第三十四話 緑渦の聖殿・最終地点?

 灰色で円柱状の塔である。


 天井がある地下に建っているものなので、そんなに高い塔ではない。

 三階建てくらいの造りである。

 正面には人間用の扉があるので、オーガの住処などではなさそうだ。

 早速調査を開始。塔の周りをぐるっと一週してみる。

 窓や通気口らしきものは存在しない。中へと通ずる入り口は正面の扉が一つと判明した。


「魔物除けの結界以外は何もないですね」

 専門家のお言葉である。そんなものがあるらしい。

 残念ながら俺には全く感じ取ることが出来ない。

 ラセリアとの役割分担ということで、気にする必要はないか?

 否、俺が現在自称している職業は魔法使いである。

 可能ならば、自身でも感じ取れるようにならないといけない。

 後で要修行だ。もとい【豊穣の理】に、たくさん願わなければ。

「魔物除けね。だから周囲にオーガが見当たらないのか。だとしたら、中を荒らされている可能性も低いな」

 マップ機能の透過能力で内部構造を探ってみる。

 登録してある敵性の反応無し。

 隠し扉や通路などの妙な仕掛けも無い。

「トラップハウスという線は薄そうだが」

「私もそう思います。予想では迷宮管理者の常駐場所とかではないでしょうか?」

「その辺りの予想が妥当かな」

 そして、その管理者も、ここをとっくの昔に去っているか、死んでいるかだろう。

 マップにも人間の反応はない。無人の塔である。

 奇をてらう必要はないので、堂々と正面扉から入ることにした。

 一応、ラセリアに、罠や防犯装置の有無を調べてもらうのは忘れないが。

「やはり魔物が侵入した形跡は見当たりませんね。鍵も解除しました。これで入れますよ」

「ありがとう。それじゃ俺が先頭で入るよ」

 手付かずの迷宮の中にある、手付かずの塔。

 目的の物か手掛かり、期待してもいいのかね?

 慎重に扉を開けて中へと入る。

「普通の生活空間って感じだな」

 テーブルに椅子、幾つかの食器棚にキッチンらしきもの。奥の方に上へと続く階段がある。

 二人でざっと調べてみたが、特に何もなかった。

「二階へ行くか。階段に変な仕掛けがないか見てくれ」

「分かりました。ん、大丈夫ですね。どうぞ」

 一階部分は早々に見切りをつけて、俺達は二階へと上がる。

「書斎……だった、場所かな? 本棚や机があるし」

「紙切れ一枚落ちていませんが、そのような感じですね」

 書物や資料は一切残っていなかった。流石にここを破棄するときに処分されたと思われる。

 隅々まで調べてみたが、この階でも特に収穫は無し。

 まだ上へと続く階段があったので、そちらに望みを託す。

「外から見た感じの高さだと、たぶん三階で終わりの筈。何かあるといいんだけどな」

「それでは確かめてみましょう。罠は――ありませんね」

「よし、行きますか」

 俺達は塔の最上階へと進む。

 そこは家具などは何も置いていない、だだっ広い空間であった。

 いや、広すぎる。

 明らかに外から見た大きさと、内部の広さが合っていなかった。五倍くらい面積が広い。

「……これは罠か?」

 俺がその異常な空間に踏み込むのを躊躇っていると、後ろから部屋を覗き込んだラセリアが、異常の正体を教えてくれた。

「空間魔法で拡張した部屋ですね。害のあるものではありませんので、安心して下さい」

 空間魔法の使い手である彼女の言。

「本当に大丈夫なのか?」

 信用できないわけではないのだが、つい確かめてしまう。

「ええ、貴族や資産家の家で使われているものと同じですね。永続的に効果を及ぼすものとなると、かなりの手間と費用が掛かるので、庶民の間では普及していませんけど」

「へー、ラセリアもこういう部屋を造れるのか?」

「空間を固定化できるくらいの、大量の魔力を込めておける触媒があれば、出来ますよ。昔ですが、頼まれて造ったこともあります」

「触媒?」

「色々とありますが、一般的に使われているのは、魔石や霊石と呼ばれる希少な鉱石類を特殊加工したものですね。部屋一つに施せるもので、大きな屋敷が一つ買えるくらいの値段になりますよ」

「そりゃあ普及しないわけだ」

 素直に大きな家を買った方が早い。

「あとは、これを利用した道具箱や袋がありますが、やはり値段が凄いですね」

 ああ、ゲームとかでよくある無限袋か。この世界にも存在するんだな。

「やっぱ屋敷一つ分の値段とかするのか?」

「持ち運び可能な小さな異空間収納アイテムを制作ともなると、かなりの技術が必要となります。制作に掛かる時間は拡張部屋の比ではありません。熟練の空間魔法使いでも、一つ造るのに掛かる時間は年単位。つまり簡単に量産できるものでもありません。なので、そちらの方は下手をすると拡張部屋の数十倍の値段が付きますね」

