第三十三話 緑渦の聖殿・地下四階

 地下四階へと続く階段はとても長かった。


 これまでなら階段を下る途中で、下の階のマップが表示されていた。

 それが無かった。

 マップスキルの有効範囲外。

 百メートル以上の深さがあるということである。

 結局、体感的に二百メートルくらい下り終えて、そのフロアを目にすることになった。

 そこには広大な森が広がっていた。

 無論、転移して外に出たわけではない。

 石の天井全体が輝き、真昼のような明るさとなっている。

 広大な地下空間に、青々とした木々が生い茂っているのだ。


「中々の絶景だが……調べるのが面倒になりそうなフロアだな」

 どのくらいの敷地面積があるのかは分からないが、キロ単位なのは間違いない。

「隅々まで調べるとなると骨が折れそうですね」

 迷路や罠ではなく、単純な広さをもって、探索を困難にするフロアというわけだ。

 よくもまあ地下に、こんな空間を造り出したものである。

 樹海の中を探し回ってやっと見つけた迷宮の底。

 そこでまた大森林を探索とかうんざりする。

「ぱっと見、支えの柱もないのに、よく天井が落ちないもんだ。なんらかの魔法的な補強がされていて大丈夫ではあるんだろうが、上を見ると不安になるな。念のため衝撃の強い魔法とかは自重するべきか?」

「サトル様が使うくらいの魔法になると、気をつけておくべきかもしれませんね。あえて天井に向けて放ったりするのでなければ、大抵の攻撃魔法は大丈夫だとは思いますが」

「そうか。ま、念のために程々の威力でいくとするよ。生き埋めなんてごめんだしな。それじゃ時間も勿体ないし、探索を開始するか」

「はい」

 まず探索にあたり、飛んで上空から探るか、歩いて地上から森の中を探るか迷った。

 効率を考えるのなら上を飛んでいくべきなのだが、ここは高いとはいえ天井がある場所だ。

 そこに、どのような罠が仕掛けられているか分からない。

 罠が天井に設置できない理由はないのだから。

 例えば俺がこの迷宮の制作者だったのなら、絶対に何かを仕掛ける。

 それと楽をしようとする者には、厳しく接したくなるのが人情だ。地上のよりも危険な罠があっても全然おかしくない。

 故に俺達は、素直に下を進んで行くことにした。

「木々の密集度が凄いな。こっちはこっちで、前に進むにはパワープレイが必要か」

 長い年月、人間が踏み込まなかった場所である。

 当然、人間が通るような道なんて無い。

 俺は風の刃を放ち、邪魔な木々を切り飛ばす。

 そうやって道を作りながら、強引に真っ直ぐ進むことにした。

 さてさて、このフロアでは、どんな敵が出てくるのやら。

 なんてことを考えていたら、早速そいつが現れた。


 オーガ:個体名なし(レベル52)


 筋肉隆々で赤銅色の肌をした一本角の鬼である。

 体格はトロールにやや劣るが、人間よりも遙かに大きいのは変わらない。

 それに肥大した筋肉が付いていない分、俊敏さや器用さではトロールより上だろう。総合的な戦闘能力でも上だと予想される。

 手には無骨な形の石斧。切れ味は悪そうだ。それが良かろうが悪かろうが、食らうつもりはないのでどうでもいいことか。

「これまで出会った魔物の中では、一番人間っぽい外見だな。鬼、ね。ひょっとして意思の疎通が出来たりするのか? 大型の鬼種はコミュニケーションが可能なのが多いと、なんかの書物で見た覚えがあるんだが? 違ったっけラセリア?」

「はい、間違っていません。大鬼種は総じて知性が高いですからね。オーガでも人と対話する個体は確認されています。ただ、あのオーガがそうなのかは、なんとも……」

「そんなに個体差が激しいのか?」

「魔物は生息場所によって知性の幅が極端なのです。結局それを確認するには、直に接触してみるしかないでしょう」

「成る程ね。ふむ」

 普段ならば先手必勝で即攻撃するのだが、ここは少し考えてみる。

 現在の俺は創力に困っているわけではない。獲物は他にも沢山いるので、意思の疎通の出来る相手を無理して殺す必要もない。

 何より、少しでもスムーズに探索を進ませたい。

 戦闘を避けられるのなら、それに越したことはないということである。

 ならば知的生物同士の平和的な交渉を、目指してみる価値があるのではなかろうか?

