第二十五話 慰める

 夜、ラセリアの部屋の前。


 扉をノックする。

「ラセリア……もう、寝たのか?」

「いいえ、まだ起きていますよ。中へどうぞ」

 扉を開けて顔を覗かせたラセリアが、俺を部屋の中へ誘う。

 黒い寝間着姿の彼女。ぱっと見は、そこまで顔色は悪くないようだ。

 元とはいえ冒険者。普通の女性より精神的に強いのだろう。

 とはいえ、精神的に参っているのは間違いない。


「いや、様子を見に来ただけだ。迷惑になるし長居をするつもりはないよ」

 早く休ませてやらないと。そう思い、俺は自分の部屋に戻ろうとする。

「そんなことありませんから、どうぞ中へ。あの、眠れないので……御迷惑でなければですが、話し相手になってほしいのです」

 しかし彼女はそういって、立ち去ろうとする俺を引き留めた。

 大事には至らなかったとはいえ、男に乱暴されたのだ。ショックで眠れないのかもしれない。

「……分かった。それじゃ邪魔するぞ

「はい、ありがとうございます」

 初めて入った彼女の部屋。そこはまるで書斎のようであった。

 本棚がずらりと並んだ女性らしくない部屋。

 他に机とベッド、あとはクローゼットが置いてある。

「あ、ベッドに腰掛けて下さい。せまいところで……すみません」

「いや……」

 俺がベッドに腰掛けると、その隣に彼女も座る。

「……身体の方は、その、痣とか大丈夫なのか?」

「……はい。痕が残るようなこともないと思います」

「そうか、良かったな……」

「はい……」

「……」

「……」

 困った。こういう時、何を言えばいいのか分からない。

 傷付いた女性の心のケアとか、俺のキャラではないのだ。

 赤の他人が相手なら、適当な事を言って慰めてやれるのだが。

「あー、すまんな。気の利いたこと言えなくて」

「ふふ、こうして、一緒にいてくれるだけで十分ですよ」

 言葉に困る俺に、ラセリアは微笑んでそう言ってくれた。

 俺が慰められてどうする。

「……今日は危ないところを助けて頂いて、本当にありがとうございました。サトル様のお陰で、村への被害も最小限に抑えられましたし、この村で生まれ育った者としても、このご恩は一生忘れません」

「俺が受けた恩に比べたら大した事じゃない。気にするな」

「いいえ、そうはまいりません。少なくとも私個人が受けた恩は返させて頂かないと、ソートラン家の女が廃ります」

「ほんとに気にするな、と言っても……無駄っぽいな」

「押し付けがましいとは思うのですが、私自身が納得出来ないのでお願いします」

 逆の立場で考えれば、それも当然か。

 俺が彼女の立場だったら、恩を受けたままというのは心苦しい。

 ここは何か軽く恩返しをさせて、彼女の気分をスッキリさせてやるか。

「分かったよ。それじゃ何をしてくれるんだ?」

「そうですね。お金や書物は、サトル様もそこまで欲してはいないようですから……となると、他に特別なものは……」

「いやいや、特別なものじゃなくてもいいから」

 そんなものは要らない。こっちが恐縮してしまうではないか。

「私の身体くらいでしょうか」

「はい?」

「だから、身体を使っての恩返しです」

 まあ、そういう意味だろう。

「……」

「どうぞ、お好きなようにご賞味下さい……………………責任は取って頂きますが」

 言葉の最後に確りと地雷を設置してから、ラセリアは服を脱ぎ出そうとする。

「んじゃ、そろそろ、おいとまするわ」

 そんな彼女を無視して俺は立ち上がる。

 今日は色々あって流石に疲れた。自分の部屋に戻って、とっとと寝よう。それがいい。

「ああ! 待って下さい! 冗談です、冗談」

「ほんとか?」

 慌てて俺を引き留める彼女に、俺は半眼を向けて確認する。

「はい……残念ですが、別の形で身体を使いますね」

「というと?」

「冒険者としてお手伝いします。前にも申しましたが、私には冒険者としての経験がありますので。特に迷宮探索においては、お役に立てると思いますよ。ですから、その際には遠慮無くお声を掛けて下さいませ」

「緑渦の聖殿か……やっぱり迷宮になっていると思うか?」

「おそらくは。上から幾ら探して見付からないのならば、地下にある可能性が高いかと思われます。その場合は大抵、侵入者防止用の巨大構造になっているでしょうね」

「だとしたら面倒だな」

「ええ。ですから、もし聖殿を発見出来たとして、そこを探索するつもりなのでしたら、是非私もご一緒させて下さいね。私、迷宮探索に関しては、ちょっとしたものなのですよ?」

「そうなのか? ん、分かった。その時は頼らせて貰うとするよ」

 罠の知識もなければ、閉鎖空間での戦闘経験もない。そんな状態で入るのは危険である。

 経験不足を補うために、ラセリアとパーティーを組むのも選択肢の一つだ。

 彼女を危険な目に遭わせたくないから連れて行かない。とかは言わない。

 俺は、自分が何でも出来るとは思ってないし、彼女を見くびってもいない。

 経験者には素直に力を借りるのである。

 何にせよ、まずは聖殿を見付けてからの話だ。

「それじゃ、本当に戻るとするよ。明日も早いしな」

「名残惜しいですけど仕方ありませんね。サトル様、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」

 そして俺は彼女の部屋を後にするのであった。


 ちょっとだけ、惜しいことをしたかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る