「うへぇ、誰が買うんだ、そんなもん」

「大体は冒険者とかですね。一流どころにとっては安い買い物です。高ランクの魔物から取れる素材や迷宮での獲得物、重量制限による取り逃しがなければ、その程度、すぐに稼いでしまえますから」

 俺が認識していた以上に、空間魔法使いの価値は高かったようだ。

 冒険者時代のラセリアが苦労するわけだ。

「はー、なるほどなー。ま、とにかく安全ならそれでいい。入ってみますか」

「ええ」

 そこは何一つ家具を置いていない部屋だった。だが、何一つ物がないわけでもなかった。

 部屋の中央には、とても目立つものが存在していたのである。

 石の床。複雑な模様。薄く光る魔方陣。

 その中央に突き刺さる、くすんだ色の直剣。

 見るからに怪しすぎる物が存在していた。

「あれ、何だと思う?」

「この手のは大抵、何かの術式維持なのですが……少し複雑な式ですね。ここはじっくり調べてみますので、少々お時間を下さい」

「了解した。じゃあ俺は、その間に他の場所を探索しておく」

「はい、すみませんが、よろしくお願いします」

 一番怪しいところは専門家に任せて、俺は部屋の壁を調べてみることにした。

 立方体の石材で組まれ、その上から漆喰と白い塗装で固められた壁。

 隠し扉など存在しないのは、外からの調査でも判明している。

 こんなところを調べても新たな発見がある確率は低い。

 十分に分かっている。しかし、他に調べるようなところがないのだから仕方がない。

 待っている時間が勿体ないし、何も無いのなら無いで、それも情報としての価値がある。

 マップの透過機能で壁内調査をしていく。

「隠し金庫みたいなのは無し。暗号みたいなものも多分無い」

 四面の壁と床と天井を見てみたが、予想通り収穫はなかったかに思えた。

「期待はしてなかったからいいけどね。んじゃ、ラセリアの方が終わるのを待っ、ん? 何だこの隙間は?」

 部屋の隅。下の方。五センチ四方の隙間が存在していた。

 勿論、壁の中にである。

 最後の最後に目を通した場所。目の端でのみ捉えていた箇所だった。

 急いで視線を戻して確認する。

「偶々出来た石の隙間の可能性もあるが、取り敢えず壁を削って見てみるか」

 ナイフで削ってみると、簡単に表面を刮げ落とすことが出来た。そして中には折り畳まれた紙切れと、ビー玉サイズの黒くて丸い石が入っていた。

 黒い石は光沢があり透き通っている。水晶玉か宝石と呼ぶべきものであった。

「当たりを引いたか……やれる事は面倒臭がらずにやっとくもんだね」

 呪いの類があるかもしれない。

 念のためにハンカチを取り出して布越しに掴み回収。

 一人の時なら兎も角、折角ラセリアがいる。

 触れるのは、調べてもらって安全を確認してからだ。

 丁度ラセリアも、魔方陣の調査が終わったようだ。

「何か分かったか?」

「はい、大体のことは。そちらはどうでしたか?」

「一応だが収穫はあった。ま、先にそっちのから教えてくれ」

 この部屋のメインは魔方陣だろうから、早めに状況を把握しておきたい。

「この魔方陣は、最初に予想した通り封印ですね。というか、この塔自体が大きな封印装置になっています。その心臓部に当たるのが、この魔方陣というわけです」

 この建物自体が重要物だったとは予想外だった。

 まさか、魔王が封じられているとかは、ないよな?

 乱射していた魔法の流れ弾が、この建物に当たらなくて良かった。

 塔を傷付けなかったのは運が良かっただけである。反省しなければ。

 今後、地形破壊をする時は気を付けて乱射しよう。方法は変えない。

「何を封じているのか、分かるか?」

「残念ながらそこまでは……。ただ、あまりよろしくない存在なのは確かですね。強大な力を持った精霊や神獣を封じる際に使われるような、強固な封印ですから。手の付けられなくなった、太古の魔物辺りが封じられているのではないでしょうか」

