第三十二話 緑渦の聖殿・地下三階

 最強種族。倒すと決めたら、早々にプランが頭に浮かんだ。


 俺達はドラゴンのいる部屋の前まで戻ると、扉を固めていた石を取り除く。

 もう一度、そっと扉を開けて、直ぐに退却できるように身構えながら中を照らす。

 先程と変らぬ姿でドラゴンは鎮座していた。

 俺の存在に気付いたアース・ドラゴンが、こちらに目を向けてくる。

 だが、その場から動く気配はない。お陰でじっくり観察できた。


「部屋に足を踏み入れたら反応するのか、扉の外からでも攻撃したら反応するのか、どっちだと思う?」

「両方だと思います。ガーディアンは勝手に動き回ることがないように、条件付けとかされていることが多いですから」

 確かに、勝手にいなくなったり、何にでも反応して、周囲を破壊されたりしたら大変だ。

「ラセリア、こいつの能力をチェックして、気になるスキルがあったら教えてくれ」

「地属性の魔法を無効化にするスキルと、石化ブレスが注意ですね。あとは能力値が軒並み三千を超えています。特に物理に関しては生半可な攻撃は通らないと思います」

 強力ではあるが特質すべきスキルは少ない。純粋に硬くて強いわけか。

 まともにやり合ったら、傷一つ負わせることも出来ず終わるだろう能力差である。

「なるほどね。じゃあ、あれを使うか」

 だけどまあ、まともにやり合う気はないので、何の問題もない。

「ライフ・ブレイカー。直剣形態」

 黒い水晶の剣が、俺を囲む形で五本出現する。

 これは闇属性の力を剣状に凝固させたものだ。

 形状は気分で変えられるが、あまり意味は無い。刃物として機能はしていないからだ。

 性能も、接触により対象の生命力を奪い続けるという、とてもシンプルなものである。

 必要創力は一本につき五万。お高い。

 これだけ創力を注ぎ込んで持続時間は十分足らず。

 燃費が悪くて気軽には使えない魔法である。だが、今回はこれが一番効率が良い筈だった。

「ラセリア。念のために遠くまで離れていてくれ。俺の目の届く範囲でな」

「分かりました」

 彼女が、ある程度の距離まで下がったのを確かめてから、俺は行動を開始する。

 やることは単純だ。

 攻撃して扉を塞いで逃げる。

 それだけだ。

「ライフ・ブレイカー。全弾発射」

 俺は扉の隙間からアース・ドラゴンを狙って闇の剣を全て放つ。

 避ける暇がなかったのか、避ける気がなかったのか、どちらかは分からない。俺の正面からの攻撃に対して、相手は動かなかった。

 防御動作も取らなかったところを見ると、ひょっとしたら、自分の肉体に絶対の自信があったのかもしれない。

 だとしたら歓迎すべき強者の奢りである。弱者にとって都合が良いのだから。

 結果として、五本全ての剣がアース・ドラゴンの胴体部に突き刺さった。

 懸念点であった、ドラゴンの魔力抵抗も突破したようである。

「ギャォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!?」

 ドラゴンの口から飛び出す凄まじい悲鳴。

 その苦しげな声を聞いて、俺の魔法が絶大な効果を与えている事を確信した。

 五本の闇の剣が、かなりの勢いで生命力を奪っているのだと。

 命の枯渇に苦しみ悶えながら、アース・ドラゴンは爪や顎で、剣を引き抜こうとする。

 だが、触れることは出来ない。爪や顎は剣を通り抜けていく。

 実は、闇の剣には実体がなく、物理的接触での除去は不可能なのだ。

 なので刃が深く突き刺さっているように見えるが、ドラゴンの肉体には一切のダメージを与えてはいない。

 逆に言えば、この魔法の前では、肉体の頑強さなど意味をなさないのである。

 刺さった剣を、破壊もしくは引き抜くには、剣の力を超える魔力が必要となる。

 欠点は刺す前だと、魔力干渉で容易く壊れる。弾速が遅い。と、割と多い。

 相手の生命力とリンクして初めて完成する魔法だ。

 さて、一本につき五十万の魔力が込められた闇の剣。ドラゴン様は全部引き抜けるかな?

