第二十四話 探し物

 出てくるのが遅いわボケ。思わず出そうになった言葉を飲み込む。


 さあ、これからカルドという屑野郎を蹂躙してやろうという、その時。

 ノコノコ仲裁に現れたのは、英雄クラスの騎士だった。


「双方引け! この場はリーディア王国所属、第三騎士団、団長ミルキィ=ローデリオが預かる。これ以上は騎士への攻撃も、村人への狼藉も許さん」

 ミルキィの後ろには、大勢の騎士達が見えた。彼女の部下達だと思われる。

 カルドの部下達と同じ格好だ。

 敵の増援が来たような感じがして、良い気分はしない。

 幸い、俺や村人達を害する気はないようだが。

 戦闘態勢は解かずに、視線だけミルキィに向けて俺は言った。

「お前は、この屑の仲間なのか?」

 屑とは当然カルドのことだ。

「屑だときさま! 誰に向かって――」

「黙らないかカルド! お前は、そう言われても仕方のない事をしたのだぞ!」

 無駄に高いプライドで言い返そうとするカルドを、ミルキィは一喝して黙らせた。

 どうやら彼女の方が立場は上のようである。

「ですが、これは王命による任務を――」

「黙れと言っている!」

「――く」

 言い訳をしようとするカルドを、再度黙らせる。こいつの話を聞くつもりはないようだ。

 この男と、まともな会話が出来るとは思えないので正解である。

「で、もう一度問うぞミルキィ。お前は民の敵か? 味方か?」

「……勿論、味方だ」

 俺の目を見て彼女はハッキリと言った。

「その言葉を、村の人達に信じて貰えると思うか?」

「このままでは無理だろうな……」

「だったらどうする?」

「こうするさ。カルドを含め、その部下達も全員拘束しろ!」

 ミルキィは自分の部下に、そう命令を下した。

 良かった。彼女が敵にならなくて。強くなったとはいえ、まだまだ勝てる気はしない。

 大半が俺の魔法で戦闘不能になっている。特に大きな抵抗もなく、村を襲った騎士達は捕らえられていく。

 村人達もそれを見て、ホッとした顔をしていた。

 だが、そんな中でも、あの男が大人しくしているわけがない。

「な!? ローデリオ殿、貴女は貴族の私より、平民の肩を持つのですか!?」

「貴族も平民も関係あるか。お前がやったことは立派な犯罪行為だ。大人しく縄に付け」

 当たり前の事を言っているだけなのに、ミルキィが輝いて見える。

 何故だ? ああ、俺の中で、この世界の騎士株は下がりまくっていたからか。

 そのミルキィが折角上げた騎士株を、馬鹿が速効で下げる。

「認めない、認めませんよ! 正当な手段を取っただけの私が、罪人のように扱われるなどおかしいでしょう!? 取るに足らない平民を二、三人殺して王命を果たそうとする事の何がいけないのですか! だいたいこうなったのは、高貴な血を持った私に協力しなかった、下民共に責任があるのです!」

 カルドが実に腐った価値観を披露してくれた。

「一応人間扱いして優しく聞いてやれば図に乗りやがって! 年中泥土に塗れてる虫けらの分際で私に逆らうから! 素直に聖殿のありかを教えないから、いけな――ごふぅ!?」