 封印されているものが、悪しき存在とは限らないのでは? とも思ったが、流石にそれは夢を見過ぎか。

 高い確率で、封じられているのは厄介物だろうな。

「魔方陣については分かったよ。で、あの剣は何なんだ?」

 あれが探し求めた召喚アイテムかと思ったのだが、ラセリアの反応を見る限りでは、違うみたいである。

「剣は封印を維持するための増幅装置みたいなものです。抜いたら封印が解かれますので、不用意に触らない方が良いでしょう」

 怖。やばいもん封じてる割に、解除が簡単すぎるだろ。

 剣先が少し床に刺さっているだけで、ちょっとした拍子に抜けそうな感じだし。

「こらまた、ゆっるい封印だな。もうちょっと戸締りをしっかりしろよな……」

「いえいえ、この迷宮自体が封印を守る為にあるようなものなのですから、決してゆるい封印ではありませんよ。事実、この年月まで封印は守られていますし」

 うーん、そう言われるとそうか。あまり迷宮攻略に苦労しなかったから温く思うだけで、実績はあるんだよな。

「どちらにせよ、封印されているものに用はない。無視していこう」

「そうですね。放置が一番よろしいかと。剣は中々の物だったので、捨て置くのは少し惜しい気もしますが」

「へー、ラセリアがそこまで言うなんて、かなりの名剣なんだな」

「神器ですね」

「……それって騎士団が探していた物じゃ?」

 ラセリアさんは稀に、サラッと重要な事を仰るから困る。

「どうなのでしょうか? 聞いていたものとは大分仕様が異なりますけど」

「結構あやふやな情報で動いてたっぽいからなぁ。で、どんなものなんだ?」

 少なくともリーディア国が望む召喚機能は無さそうだが。

「鑑定してみたのですが、この規模の封印を補強するのに選ばれただけあって、かなりの力を秘めていました。名前は『聖剣フェア・ルーン』所有者の全能力を約2.5倍上昇させる効果を持つ剣です」

「うわ、欲しい。剣が使えなくても、持ってるだけでメリットがあるじゃないか」

「そうなんですよね。滅多にない性能の武器なんですよね。どうします? 対処出来る自信があるのでしたら封印を解いてみますが?」

「……いや、そこまでして欲しくはない。俺の場合、時間を掛ければ能力値はどうとでも上げられるしな。物欲に負けて太古の化物と、命の取り合いをする気はないよ」

 敵の情報は無し。

 俺如きの能力を2.5倍しても、勝てる保証は全く無い。

 つまり剣は諦めるのが、お利口ということである。

「サトル様ならば、そう判断なさると思いました。では、封印は後から来る騎士団の方々に、お任せするとしましょう」

「ああ、それがいいな」

 危険物の処理は国の仕事だ。ミルキィ達にどうにかしてもらうとするか。

 俺達に迷惑を掛けないのであれば、剣も封印も自由にしてくれて構わない。

「こっちの方はそれで良いとして、俺が見つけたのはこれなんだが」

 そう言って俺は、例の紙と宝石を見せる。

「なんですか、これは?」

「壁の中に隠してあったものだ。念のために、安全な物かどうかを見てくれ」

「ええ。ん……直に触っても大丈夫な物のようですね。もっと詳しく調べたいので、手に取ってもよろしいですか?」

「はい、どうぞっと」

 彼女は一瞬で危険な物ではないと判断すると、まずは紙の方を手に取った。

「とある研究員が書いたものみたいですね。古代文字が使われていますが、何とか私でも読めます。ふむふむ、これは……なるほど」

「なんて書いてあるんだ?」

「封印についての簡単な経緯と……その宝石の事が書かれていました」

「ほう? まずは経緯とやらを教えてくれ」

「これを書いたのが、彼か彼女かは分かりませんが……その上司が、召喚実験で、手に負えない何かを喚びだしたようですね。なので迷宮の最下層、つまり、この場所にソレを封印したそうです。なお、喚びだした存在についての詳細は記されていません」

「書いた奴は気が利かないな。それともわざとか? 自分達が苦労して封印した分、不用意に封印を解いた奴は、苦しめとか思ってそうだな」

 自分達がいなくなった後は、どうなっても良いやとか思って、重要な情報を隠しているとかありそうである。

 そういう捻くれた部分がないと、こんな迷宮なんて造らない。という偏見。

「メモを記した者の人間性はさておき、それよりも重要なことが書いてありました」

「心当たりがあるとしたら、これのことか?」

 宝石を摘んでみせる。

「はい。どうやらその宝石が、私達の探していたものらしいですよ」

 ということは?

「これが……召喚アイテムなのか?」

 あっさり目的達成か?

「その一部、らしいですよ。バラして、色んな場所に隠したとあります。危険なものですが、処分するのは惜しかったようですね」

 その言葉で、これ単体では、役に立たないのは分かった。

「分解かよ。完全に壊されるよりましだが。はぁ、一体いくつに分けたのやら」

「そこまでは書かれていませんでした。他のパーツをどこに隠したのかさえも」

「だと思ったよ」

 やはり物事というのは、そう簡単にはいかないらしい。

 迷宮攻略は完了したが、なんとも遠い、道筋が拓かれたものである。


 村へと戻る準備をしながら、どう動くべきなのかを考えるのであった。

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