得してくれ。悪事を働いたのなら疑われても仕方が無いが、そうではないだろう?」

「はい。御無礼は承知しています。それでも立場上聞かなければなりません。貴方に疚しい所は無いと、神に誓えるのですね?」

 心に疚しい所のない。そんな人間いないよ。

「無宗教なんだ。すまんね」

「ならばハッキリと我々の敵では無いと、答えては頂けませんか?」

 敵では無い。敵では無い。敵では無い。と。ふむ。

「言葉が必要か? ……思い浮かべるだけでは不十分だったかな?」

「っ!?」

 確信を含ませてのカマかけに反応する。

 やはりそうか。魔眼持ちか。

「それは単純な嘘を見抜く的なものか?」

「……」

 沈黙が答え。

「心が覗けるなら、こんな問答は必要ないだろうしな。万能ではなさそうだ」

 冷めた目でアンゼリカを見詰める。

 疚しい所があるのは、お前だろうと。

「協力者への無断のスキル行使。お行儀の宜しい事で」

「それは……私は……」

 彼女は少し俯いて目線を逸らした。

「ミルキィも承知している行為なのか?」

「……あの方は関係ありません。私が勝手に動いただけです」

「その理屈が通じると思うか? お前が何と言おうと、責任はミルキィが負うぞ」

 組織に所属しておいて、個人が勝手にやりましたでは済まない。

「自分で言うのもなんだが、結構、お前らに貢献してるよな?」

「……はい」

 迷惑を掛けられた事はあっても逆は無いよな?

「そんな俺に許される行為だと思うか?」

「……誠に、申し訳ありませんでした」

 その場に片膝をついて深々と頭を下げ謝罪するアンゼリカ。

 今なら簡単に殺せるな。やらんけど。

「次は無い。ミルキィにも黙っておいてやるよ」

「はい……感謝します」

 貸しにしておいた方が得だろう。それに、何でこんな真似をしたのかも気になる。

 独断専行で、無用なリスクを負う行為。選ぶような人物には見えない。

「その代わりといっては何だが、今度はこちらから聞く。本当は何を危惧した?」

「だから、それは国の為に――」

「小賢しく動いた割に主語が大き過ぎる。つまりはそれが嘘。正直に言え」

 だから、そんな性質の女ではないだろ、お前は。

「恐ろしい人ですね。ふう、正直に言います。仲間達の安全の為にです」

「普通だな」

「そうですね。悪いですか?」

「悪くは無いが、無理に隠す意味も無い。するとこの場合は、もっと限定的な意味か」

「……」

 アンゼリカの周囲の人間。

 彼女の交友関係なんぞ、知らないから単純に考える。

「ミルキィは仲間というか上司。実力的にも心配するのは無用。消去法で同僚の側近達か」

「……何なのですか……貴方は」

 おや、正解か。しかし、あの三人とは、何もトラブルは無かった筈だが?

「彼らと俺の間に何かあったか? 何を心配しているのか分からない」

 聞いた方が早い。

「トマスと仲は良くないでしょう?」

「ああ、あの赤毛君ね。向こうが一方的に突っ掛かってくるだけで、俺は何とも思っていないが。え、そいつが心配なの?」

「あんなのでも、私の許嫁なので」

「うわー。趣味わっる」

「家同士が決めた事なので、私の趣味が悪いわけではありません」

「誰がどう見ても、ミルキィに懸想しているぞアレ。いいのか?」

「全く相手にされていません。絶対に叶わぬ想いです。問題ありません」

 断言されてるぞトマス君。

「そんな男の為に危険を冒して、こんな真似を?」

「そうですが何か?」

「馬鹿なの?」

「ええ、馬鹿ですよ!」

 おおう。逆切れ。

 冷静な女性に見えるのに、色恋は人を狂わせるね。

「……ああ、分かった。もういいわ」

「えっと?」

 なんかもう、どうでもでも良くなった。というか、他人のそれに関わりたくない。

「全部許す。二度とするな。お幸せに。以上」

「ありがとう、ございます?」

 急な俺の態度に、キョトンとした表情のアンゼリカ。

 こちらは余りの馬鹿馬鹿しさにウンザリである。

 疲れた表情を隠すことなく、その場から離れた。

「安心しろ。俺は敵じゃない。お前らが敵に回らなければな」


 彼女の欲しかった言葉を付け加えて。

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