「もう口を閉じろ。騎士の面汚しが」

 鈍い音と共に、ミルキィの拳がカルドの鳩尾に埋まる。

 彼女にしても、不愉快なこと極まりない発言だったのだろう。屑から発せられる雑音を強制停止させた。

「きさ、まら……おぼ、えて、お、けよ……」

 そう言って、憎悪の目を、俺とミルキィに向けた後に気を失った。

 カルドはミルキィの部下に引き摺られていく。

 奴を殺し損ねたのは残念だが、貴族を殺すと村に迷惑が掛かった可能性もある。

 今回は我慢するしかない。

 何にせよ、この場は収まったと見てもいい。

 俺はミルキィに向き直ると、強い口調でこう言うのであった。

「これだけ村を騒がせたんだ。ぜ~んぶ、説明してくれるよなミルキィちゃん?」

「あう、ぅ、分かってる」

 申し訳なさと気恥ずかしさを浮かべて、彼女は頷いた。

 後始末をした後、村長宅で話を聞く事になった。


 応接室で向かい合って座る俺とミルキィ。早速本題に入る。

「それじゃ、知っている事を隠さず全て話せ」

 彼女相手には、命令口調で丁度良い。

 出会った時の関係を継続させて、上から目線でいくことにする。

「ああ。どこから――」

「貴様っ、隊長に向かってなんて口の利き方だ!」

 ミルキィは素直に話をしようとしていたのに、背後に控えていた赤毛の騎士が、怒って邪魔をした。

 前に見た顔である。トロールの巣穴で、ミルキィに付き従っていた騎士の一人だ。

 現在、部屋の中にいるのは、俺、ミゲルさん、ミルキィと彼女の部下四人である。

 部下の四人は、金髪の男騎士と女騎士、赤毛の男騎士と、青い髪の女騎士。全員あの時いたレベル80台の騎士達だった。

 女は二人とも髪が長く、男は二人とも髪が短い。

 ミルキィの側近なのだろう。四人とも椅子に座らず、彼女の後ろに立っている。

「あん? 本人が気にしてないのに、外野が出しゃばるなよ」

 お呼びではない。すっこんでいろと俺。

「何だと!? ローデリオ隊長はな、本来なら、お前みたいな田舎者が、気軽に話し掛けられる存在ではないんだぞ! 身の程を弁えろ!」

「よせ、いいんだ……彼は。それにカルドと同じ所属の騎士である我々に、礼を尽くされる資格はない」

「貴女が良くても、それだと他に示しが付きません! 隊長は我が国の英雄が一人。どこともしれない馬の骨に、こんな口の利き方を許してはなりません!」

 やかましい男だ。他の三騎士は特に怒ってはいない。ということは、こいつだけがミルキィを神聖視してるわけか。面倒臭い。

 赤毛騎士の喚きを聞き流しながら、俺はドスをきかせた声でミルキィに言った。

「おいミルキィ。部下の教育くらい確りしとけよ。上司の会話に割り込んで邪魔するとか、頭おかしいだろ? それともお前らのところでは、それが常識なのか?」

「いや、その、すまない。彼も普段はこうでないのだが……」

「ったく、あまり俺を……俺達を失望させるなよ?」

 ここでは完全に、騎士=ならず者、となっているのだ。部下にこんな態度を取らせるなよ。

「っ!? 本当に、すまない」

 まあ、彼女もそれはよく分っているのだろうが、責任者として、締めるところは締めてくれと言いたいのである。

「どうして隊長が謝るのですか! そいつが口の利き方を改めればいいだけの――」

「はいはい、トマスくん落ち着こうなー」

 一人ヒートアップする赤毛の騎士を、金髪の男騎士が後ろから羽交い締めにする。

 同時に口を塞いで、黙らせているのがナイスであった。

「むぐ!? ナインきしゃま、なに、ふが、する」

「話が進まなくなるから、ちょっとだけ黙ってようなー」

「ふぐー、ふぁがー、むきーっ!!」

 拘束を解こうと暴れる赤毛の騎士。こいつは少しの間も大人しくできないのか?

