第二十八話 緑渦の聖殿・地下一階

 目的の場所を発見した次の日。


 ラセリアと一緒に、緑渦の聖殿入り口前に来ていた。

 今日は二人で迷宮の探索である。

 因みに彼女は、移動時間短縮のために俺が運んできた。

 お姫様抱っこの状態で飛んできたのである。

 当然、彼女にもウインド・コートを纏わせている。

 例え落下しても怪我をすることはない。とはいえ、空中を高速移動するのだ。少しくらい怖がるかと思っていたが、そんな事はなかった。

 ラセリアは終始楽しそうにしていたのである。

 どうやら彼女は、絶叫マシーンとか好きなタイプのようだ。

 そんな話はさておき、どうやって、この迷宮を探索するのかである。


「私が【九源の瞳】で罠の発見と解除をしていきますので、サトル様には魔物の掃討と、地図の作成をお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」

「へぇ、罠発見なんて真似も出来るのか。ずいぶんと多機能なんだな」

「ええ、【九源の瞳】は九つの魔眼スキルが集まった統合系スキルですからね。そして今回は、その中の【罠発見】を使います」

 サラッと、とんでも性能を、カミングアウトしてくれますね。

 戦闘向きではないが、彼女の【九源の瞳】は凄まじく強力なスキルだった。

「九つって、えぐいな……他に、どんなのがあるか興味もあるが、聞くのはまたの機会にしておこうか。それじゃ罠の方は頼むな」

 必要なら教えてくれるだろう。俺は、彼女を護衛に気を配る。

「はい、お任せあれ。サトル様も準備はよろしいでしょうか?」

「ああ、問題ない。魔物の方も任せておけ。あ、そうか……地図作成はオートマッピングで問題ないんだが、俺だけが見えてるのも問題だな」

「え?」

 地図に関しては、最も自信がある分野なのだが、他人の事を考えた場合は問題が発生する。

 折角詳細な地図を作成しても、ラセリアは見る事が出来ないのだ。

 固有スキルの地図は俺だけに見えているからだ。

 彼女も地図で現在位置を把握しておかないと不安の筈。どうにかならないものか?

「おれのマップ画面を、他人に見せる事とか出来れば良いのに…………あ、できるのかよ」

 スキルに意識を集中して調べたら、可能であるとの答えが返ってきた。

 ソロ活動の弊害だな。こういう機能を見逃してしまうのは。

「ラセリア、面白いものを見せてやるよ。ほら、この周辺の地図だ」

 半透明の三次元マップを、彼女に見えるようにした。

「まあ!? これがサトル様の……なんて精密な……前にもお聞きしましたが、確か、障害物も無視して周囲の地形を知ることが出来るのでしたよね?」

 彼女に固有スキルの事を打ち明けたときに、簡単にどういった性能なのかも説明していた。

 それを覚えていての確認である。

「ああ、俺の半径百メートルの地形情報が、自動で書き込まれていくぞ」

「素晴らしいです。このスキルに、私の【九源の瞳】が加われば、迷宮殺しが完成します」

「おおー、確かに」

 道に迷う事もなく、罠も機能しない。隠し部屋も丸見え。

 怖いのは敵対生物だけである。そんなものは迷宮と呼ばない。

「レベル150のサトル様が苦戦するような魔物が、そういるとは思えません。これならば二人でも迷宮の攻略は可能でしょう」

「過度の期待は困るぞ? 俺は迷宮探索なんて初めてなんだからな。気をつけていて尚、どんなぽかをするか分からん」

「そこは私がフォローしますので安心して下さい。それにサトル様くらい心構えが出来ていれば、一、二回潜るだけで探索のコツは掴めると思います」

 買い被りのような気もするのだが。うーむ、彼女の信頼が重い。

「そんじゃ気合いを入れていきますか。あ、そうだラセリア。出てくる魔物にも因るだろうが、俺が迷宮で使う魔法の属性は何が良いと思う? 酸素が無くなったりしたら怖いんで、火属性とかは控えようと思っているんだが、これが良いとかいうのがあったら教えてくれ」

 考え無しに魔法を使いまくって自滅だなんて真似はしたくない。

「密閉された空間だったり、同じフロアで何時間も強力な火の魔法を使ったりしないのであれば、火属性を使っても大丈夫ですよ。状況に応じて使い慣れた魔法をお使い下さい。一応オススメは風と地ですね」

「ほほう、理由は?」

「何が起こるか分からない場所では、咄嗟の対応に向いている風属性が向いているからです。攻撃速度に優れてますからね。そして迷宮内にいる大抵の生物は、物理的効果の大きい地属性で対応できます」