 ラセリアからの情報によると、このアース・ドラゴンの魔力量は七万ちょいだそうである。

 是非、奇跡を信じて頑張ってもらいたいものだ。

「それじゃ、こっちに意識が向く前に、扉を塞いでしまおうか」

 アース・ドラゴンが、その身に刺さった剣と格闘している間に、俺は扉を閉じて再び石で固める。そしてラセリアを連れて遠くへと避難。

 安全圏で簡易情報とマップを開いて、アース・ドラゴンの位置と状態をチェックする。

 後は、生命力がゼロになるのを待つだけだ。

 そして、その時はやってきた。

 光点と簡易情報が消え、満たされる感覚。

 密室で一匹寂しくアース・ドラゴンは死んだということである。

 対戦ありがとうございました。いやー強敵でしたね。

「うん、終わった」

「……驚くほど簡単に倒しましたね。サトル様の真に凄いところは、力ではなく戦い方。今回のことで十分に理解しました。お見事です」

「ただのチキン戦法だけどな。にしても……獲得した創力は三百万オーバーか。流石は正統種のドラゴンといったところだな。余裕を持ってスキルを上げられる。これが竜殺しの報酬か」

 今回は幸運が重なって簡単に倒せただけである。

 忘れてはいけない。だから、この報酬が危険に見あった量なのかは分からない。

 早速、創力を百二十八万使って【耐性強創:L5】にする。


[レベル]150

[名前] 久世覚(サトル=クゼ)

[種族] 人間

[性別] 男

[年齢] 20

[職業] 魔術師


[生命力]5301/1610 [×3.5]=5635

[魔力] 5/5

[創力] 1772105


[筋力] 165 [×3.5]=577

[耐久力]160 [×3.5]=560

[精神力]164 [×3.5]=574

[抵抗力]156 [×3.5]=546

[俊敏] 162 [×3.5]=567

[器用度]159 [×3.5]=556


[技能] 【共通語】【可視化】

[固有技能]【豊穣の理】【生贄選定】【創力進化】【開拓の標:L5】【創力変換】

      【円形祭壇】【記憶の創成】【身体強創:L5】【耐性強創:L5】


 五百十二万まで創力を貯めて、スキルレベル6を目指すのも考えたが、優先するのは不慮の事故防止。上げられる時に、上げられる能力は上げておく。

「竜殺しですか。討伐した竜の素材を冒険者ギルドに提出すれば、堂々とドラゴンスレイヤーを名乗れますよ?」

「興味ないな」

 何々を倒したという称号なんて、他人に情報を与えるだけだ。

 名を売る事によるメリットを軽視するつもりはないが、身分や環境など足場を固めていない状態でやるものではない。

 そんなのでやってくるのは、メリットを上回る厄介事だけである。

 だったら称号なんていらない。少なくとも今は邪魔にしかならん。

「そんなことより早く部屋を確認しに行こう。一体何を守っていたのか気になる」

「ええ、目的のものだと良いのですが……」

 ドラゴンのいる部屋の前まで行くと、扉を固めた石を取り除く。

 行ったり来たり、扉を固めたり開放したりと忙しいが、ドラゴンを相手にするリスクを考えれば、この程度の労力なんて大した事ではない。

 部屋の中に入ると、そこには倒れ伏したアース・ドラゴンがいた。

 ピクリとも動かない。念のために生贄選定してみるが、簡易情報も表示されない。

 完全に死んでいた。安心して部屋の中を調べられる。

 死体の背後には、大きな宝箱が置かれていた。

 精緻な彫刻の施された金属製の立派な宝箱である。

 ドラゴンが、これを守っていたのは間違いない。

「ラセリア。罠を調べてくれ」

「はい。んー……大丈夫ですね。何の仕掛けもありません。鍵もですね」

 うーん。セキュリティはドラゴン全振りか。もしくは……。

「分かった。それじゃ開くぞ」

 重い蓋を両手で押し上げて、期待はせず、宝箱の中に入っている物を確認する。

「あら、綺麗」

 特に感激した風でもなく、ラセリアが棒読み口調で感想を漏らす。

 中には金銀財宝が箱一杯に詰まっていたのである。

 一財産を当てるというのが目的ならば、大当たりであった。

 あくまで金銭目的なら。

 さっそくラセリアに物品を鑑定してもらう。

 結果、魔法のアイテムは、何一つ入っていない事が判明した。

 ドラゴンが守っていたのは、金目の物だけだったのである。

 予想した通り、これ見よがしの囮の宝。俺的にはハズレだった。

「何の捻りもない財宝か。うーん、嬉しくないわけじゃないんだが、村で金を使わない生活してるからなぁ、嬉しさ半減なんだよなー」

「確かに。私達も別に、清貧な生活を送っている訳ではないのですけどね。ですが、まあ、あって困る物でもありません。将来何らかの役に立つこともあるでしょうし、全て回収しておきますね」

