第二十六話 弱みを

 災い過ぎて翌朝。


 早くに目が覚めた俺は、村の広場へと来ていた。

 昨日騒ぎがあったとは思えないほど片付いている。

 そこで剣の素振りをしていたミルキィを見付けた。

 部下の姿は見えない。個人的な早朝の鍛錬のようだ。

 丁度良い。他人の邪魔が入らずに話が出来る。


「よっ。ミルキィ。おはよう」

 俺が側まで寄ると、彼女も素振りを止めて挨拶を返してきた。

「おはようサトル殿。いやはや、貴方にはまんまと騙されたよ」

「何がだ?」

 そして、いきなり訳が分からないことを言った。

 ミルキィを騙すようなことをした覚えはないのだが?

「能力の偽装だよ。前に会った時は、貴方の事をレベル50の狩人かと思っていたんだ。私の【看破】でも、そう見えていたからね」

「そのことか」

 ミルキィが見た情報は間違ってはいないのだが、訂正する必要もない。勘違いさせておこう。

「しかし実際は、カルドの部隊を一人で制圧出来る程の腕を持った一流の魔術師。能力も覗くことが出来ないときた。いや、驚いたよ」

 意外なところで、隠者の腕輪の効果を確かめることが出来た。

 無事に隠蔽効果が働いているようだな。安心した。

 で、腕輪に防がれるということは、彼女の【看破】レベルは3程度ということである。

 つまりミルキィは、強力な魔眼系の力を持っていない、ということだ。

 あるいは、その系統を鍛えていない。

 スキルを使わなくても、色々と分かるものである。

「魔術師にとって、能力を知られるのは命に直結するからな。隠したり嘘の情報で騙すのなんて、珍しいことでないだろう?」

 それらしいことを言って誤魔化しておく。

 あの後、一気に百レベルが上がりましたとか言える筈もない。

「確かに、そうなんだけどな」

 ミルキィも納得してくれる。

「それはそれとして、ミルキィと呼ばれることには、もう慣れたか?」

 話を逸らす意味も込めて、そんな質問をぶつけてみた。

「う、うむ。面と向かってそう呼ぶのは貴方ぐらいだが、嫌な気分はしない」

「それは良かった。ああ、それと昨日はきつく当って済まなかったな。悪いのは、あの馬鹿だと分かっていたんだが」

「謝る必要は無い。私が責められるのは当然の事だ。あの場では必要な態度だった」

 村側が厳しい態度で抗議して、騎士側が心から謝罪し、村側がそれを受け入れる。

 村人達の心情を考慮しつつ、騎士側にけじめを付けさせる形。

 俺もミルキィもミゲルさんも、あの場は、それで決着を付けたかったのである。

 この件を長引かせると、ミルキィにその気がなくても上の連中が開き直って、謝罪や保証を有耶無耶にする可能性があるからだ。

 俺のいた世界での、政治家連中の対応を見れば一目瞭然。奴等は反省を一瞬しかしないのだ。

 どんな世界でも権力者の思考はそう変らない。

 交渉が長引けば、間違い無くそうなっていた筈である。

 そんな状況は、被害者である村人達は元より、現場の騎士達にとってよろしくない。

 だからこそ昨日は、この件の早期解決を図ったのである。

 あの場にいた殆どの者は、それを理解していた。

 理解していなかったのは赤毛の騎士だけ、だったのである。

 まったく鬱陶しい奴だった。ふん、あんな奴の事はどうでもいいか。

「ちょいと確認しておきたい事があるんだが、いいか?」

 ミルキィに聞いておきたいことがあった。

「答えられる事ならな。まあ、昨夜あらかたの重要な部分は話してしまったし、今更隠すような事もないとは思うが」

「大した事ではない。お前らが今後どう動くかを知りたいだけだ。物騒な連中が何時迄ここに留まるのか、村の人達も気にしているだろうからな」

 ミルキィの、これからの予定を知っておきたかったのである。

 それによって、俺もこれからの動きを決めるつもりだ。

「すまないが、具体的な日数は言えない。任務の進行状況次第なのでな。まあ、今日を含めて三日は森に入らない、ということぐらいは言えるのだが」

「ほう。では三日間、探索はお休みか?」

「ああ、カルド達の護送に人員を割かないといけない。それとカルドの代わりも呼ばないといけないからな。もう連絡は済ませているので、代わりの者はこちらに向かっているんだが、どんなに急いでも、それくらい掛かるんだ」