 攻撃の速さと重さのバランスを考えたら、そうなったのか。特に異論もない。

「周囲に余計な影響を与えない、というのが一番の理由ですね。火や水の属性だと、倒した魔物の素材や、迷宮の財宝を傷付けてしまう可能性がありますので」

 火属性の熱や爆発もそうだが、水属性の流れ弾でも、書物系の財宝を駄目にする事が多いそうだ。

 足下がぬかるんだりと、地形にも悪影響を与えるかもしれない。

 俺も召喚アイテムを探しに来ているわけだから、それらに関するものを壊さないように気を付けていこうと思う。


「ありがとう。よく分かったよ。んじゃ、サクサクと攻略していくか」

「うふふ、楽しい迷宮探索になりそうですね」

 そして俺達は緑渦の聖殿へと足を踏み入れるのであった。

 全く光源が無いので中は暗い。

 ラセリアがランタンを取り出そうとするが、それを俺が止める。

「光源の確保は俺がする。ライト・ボール」

 拳大の光の球を創り出す。光属性の暗闇を照らす魔法だ。

 かなりの光量があり、二十メートル以上先まで見通せる。これで視界に困ることはない。

「まあ、光魔法ですか! 手がふさがらないのは良いですね。助かります。随分と強い光を放っていますけれども、どのくらいの時間保つのですか?」

「何もしなければ二、三週間は保つぞ。衝撃を与えたりしたら弾けて消えるけどな」

 効果時間は長いのだが、敵や障害物に接触すると消えてしまうので気を付けないといけない。

 簡単な魔法なので、直ぐに代わりのものを創れば問題ないのだが。

 と、思えないのが俺。

 視界が閉ざされた一瞬で起こる、様々な可能性を、見過ごせない性分なのである。

 臆病は悪くない。なので前後と頭上に三つずつ、計九個のライトボールを浮かべて、不慮の事故に備えることにした。

 これだけあれば、いきなり真っ暗闇になる心配もない。

「似たようなのでライトという魔法がありますけど、これほど明るくもなければ効果時間も長くはありません。しかもそれが九つも。こんなに明るい環境でのダンジョン探索は初めて……本当にサトル様には驚かされてばかりです」

 正直こんな魔法で、彼女を驚かせてしまうとは思っていなかった。

 力を固めるイメージだけで創るボール系の魔法は、最も単純な魔法だからだ。

「ライトか。確か魔力を光に変換して、光球状にする魔法だったよな?」

 一般の魔術師が使う、光を灯す魔法である。そんな魔法があると習った時も、ふーんと聞き流すくらい、だれでも思い付くような魔法だった。

「はい。光属性の下級魔法ですね」

 ライト・ボールもそれと発想は同じである。仕組みも同じの筈だ。

 だというのにライトの魔法とは、性能が段違いのようである。何故なのだろうか?

「ライトの消費魔力ってどのくらいなんだ?」

「術者の力量にも因りますが、基本的には五から十くらいでしょうか」

「なるほどね。そりゃあ、こっちの方が性能は上になるわな」

 答えは出た。馬鹿みたいに単純な話だった。

「どういうことですか? よろしければ教えて頂けますか?」

「なに、俺の魔法は、ライトの十倍の魔力が使われてるってだけだ」

 ライト・ボールの消費創力は十。魔力換算すると百である。

「百も……それが九つで消費魔力は九百。そんなに魔力を使って大丈夫なのですか?」

「問題ない。魔力に変換して使ってはいるが、俺が使うのは創力だしな。それだと九十しか創力は使ってないし、残りも百万以上あるから全然余裕だ」

 この程度なら【円形祭壇】の自動収穫のお陰で、一分くらいあれば回収できる。

 森の中など生物の多い場所にいれば、という条件は付くが、現在の俺は一時間で六千以上の創力を何もしなくても得る事が出来るのだ。

 ライト・ボールを九個浮かべるくらいは、無駄遣いの内にも入らない。

「そうでしたね。創力……恐らくは世界の深淵に根ざす力、それをお使いになっているのでしたよね。宮廷魔術士だって明かりに九百も魔力を使いませんから、ついこちらの常識に当て嵌めて、残存魔力を心配してしまいました」