「よし、ではさっそく対話を試み――――無理か」

「そのようですね」

 こちらに気付くなり、オーガは咆哮をあげながら襲いかかってきたのだ。

 鋭い牙が除く涎塗れの口を大きく広げて。

 血走った目。

 文字通り鬼の形相である。

 あんなのとは分かり合える気がしない。

「所詮は脳筋の化物。俺にとっては餌の一つに過ぎんということか。なら、死ね」

 かくも難しい異種間交流。

 別に無理してまで、仲良くしたいわけでもないから仕方がないね。

 弱肉の道を選んだのはあちら側だ。ということで遠慮はしない。

 俺に食われて糧となれ。

 創力も多くある分には困らないしな。

 ついでに道も切り開こう。横に広い風の刃を飛ばす。

 創力百で造られた高密度の風の刃は、オーガが持つ筋肉の鎧を容易く両断し、周囲の木々と一緒にその身を胴体から二分した。

 上半身だけになってもまだ息があったので、首を切り飛ばして、しっかりと止めも刺す。

 創力の獲得量は四万程度だった。実に美味しいです。良い餌になりそうだ。

「この感じなら、数がアホみたいに多くても問題なく倒せそうだな」

「数、多いのですか?」

「ゴブリン並みに滅茶苦茶いるな。ほらマップを見てみろ。オーガを示す光点が凄いだろ」

 彼女にも、その様子が見えるようしてやる。

「まあ、こんなに! その、大丈夫そうですか?」

 俺達の周辺を数百個の光点が埋め尽くしていた。どうやらこのフロアは、オーガパラダイスであるらしい。

 それを見て不安げな表情で尋ねてくるラセリアに、強がりでも何でもなく俺は軽く答えてやった。

「ああ問題ない。適当に蹴散らしていこう」

 事実そうなった。

 本来ならば、レベル50オーバーの魔物が大量に跋扈する樹海なんて、悪夢のような場所である。実際に、このフロアは物量で圧殺するのが狙いの構造なのだろう。

 しかし、シューティング・ゲーム・モードの俺にとっては、創力稼ぎの場所でしかなかった。

 空中からではなく地上からだが、感覚としては外での狩りと同じである。

 いつも通りの一方的な蹂躙。およそ戦闘と呼べるものではなかった。

 敵の姿を捉える必要もなく、歩きながらマップに写るオーガを示す光点に向かって、それが消えるまで弾を飛ばすだけである。

 森の中に罠は存在せず、石壁に囲まれた狭い通路でもない。脅威となる敵の種類もオーガだけだったので、複雑な対処に頭を悩ませることもない。

 ここは進むのが最も楽なフロアとさえいえた。

「収支は大分プラスだし殲滅力を上げて、もうちょい効率よく行くか」

 ということで創力を二百増やして風の刃を巨大化さる。

 オーガと森林が絶滅する速度を加速させた。

 それくらいの勢いで、ということである。

 いくら何でも本当に絶滅なんてさせる気はない。無駄だし手間だ。

 そんな感じで森と敵を削り取りながら進んでいく。

「はぁ……絶え間なく魔法を放ち続ける戦法。これは魔法戦の歴史において、ありそうでなかったものでしょうね。少なくともサトル様がやっているレベルでは」

 そんな俺の後ろを付いてきながら、呆れとも感心とも取れる溜息を一つ。歴史上初の戦法とか言うラセリア。

 え? これ、そんなに大それた戦法か?

「やってることは至極単純だぞ。英雄クラスの魔術師とか、魔力が多ければ似たようなこと出来るんじゃないのか?」

「弾切れしないどころか、敵を倒す度に弾数や威力が増えるとか、他の誰に真似が出来るのですか?」

「おお、そう言われるとなんか凄いな」

「もう。やっていることの異常性を自覚して下さい。実際に凄いのですから。敵が存在する限り力が補充される永久機関戦法。それは魔力の消費から逃れられぬ魔術師には、到底不可能な行いなのですよ?」

「そりゃそうか。持久戦で力を消耗させるどころか、逆に充実させる存在なんて、そうそういるわけないよな。本当に全くいない?」

 一応、代替方法がないか確認する。

 俺と同じ特殊なスキルが存在する、ということもある。

「上位アンデットが使う、ドレイン系の攻撃ならば、近いことが出来るかもしれません」

「人外の特殊能力か」

「ですが、あれらは、それ自体が攻撃なので防御手段があります。力の収集を阻止もできます。奪い取る力の質も限られています」

 何だかんだで対処出来るらしい。

「その点、創力は、その収集を阻止するのは不可能。というか、気付く事すら出来ないものです。その上で自由度が高い力。だから、この領域では存在しないと言っているわけです」

 だそうだ。改めて創力が凄いのは分かった。

「ま、他人や歴史なんてどうでもいいさ。俺は有効な手段があったら使っていくだけだ」

「はぁ、そうですか。まあ、サトル様はそれでよろしいかと。ですが人前で使う際には私が言った点には留意して下さいね。悪目立ちをしたくないのでしたら」

「分かった。気を付けておくよ。でも、今は気にするようなことでもないし、さっさと探索を進めようか」

「はい。今回は時間が限られていますからね」

 こうして俺達が進んだ結果、ここは、もの凄く見晴らしの良いフロアになるのであった。

 それが功を奏したのか、森の中に隠れていた石造りの塔を発見した。


 ぽつんと一軒家か。御在宅かな?

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