第三十一話 最強種
緑渦の聖殿を発見して三日目。
ミルキィ達の邪魔が入らない最後の日でもある。
彼女達が行動を開始するようになったら、聖殿の場所を教えてやろうと思っていた。
隠しておくことも考えたのだが、ミルキィには広域の気配察知能力らしきものがある。万が一にも、俺の位置を探り当てられて、そこから聖殿のことがばれたらまずい。
ミルキィには気が向いたら教えると強気に言ったが、そのスタンスが国家上層部の連中に通じるわけがないからだ。
だったら早めに情報提供をして、国とミルキィに恩を売っておく方が良いだろう。
まだ本当に存在するかも分かっていない召喚アイテムのために、国に喧嘩を売るような行動は取るつもりはない。
一番大事なのは命。次に帰還の方法。優先順位を間違えてはいけないのである。
なんにせよ、今日の内に調べられるだけ調べてしまいたい。
体調は万全。
まだ辺りは薄暗く、朝日が昇る前の時間帯。
少し肌寒いが凍えるほどではない空気の中、俺はラセリアと共に、緑渦の聖殿へと向かうのであった。
彼女を抱え、ウインド・ステアーで約一時間の空の旅。無事聖殿に到着する。
周りに人の気配はない。まだ俺達以外には発見されていないようだ。
知らぬ間に尾行されたりしていた、という可能性も考えていたので、それが杞憂に終わりホッと一息つく。
そして俺達は聖殿の中に入る。そして一時間弱。
昨日引き替えした地点である、地下三階への階段前に到着した。
ゆっくりと辺りの様子を窺いながら階段を降りていく。
レーダーを確認すると、ゴーレムを示す光点だけが表示された。
地下二階にいた虫はいないということである。
「虫が全くいないのか、それとも違う種類の虫がいるのか……」
「個人的には前者であることを願いますが、地下二階の時同様、小さな隙間や天井にも気を付けて参りましょう」
「そうだな」
この階は単純な構造になっていた。
大きく真っ直ぐな一本道。その両側に幾つもの部屋があるという形である。
部屋の数は全部で十。罠を解除しながら一つずつ探索していく。
何も見付からない。敵も一本道を塞ぐゴーレムだけ。
あっという間に九部屋を調べ終わった。発見したのは罠だけである。
残るは一部屋。マップで見る限り最も大きな部屋だ。
そこは、分厚くて巨大な鉄の扉で塞がれていた。
鍵は掛かっておらず、俺の筋力でも開けることが出来た。
中に何がいるのか分からないのだから、いきなり全部は開かない。
ほんの少しだけ扉を開き、隙間から、そっと中の様子を伺う。
明かりとなるものは一切ない。なので、部屋の奥の方は暗くて見えなかった。
しかし生臭い臭いに、グルルという低い唸り声。何か生き物がいるのは分かった。
気配を感じた瞬間に、俺はここからどう動くべきかを考える。
隙間から漏れる光で、その生物がこちらに気付いた可能性は高い。
視界を確保し、相手の位置を確かめて、先手必勝の攻撃魔法を撃ち込むか?
だが、もし俺の手に負えない相手だったらどうする?
その場合は無用なリスクを背負うことになる。
安全第一で行くのなら、扉を閉めて土魔法で塞いでしまうのも手だ。
けれどもその場合は、未探索エリアが生まれる。そこに目的の物があったら目も当てられない。どうするべきだろうか?