 創力の効率の良さは、やはり異常みたいである。

「参考までに聞きたいんだが、宮廷魔術師とやらの魔力量ってどのくらいなんだ?」

「魔力量は所持スキルやレベル数次第で大きく変ります。なので、これは私の予想にしかなりませんが、よろしいですか?」

「ああ、正確な数値を求めているわけじゃないから、それでいいよ」

「今のリーディアの宮廷魔術士は、レベル二百前後だったと思います。その方の場合ですと、大きく見積もっても、二万いくかいかないかではないでしょうか」

「そんなもんなのか……」

 俺が持っている創力を魔力に換算すると、軽く一千万を超えるのだが……。

「サトル様が凄すぎるだけです。普通は四桁にも届きません」

「そうなのか。因みにラセリアはいくつあるんだ?」

「二千ちょっとですね」

「え? それで大丈夫なのか?」

「……逆に心配されてしまいましたね。はい、困ったことはありませんよ」

「そっか。おっと、こんな無駄話してないで先に進むか」

「そうですね。行きましょう」

 ラセリアを守る形。サバイバルナイフを片手に、俺が先頭で進む。

 後ろからでも【九源の目】で罠は見抜けるそうなので、彼女を後方に配置しても問題はない。

「罠はないか?」

「今のところは」

 ゆっくりとした速度で、二十分ほど進んだが、いまだ罠も敵も出て来てはいない。

 マップにも敵影は表示されていない。

 それは本当に何も存在しないか、自分の知識にない敵しかいないかである。

 まあ、後者だろうが。

 その証拠に、更に進んだところで、初見のそいつが現れた。


 防衛型自動人形:十四番(レベル60)


 一見すると角張った造形の石像だが、俺の目は誤魔化せない。無機物の敵である。

 灰色の身体で体長は三メートルくらい。横幅も広く通路を塞ぐ形で待ち構えていた。

 武器や飛び道具は持っていないので、石で出来た手足を武器にして戦うのだと思われる。

 人間、それで殴られたら簡単に死ねるので、不用意に接近はしない。

 相手が動かないのを確認してラセリアと作戦会議。

「ゴーレムってやつか?」

「ええ、ストーンゴーレムに間違いありません。迷宮を造った者が配置したものでしょう。攻撃をするか、一定の距離まで近付かなければ、反応はしないタイプのようですね。長い年月放置されて壊れている可能性もありますが……」

「いや、【生贄選定】で簡易情報が表示されるから生きている、というか機能しているな」

「では、排除するしかありませんね。完全に道を塞がれていますので」

 小さな部屋は複数あれど、今のところは一本道で迂回路はない。

 先に進みたいのなら、そうするしかないだろう。

「どうすれば倒せる?」

「体内の何処かにある核を破壊するか、完膚無きまでに破壊すれば大丈夫な筈です。自己修復能力があるみたいですが、レベル1なので気にしなくてもよろしいでしょう。物理防御の数値は高いですけど、魔法防御系のスキルはないです。サトル様の魔法でいけると思いますよ」

 彼女は【九源の瞳】でゴーレムの能力を調べながら言った。

「了解。バラバラにぶっ壊すよ」

 核を見付ける方法なんて知らないので、火力で押し切る事にする。

「アース・ブレット」

 大きさ五十センチ。黒い石の塊を六つ創り出し、目の前に浮かべる。

 石の形は先が尖った円柱状。つまり拳銃の弾丸を巨大にしたような形だ。

 それを風の魔法で高速回転、螺旋運動を加えながらゴーレムに放った。

「まずは移動力を殺す。そして動けなくなったところを安全圏から蹂躙する」

 生物だろうが無機物だろうが関係無い。

 能力を発揮出来ずに消えて行け。

 空気の壁を突き破る音と共に、二つの黒い弾丸は狙った部位へと真っ直ぐ進む。

 防衛型というからには、かなりの強度があるだろうゴーレムの身体。何発で破壊できるかなと次弾を放つ準備をしながら様子を伺う。

 すると石の弾丸は、術者である俺の予想を超え、一発で容易くそれを撃ち抜いたのだった。

 粉々に消し飛ばしたと言った方が正しいかもしれない。

 あまりの威力に、両膝に穴を空けるどころか、下半身が無くなっていたのである。

 それを見てラセリアが静かに言った。

「えーと、初手での部位破壊を否定するつもりはないのですが、その、直接、身体に撃ち込んだ方がよろしかったのでは?」

 彼女の言うことを端的に訳せば、無駄弾が多すぎでは? ということである。

「……次からそうするよ」

 動けなくなったゴーレムに止めを刺しながら、俺にはそう答えるしかなった。

 その後、地下二階への階段を見付けるまでに、俺達は三体のストーンゴーレムを相手することになった。

 種類もレベルも全部同じである。

 そのどれもが、胴体部にアース・ブレットを一発撃ち込むだけで、倒すことが出来たのであった。


 楽だから良いんだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る