第十五話 英雄クラス
オークがプスプスと煙を上げて倒れる。
また失敗だ。これで十七匹目。
形になってるんだけどな。そこからだ。
「当っても消えないようにするには、エネルギー量を増やせばいいと思ってたんだが……」
ただいま雷系の魔法を開発中である。
色々試した結果。
火と光の二属性の組み合わせが、一番効率よく電気エネルギーを生み出せた。
「それでいけるのは、俺だけかもしれないけど。なーんか、色んな摂理を途中で誤魔化している気がするんだよな」
ズルい能力なのは今更か。使えれば良い。
完成すれば、生物に対する高い致死性と麻痺性を発揮する。
そんな魅力的な一品になる筈だ。
出来上がりまで、あと一息である。が、最後の段階で躓いていた。
現段階では、一気にエネルギーが解放され、強力な単発攻撃で終わってしまうのだ。
それはそれで使える攻撃なのだが、求めているのは瞬間火力ではない。
持続性と高い制御機能である。
長時間、任意の場所へ、電撃を放ち続ける雷球を創りたいのだ。
出力次第では非殺傷にもなり、衝撃による落盤の心配も少なく、洞窟や狭い場所でも安心して使える範囲攻撃。そんな欲張りセットの魔法である。
中々、上手く創れないのは当然か。全部が全部、希望通りは無理があった。
省エネという部分は妥協することにした。これで何とかなるか?
「必要創力が増えるが、チェイン・ボムと同じ詰め合わせ方式でいく」
まずは十八匹目のオークを探して射程距離に捉えておく。
思い浮かべるのは、触れた瞬間に、扇状に放電する小さな雷の種。
円状ではなく、任意の方向へと扇状に照射するというのが重要だ。
次に、それを五百個内包した、巨大な雷球をイメージ。
膨大な量の試行錯誤。その最終版。
最後に必要な創力を注ぎ込む。
この感覚。いける、と思う。
「必要創力は五百二十五。魔力五千相当を使って成立させる術か。我ながら力業すぎるな」
無理矢理、俺が望んだ性質を組み込んだから、かなり無駄が多い。
単純に同じ威力の魔法を創るのなら、創力は五十も使わないのだが。
でも創ってしまったのだから仕方がない。使おう。
目の前に生み出される、スイカ程ある大きさの雷球。
それがオークの頭上に向かって、真っ直ぐ飛んでいく。
真上に到着。
雷球は、形を保ったまま放電を開始する。
バリバリと電撃の鞭が約二十秒間、任意の空間を扇状に撫で回す。
効果範囲も狙い通りの広さだった。
「ひとまず成功っと。燃費は悪いが創力には余裕あるし、これでいいか。名前はプラズマ・コントロール・レイジングで、シャワーみたいに沢山……うーん、複数系のSを付けて省略。プラズマ・レイジスにしておくか」
理解し易さ優先。名前なんて適当な造語で良い。
プラズマ・レイジス。この名で術を心に刻む。
対トロール戦で活躍する予定の、広域殲滅型魔法が完成した。
あ、因みにオークは死んだよ。
電撃の中心部にいたのだから助かるわけがない。
「さてとトロールを探しに行くか。何匹かでプラズマ・レイジスが通じるかどうかを試してから、巣に向かおう」
マップを検索。一匹のところを狙って移動する。
「プラズマ・レイジス!」
大きな的。外さない。命中。放電開始。
グワァオオオオッー!?
トロールは身体が大きいので、電撃での麻痺が起こるか不安だったが、問題無く行動不能にする事が出来た。
威力重視の魔法ではないので一発では死ななかったが、それでも二発目で確実に殺せた。
創力も一匹で三万近く得る事が出来たので、収支についても申し分ない。
自信を得たので、トロールの集まっている場所へと向かうことにした。
道中、何匹かのオークとゴブリンの上異種を仕留めつつ、そこへ到着する。
トロールは洞窟を住処にしていた。
岩陰に隠れながら様子を窺う。
見張りだろう。入り口に三匹、こん棒を持ったトロールが立っていた。
暗くて中の様子は窺えないが、光点で確認する限り二十匹が潜んでいる。
あの巨体がそれだけの数入るということは、奥はかなり広いと思われる。プラズマ・レイジスの効果範囲で埋め尽くせるかどうかは怪しい。
「中の通路は直線だろうし、遠くから二発叩き込んで様子を見るか。それで大して光点が減らなかったら退却だ」
方針を決めて魔法を放とうとした、その時。
予想外の乱入者が現れた。
俺の方にではない。トロールの方にである。
俺よりも先に、トロールの集団に喧嘩を売る奴らが現れたのである。
「何だあいつらは? まさか冒険者って奴なのか? にしては小綺麗な格好な気がするな」
白銀の鎧を纏った人間達であった。その数は五人。女三人に男二人。
騎士にも見えるが、その場合は、何故そんな奴らがこんなところに、という話になる。
それぞれ武器に、剣やハルバートなどを持ち、どれもが上等な作りのものに見える。事実そうなのだろう。
「リーダーは真ん中のドレスのような鎧を着た女か?」
他の四人が統一された全身鎧を着ているのに大して、彼女一人だけ違う格好をしていたので、そう思ったのである。