「ああ、頼む」

 村の蓄えとして、村長のミゲルさんに渡すのもありだろうしな。

 ここは、ありがたく財宝を頂戴していこう。

「では――空間収納」

 ラセリアは、とある魔法を発動した。

 そして彼女が手を翳した物品が、音も立てずに消えていく。

 消滅したわけではない。彼女の創った別空間へと送られているのである。

 空間魔法。この世界でも、使い手の少ない魔法だ。

 昔、冒険者だったというラセリア。その時の冒険者ランクは二級である。

 冒険者の最低ランクは十級。そこから実績を積めば、数字は減りランクは上がっていく。

 最上位は一級、の上にある特級。ラセリアは、その二つ下である。

 つまり、二級とは一流の冒険者に与えられるものなのだ。

 戦闘力は皆無の彼女が、冒険者として、そのように高い位置にいる大きな理由。それが、この空間魔法を使えるという点にある。

 その中でも、彼女が得意とするのが空間収納魔法。

 異なる空間に、大量の道具や食料等を仕舞うことの出来る魔法だ。

 内部の時間、というか原子だか分子の動き? は緩やかで、腐りやすい生物や壊れやすい荷物も、安全に保存しておけるという究極の保管庫である。

 但し、何でも仕舞えるというわけではない。容量より大きな物や、生命活動が停止していない生物等は、精神抵抗されて入れる事は出来ないそうだ。

 維持するのにも魔力を使うそうなので、長期間の収納も不可能。

 容量は術者の技量で変わる。一般的には荷馬車一台分くらいの容量だとか。

 かなりの積載量だ。冒険者が喉から手が出るほど欲しがる能力というのも頷ける。

 冒険者にとって、荷物の取捨選択は常について回る問題だからだ。

 人一人が持てる荷物の量なんて、たかが知れている。

 食料に仕事道具。倒した魔物の素材に旅先での獲得品。

 それらの量を減らしたり、持って帰るのを諦めたりは日常茶飯事なのである。

 しかし、異空間収納の使い手がパーティーに一人いるだけで、それらの問題が全て解決するのだ。旅の労力は軽減され、獲得品も全て回収することが出来るので、収入も増える。

 以上の理由から、異空間収納の使い手は、冒険者達の間で引く手数多の存在だ。

 因みにラセリアの空間収納は、荷馬車十台分くらいの容量である。

 一般術師の十人分だ。これだけでも凄いのに、それに加えて【九源の瞳】による強力な後方支援能力。周囲が放っておくはずがない。

 常に複数のパーティーから、お誘いが掛かっていたそうである。

 様々な高ランクパーティーからも重宝されて、必然的に高ランクのクエストに同行することになり、ランクも凄い勢いで上がっていったそうだ。

 そんなラセリアだが、実はソロで登録している冒険者である。

 悪意が見える故に、誰も心から信用できず、正式にどこかとパーティーを組む事はなかったそうだ。

 そのせいでラセリアへの勧誘が、激化の一途を辿っていったのだという。

 ままならないものである。

 最後には、自分のパーティーに引き入れようと、非合法な手段を取る者まで現れた。

 結果、冒険者生活が嫌になって村に帰ってきたそうだ。

 そうして現在に至るわけである。

 つまりラセリアは、別に冒険そのものが嫌いになったわけではない。

 だから今も、俺と一緒にダンジョン探索を、楽しんでいるわけである。

 そんな彼女に、俺はドラゴンの死体を指さして聞く。

「これも入るか?」

 正統種の竜に無駄な部分はない。頭の天辺から尻尾の先まで貴重な素材である。できることならば丸ごと回収しておきたい。

「多分大丈夫だと思います」

「じゃ、頼む」

「分かりました。えいっと。ふぅ、何とか入りましたね」

 彼女の可愛らしい掛け声と共に、ドラゴンの巨体が一瞬で消えた。

 本当に便利である。ふむ、自分も暇を見て、似たような術が創れないか研究してみるか?

 イメージが難しそうではあるが。異なる空間を具体的に認識?

「では、いきましょうか」

「ああ、余計な時間を食ったし、少し急ぐぞ」


 俺達は地下四階へと下りていくのであった。

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