いや、こうやってまごついているのが一番まずい。
襲われてから対処を考える羽目になったら最悪だ。
確実に相手を刺激することになるが、視界を確保してから攻めるか引くかを決めよう。
俺は開き直ってライト・ボールで中を照らした。
「――っ!?」
そこには巨大な蜥蜴がいた。
濃い緑色の鱗に覆われた、二十メートルはあろうかという巨体。
背中には蝙蝠のような羽。燃えるように真っ赤な縦長の瞳孔。上顎の両側からは、俺の身体ほどの大きさがある鋭利な牙が飛び出ている。
圧倒的な存在感。遠くから見ただけでも分かる生物としての格の違い。
簡易情報で確かめる前に理解した。
絶対に強い。
アース・ドラゴン:個体名なし(レベル325)
部屋の奥にいたのは、この世界でも最強と名高い種族であった。
何の準備もなく、こんなのを相手にするわけがない。
急いでライト・ボールを消して扉を閉める。
「ラセリア、出来るだけ離れろ!」
そう言って彼女を避難させると、俺は魔法で土を大量に創り出して扉を埋める。
最後に土を圧縮して石化。分厚い石壁で入り口を塞いだ。
ドラゴンが外に出てこられないようにするためである。
「何がいたのですか!?」
「レベル325のアース・ドラゴンがいた!」
「な!? それは正統種の中位竜ですよ! 英雄クラスか、国の軍隊を動かして討伐するような存在です!」
「だろうな!」
正統種とは、純血の存在に付けられる呼称だ。それらは例外なく強大な力を持っている。
これが竜族ともなると、下位竜でも国が滅ぶことがあるそうだ。
そんなのに有象無象の冒険者が立ち向かったところで、餌にしかならないだろう。
因みに、そうでない種族は亜種と呼ばれる。リザードマンやヒドラなんかもそれだ。亜種の下位竜や中位竜となる。
「一体どうやって、ここまで入って来たのでしょうか!?」
確かにあの巨体が、こんな狭い通路を通れるとは思えない。
マップで確認しても別の入り口らしきものはない。
ということは、最初は小さかった竜が長い年月をかけて、あそこまで大きく成長したのか?
もしくは、何らかの手段で、あの部屋に呼び出されたのだろうか?
「って、そんな疑問は後だ! 一旦、安全な位置まで引くぞ!」
容易に外へと出られないように扉を固めはしたが、あの巨体である。体当たりとかで、破壊される可能性も十分にある。
その際、外に出せるのは首くらいだろうが、そこで火でも吐かれたら最悪である。
炎が充満する狭い通路なので、それを避けようがないからだ。
竜のブレスを、ぶっつけ本番で無効化できる自信はない。試す気もない。
なので俺達は後方に神経を傾けながら、来た道を全力で走って戻るのだった。
地下二階への階段前まで撤退。ここまで来れば大丈夫かなと、背後の様子を伺う。
「追い掛けては、きてませんね?」
「ふぅ……そのようだな」
全く気配は感じない。何かを破壊するような衝撃もなかった。
レーダーで位置を確認してみる。すると、アース・ドラゴンは全く動いていなかった。
「どういうことだ? 相手にされてないのか?」
「おそらく、このドラゴンはガーディアンではないでしょうか? 何か大事な物を守っているのだと思います」
だったら、このような場所にいるのも説明出来るとのことだった。
ゴーレムと同じで、迷宮を造った奴によって配置された存在だということである。
「財宝の番人ね。つまりこいつは、この部屋から出られないってことか……」
ならば安心だ。追い掛けられることもないし、無視して先に進むことも出来る。
しかし何を守っているのかが問題だった。召喚アイテムだとしたら無視出来ない。
余裕で倒せるくらいレベルを上げてから、後日討伐というのも難しい。
「ミルキィなら、このドラゴンを倒すことは……可能、だろうな」
人間と竜種では基礎能力に差がありすぎるので、単純にレベル差でミルキィの方が強いとは判断出来ない。しかし相対したときの底知れなさは、圧倒的に彼女の方が上だった。
俺の、この手の感は良く当たる。
つまり、ここで俺がドラゴンを放置していけば、高確率でドラゴンの守る宝は彼女の手に渡るということだ。彼女の所属するリーディア国の手に。
目的の物だったら、更に入手は困難になるわけである。
「どうしますか? サトル様のお力なら、倒せないこともないとは思いますが……」
「そこなんだよなぁ」
命の方が大事。ドラゴンが全く手に負えない相手なら、召喚アイテムだったとしても、すっぱりと諦めることが出来たのだが。
いいや、ここは逆に考えるべきだ。
普通に戦ったら手強い相手が、とっても美味しい状態で目の前にいるのだと。
「私はサトル様の判断に従います」
「ふむ……この条件なら何とかなる、かな? よし殺るか」
最初は驚いたが、ドラゴンとはいえ、場所に縛られているのなら怖くはない。
俺の力ならば、そんな相手を倒す手段なんて幾らでもあるからだ。
遠距離から一方的に蹂躙するのが基本スタイル。
その俺に対して、自由に動けないドラゴンとか、鴨がネギと調味料を背負って、熱湯風呂に浸かっているようなものである。
格闘ゲームで言えば相手は永久に画面端。こちらは自由に動けて、常に必殺技のゲージがマックスみたいなもの。
少々のリスクは受け入れよう。
最も強い状態ではない最強種さん。対戦よろしくお願いしますね。
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