一人だけ豪華というのもあるが、彼女を中心にフォーメーションを組んでいるので、重要な立場にいる人物とみて間違いない。
胸元が大きく開き、鎖骨、肩、首筋は剥き出しで、下は青いロングスカート。だが、それ以外の部分は確りと金属で守られている。
優雅さに目が行くが、決して実用性のない鎧でもない。
それを着た、見た目は二十代の銀髪ショートの美女。
気の強そうな鋭い目付きをした彼女は、ブロードソードを手に、洞窟入り口のトロール達と対峙している。
どうしたものかと悩む。事の成り行きを見守るか、今の内に、この場を去るか。
マップの検索で人間を確認してみる。数は五。彼女達の他には、誰もいないようだ。
悩んだ末の結論としては、事の成り行きを見守ることにした。
今後も森で活動するのだから、未知の要素に対する情報は集めておきたい。
生贄に選定して、簡易ステータスを覗かせて貰う。
まずはドレスアーマーの銀髪女。
人間:ミルキィ=ローデリオ(レベル471)
「は?」
見間違いかと思って目をこするが、数字は変らない。
あまりのレベルの高さに驚くしかない。
俺のレベルの九倍以上である。
能力値の差は、レベルの差よりも酷いだろう。推定で四十倍以上、彼女が保有するスキル次第では、そこから更に数十倍の差が存在する筈だ。
これは……英雄クラスという奴である。
まさかこんなところで、そんなものに遭遇するとは思わなかった。
高みの見物気分だったのに、一気に危険領域での緊張状態へと落とされる。
まさか他の奴等もか? と思って見てみたが、他の四名は全員レベル80前後だった。
ミゲルさんより少し強いくらいか。ちょっと安心した。
いやいや、だとしたら四人も十分に脅威である。
だが、ミルキィとかいう、ママの味的な名前の女が凄すぎて、霞んでしまうのだ。
そんな奴を相手にするトロールの運命は決まっていた。
銀髪女が動く。見えたわけではない。
結果を見てから、そう結論付けたに過ぎない。
気が付いたらトロール三匹の首が飛んでいたのである。
通り過ぎると同時に斬り飛ばしたのだと思う。彼女は洞窟の入り口の前に立っていた。
一拍をおいて、首を無くしたトロール達が、彼女の背後で地響きと共に倒れる。
背の高い相手の首に、どうやって刃を届かせたのか? とか些細な問題か。
レベル471の化け物だ。手段は幾らでもあるに違いない。
「剣の軌道どころか、身体の動き自体が見えないってのが恐ろしいな……」
俺と彼女の間には、絶望的な能力差があるというのが、はっきりした。
つまり見付かったら逃げるのも難しい。ということである。
「さて、どうするかね。このまま去ってくれるのを祈って身を隠し続けるか、隙を見て逃げるか……逆に開き直って追跡してみるか」
虎穴に入らずんば虎児を得ず。見張っていたら、何か有用な情報を掴めるかもしれない。
幸い彼女は、こちらに気づいている様子はない。
振り返りもせず、トロールがひしめく洞窟の中へと入っていく。
その後ろを、他の四人も続く。
そして俺も行動を決めた。
「よし、今の内に立ち去ろう」
というか、追跡とかアホか。
リスクとメリットが全然釣り合わない。選択肢として論外だ。
もし彼女達が他国の間者だったりしたら、有用な情報を掴んだとしても、それ以上に厄介なものを抱え込むだけである。
現段階では関わるだけ損。
だったら、関わらないようにするべきだ。
決断は迅速に。素早く方向転換。洞窟に背を向けて走る。
実際のところ、あのように身元が直ぐに分かりそうな格好をした間者がいるとも思えないが、用心しておくに越したことはない。
その場から離脱しつつ、マップ検索で、トロールの末路を見届ける事にする。
「うわ、まじか……一瞬で全部消えた。剣で攻撃して、この速度かよ」
銀髪の女、ミルキィを示す光点が、高速で移動してトロールを示す光点を残らず打ち消していった。他の四人は何もしていない。する暇がない。
瞬く間にである。文字通りの瞬殺であった。
この日のために、俺が準備した事が、全て無駄になった瞬間でもある。
「悠長に魔法の開発なんかしてないで、素直に大創力の火球、ぶっ放しとけば良かったかなぁ。そうしとけば、創力を六十万も取り逃す事もなかったのに」
せめてトロールの姿が見えていれば、【生贄選定】で創力を回収できたのだが。
選定の利点は、自分が殺さなくても良いという点だ。なので、入り口にいた三匹分の創力は回収していた。それが救いといえば救いである。
悔やんでいてもしょうがない。また別の巣を探すことにしよう。
とはいえ、今日はもう狩りを続ける気分ではない。
村へ帰るため森の中を急ぐことにする。
「そこの男、止まれ」
そんな俺を引き留める声がした。
目の前から。
進行方向から、である。
「いつの間に!?」
その声の主は、銀髪の女ことミルキィ=ローデリオだった。
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