「次は大丈夫な奴なんだろうな?」

「今度のは、平民出の真面目な男がまとめる部隊だ。私も、その者の人柄は良く知っている。信用できる人間だから安心してくれ」

 流石に人選には気を付けているか。その言葉を信じることにする。

「じゃあ、お前らが休んでる間に、俺の方でも遺跡について調べてみるか……」

 最初から遺跡を見て回るつもりだったのだが、それは暇潰しの意味合いが強かった。

 しかし召喚アイテムという存在を知った今は違う。

 自分が何者かに召喚されたとも思えないが、そのアイテムを調べれば、元の世界へと帰るためのヒントが見付かるかもしれないと思ったのである。

 別に向こうの生活に未練があるわけではない。

 ただ、やり残した事があるので帰りたいのだ。

 もしも帰る手段があるのなら、戻って復讐を成し遂げたい。

 召喚アイテムの話を聞いたときに、俺の心にその想いが生まれてしまったのである。

 創力という力を身に付けた今なら、あの男を殺せる。

 外道を育て上げ、己の欲望のために自国を切り売りする、国賊と呼ばれる議員を。

 両親の仇である、端中雪朗を殺せるからだ。


 そんな黒い想いなどつゆ知らずに、嬉しそうな顔でミルキィがこちらを見る。

「我々に協力してくれるのか?」

「さてな? 何か分かって、ま、気が向いたら教えてやるよ」

 調べる前に立ち入り禁止にされたり、重要なアイテムを横取りされたら、たまらん。

 情報は精査してから提供するつもりだ。

「き、気が向いたらなのか?」

 俺の台詞を聞いて、しょぼんとした表情の彼女。

 なんか飼い主に冷たくされた犬っぽい。

 彼女は同年代に、対等な関係の友人が、いないのではないだろうか?

 それを寂しく思っているのではないか、と俺は見ている。

 こっちがタメ口で話すと、微妙に嬉しそうな顔をするのが、その証拠だ。

 立場を気にしない相手が欲しくて堪らないのだろう。昨日の話し合いでも、俺のなじるような言葉に瞳を潤ませて、嫌われないように御機嫌を伺ってきていた。

 自分では気付いていないのだろうが、今も俺に媚びた目線を向けている。

 長い間、友達が出来なかった人間は、やっと出来た友人に依存することがある。

 それに近い精神状態なのかもしれない。

 ふむ、折角だから、俺が上だという印象を刻み付けておくか。

 上手くいけば、英雄クラスの手駒が手に入るかもしれないからな。

「何か文句あるのかミルキィ? それとも偉い騎士様には無条件で協力しろと?」

「え、いや、そういうわけでは……」

「まあ、お前が騎士らしくしているところなんて殆ど見た事はないが、平民は騎士様に従うのが当然だと思っているのなら、俺に命令すればいい」

 権力を笠に着るのを嫌う彼女に、こんな言い方をすれば、返ってくる答えは決まっている。

「馬鹿にしないでくれ! そんな命令はしないさ!」

 本当に可愛い女だ。

 これで命令はしないという言質は取った事になる。

 ほんと、馬鹿な女は可愛いね。

 馬鹿な男は死ねとは思うが。

 国の命を受けている立場なので、程度にも寄るが、命令も悪い事ではないのだ。

 俺が得た情報を聞き出す事くらいは、横暴でも何でもない。

 だが俺と彼女の間では、完全に格付けがなされている。その発想に至らない。

 上の人間に命令するという発想が。

 人間関係は如何に最初が肝心かというのがよく分かる。

「嘘じゃないな?」

「勿論だとも! あ、でも、決して命令じゃないのだが、できたらでいいんだ……その、何か分かった時に教えてもらえると、ありがたいかな、と」

 けれどやはり情報は欲しいようだ。上目遣いで頼んでくるミルキィ。

 彼女らしいとも言える。真面目で職務に忠実。

 仕事が大切だというのは理解出来るので、それを怒ったりはしない。

「ふふ、心配しなくてもその時は教えるよ。強制というのが嫌なだけで、ミルキィ、お前に協力するのは嫌じゃないからな」

 鞭だけでは駄目。厳し過ぎるのも良くない。

 個人としてならば信用しているぞと、飴もやっておく。

「う、うん! ありがとう……そう言ってくれると嬉しい」

 頬を赤らめて俯きながら答えるミルキィ。

 パタパタと振られる尻尾が見えるようだ。

「ああ、友達には優しくするぞ俺は。特に可愛い女にはな」

 顔を寄せて囁くように言ってやる。

「はう!? か、からかわないでくれ!」

「からかってないさ。凛々しくて誠実、そして可愛いお前だからこそ、俺は協力してやろうと思ったんだ。これからも可愛いままでいてくれよ?」

「そ、そんな事言われても……えっと、可愛いままって、何をすればいいのだ?」

「そのままのお前でいろってことだよ。分かったな?」

 ミルキィの髪をそっと撫でて、そう言ってやる。

「……うん」

 ミルキィは、それに嫌がる素振りは見せず、素直に頷くのであった。

 うーん。俺はどこの女誑しなんだか……。

 まあいい。本日の調教はこのくらいにしておくか。

「んじゃ、森にいってくるわ」

 時間が勿体ない。早く出掛けよう。

「あ、その、気を付けてな」

「ああ」

 まるで恋人に告げるかのような、その声を背に、俺は遺跡探索へと向かうのであった。


 まあ、なんだ。俺にも少しくらい罪悪感はある。

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