「ああもう、そんなに暴れなさんな。ココット頼む」

「ん」

 ココットと呼ばれた青髪の女騎士は、無表情のまま頷くと、暴れる赤毛の騎士にボディーブロウを放った。風を切る音と共に、彼女の腕が大きく弧を描く。

「ごぼぉ!?」

 骨を避けて肉にめり込む一撃に、赤毛の騎士は白目を剥いて気を失うのであった。

 結果として、やっとこの場が静かになる。

「お騒がせして申し訳ありませんでした。この通り、うるさい馬鹿は黙らせましたので、ご安心して、お話をどうぞ」

 金髪の女騎士がそう言って、部屋の隅に赤毛騎士を蹴り転がす。

「もっと早く、そうしろよ」

「分かりました。次は迅速に黙らせます」

「そうしてくれ。じゃあ、あらためてミルキィ、話を続けてくれ」

「う、うむ」

 お前の部下だろうに、何を引きつった顔で見ているんだか。


 そしてミルキィの話してくれた事は、以下の通りであった。

 彼女達が探しているのは、緑渦の聖殿と呼ばれる、古代の神殿である。

 そこには、異界から強力な存在を召喚する、神器が眠っているらしい。

 最近見付かった文献で、信憑性のある情報だと判断されたそうだ。

「異界から召喚だと?」

「なんでも別の世界から多種多様な種族、魔物はおろか竜や神族、人間も含めて呼び出していたという話だ」

「ほう、人間も、か……」

「これが本当だとしたら、そのアイテムを使って、無尽蔵に兵力を増やせてしまうという事だ。当然だが、そんな物があると分かったら、国としても放ってはおけない」

「だろうな。兵に飯を食わせる必要もなければ、徴兵で国力を落とす心配も無くなる」

 単純に兵力増強以上の利点がある。

「自国での利用というよりは、他国に取られないようにするため、というのがホントのところだろうな。それで私とカルドの二部隊に、探索命令が出されたわけだ」

 遺跡の探索如きに、レベル400オーバーを使うのは疑問だったのだが、これで納得した。

 そりゃあ、国家間の軍事バランスを崩すようなアイテムが眠っているのなら、ミルキィ程の人材も投入するよな。

「お前らが森でウロチョロしていた理由は分かった。立派な任務だと思うし、それ自体に悪く思うところはない。けどな、人選を間違えてるだろ。あの馬鹿集団は何なんだ? コミュニケーション能力に問題がありすぎるぞ?」

 あれがリーディア騎士のデフォルトだとは言わないよな?

「私もそう思うが、一応、理由があるんだ」

「一応、聞いてやる」

「カルドは個人としての才能はあるが、人の上に立つには少々性格に難があってね。中央の方でも色々と問題を起こしていたんだ。あのように自分の望む結果以外を認めない我が儘な性格では、出世なんてまず無理。かといって、そこそこな家柄の出なので無下にも扱えない。そんなわけで、あの男は常日頃から、軍部首脳陣の頭を悩ませている存在なんだが……」

 だから、どうしてそんな奴を、こんな大事な任務にあてた。

「ある日、カルドに何か大きな功績を取らせてやれと、ハイドラント家から圧力が掛かったそうだ。都合の良い事に、物を探すだけで大きな功となる任務がある。そこに息子をやれと」

 探し物。文字面で見れば簡単に見えるだろうが、実際はそんなわけもなく。

「それを了承した上の連中は、全員辞職しろよ……」

「いや、その、なんだ。上の方も、まさか奴が、聞き取り調査も、まともに出来ない奴だとは思ってなかったのだと思うぞ」

「で、癇癪を起こしたのか、功を焦ったのかしらんが、あの様か」

 小さな子供だって、もうちょい上手くやれる。

「その件は本当に申し訳なかった。心から謝罪する」

 深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にするミルキィ。その気持ちに嘘はないだろう。

 しかし残念ながら、ここで、そのような謝罪は受け入れられない。

「俺じゃなくて、ミゲルさんに……心から謝ってくれ。一歩間違えたら、お前らを一生許せない状況になっていたんだからな」

 彼女が良い奴なのは分かっているんだが、俺が相手にしているのは個人ではない。

 けじめは付けないといけないのである。

「ああ……返す言葉もない。ミゲル殿、こんな事で全てが許されるとは思いませんが、この度の不祥事に対する賠償金及び、村が被った損害への補填も含めて、我が国が責任を持って支払わせて頂きます。本当に申し訳ありませんでした」

 彼女も弁えているようで、形で表すという大人の謝罪をしてくれた。

「頭を上げてくだされ。もういいですから。幸い大事には至らなかったですしの。貴女に問題があったわけもない。今後こういうことがないようにして頂けたら、それで結構です」

 孫が危険な目に遭わされたのだ。本当は言いたい事は山とあるだろうに。

 村長であるミゲルさんがそう言うのであれば、これ以上俺が言うことはない。

「勿論です。同じ事が起こらぬように目を光らせておきます」

「信じますぞ。で、一つお聞きしたいのですが、今回の元凶はどうなるのですかな?」

 カルドとその部下達のことである。

「カルド達は全員拘束して王都に護送し、然るべき処分を受けさせます。それと村の人達を不安にさせないよう、私の部下達も村の外で野営させますので、ご安心を」

 カルドの部下達と姿が同じなので、その気遣いはありがたい。

「これはこれは、そこまで気を使って頂きありがとうございます」

「いえ、当然の配慮ですので」

「それでローデリオ殿は。これからどうするおつもりですかな? 探索を続けるのですか?」

「はい、そうするつもりです。それでですね、遺跡について何か御存知ありませんか?」

「何もない遺跡の場所を、幾つか知ってはいますがの……」

 カルドに散々話した情報だ。その時のことを思い出したのか、ミゲルさんの顔が強張る。

 また同じ事が起こるのではないのかと、不安になったのだろう。

「それで結構です。ご協力感謝します」

 要らぬ心配だ。ミルキィはまともな人間である。

「ええ、では地図を持って来ますのでお待ち下され」

 その後、何の問題もなく情報を提供して、この話し合いは終わるのであった。


 会話って普通はこうだよね。


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