第八話 ラセリアとお勉強

 夜、俺の部屋で二人きり。ラセリアとの勉強会である。


 出会って数日、色っぽい雰囲気になるわけもなく。

 そんな雰囲気にする気もない。

 俺は、この世界の様々常識を真面目に学んでいた。

 特に貨幣価値については、早めに把握しておきたかった。

 物の価値を識る事は、自分の価値を識る事である。

 命を安く買い叩かれないようにするためにも、絶対に必要な知識だ。

 そうして教わったのは次の通り。


 まずは鉄貨。最も小さな単位のお金である。

 表にはシンプルな葉っぱの絵が刻まれている。

 なお鉄の硬貨という名ではあるが、素材は鉄ではなく錆び難い合金だそうだ。

 日本円での一円だと思うことにする。

 その方が、後の硬貨について理解がしやすい。


 次に銅貨。鉄貨百枚分の価値がある。

 つまり百円くらいの価値。

 鎧姿の騎士? の横顔が刻まれている。

「これ一枚でパンが一つ買えますね」

「それはこの村だけですか? それとも他の国や地域でも、そのくらいの価値なんですか?」

「はい、政情の安定しているところならどこも、このくらいの価値ですね。麦の収穫量によって、多少は値段が上下したりはしますが」

 なるほど。国家の顔色はここで伺えると。是非とも長い安定を願う。


 そして銀貨。銅貨百枚分の価値である。

 日本円にして一万円だ。

 たぶん身分が高いであろう女性の横顔が刻まれている。

「あまりこの村では使われない硬貨ですね」

「そうなのですか? 銅貨と銀貨は、最も使用頻度が高そうな気がしますが? 流通量もかなりあるでしょうし」

「考え方は間違ってはいませんが、この村では、お金自体を使わないのですよ。自給自足で成り立っていますので、大きな買い物の必要がないのです」

 月に何度か商隊が通るので、そこでの遣り取りで、幾らか使うくらいなのだそうだ。

「お金なんか使わなくても、豊かな自然があれば、豊かな生活が出来るというわけですか」

 懸念があるとすれば森の魔物だが、ミゲルさんが定期的に間引いていたので、安全面でも問題は少ないか。

「その通りです。立場上、お祖父様は、お金を貯えてはいますけれど」

 別にミゲルさんが守銭奴というわけではない。村長として、緊急時に他の場所から物資を買い付けられるように備えておくのは、当然の事なのである。

「そのお陰で、こうして実物を見せて貰えるのですから、丁度よかったです」

 そう言って金色の物体に目を向けた。

 その物体とは金貨と大金貨だった。

 硬貨の価値が百倍になっていくのはここまで。ここからは十倍になっていく。


 金貨は銀貨十枚分の価値になる。

 日本円で十万円だ。

 王冠を被った男性の横顔が刻まれている。

 更にその上には大金貨。金貨十枚分の価値である。

 手の平いっぱいの大きさをした金の塊。

 日本円で百万円。

 西洋風のお城の絵が刻まれている。

 結構重いが、心地良い重さでもある。金は自分が俗物だと自覚させてくれるね。

 以上が無理やり日本円に換算した硬貨の価値である。

 あくまで俺が分かりやすくしただけなので当然誤差はある。問題が出たら、その時考えよう。

 ここまで見せて貰った硬貨は、全て丸い形をしていた。

 そして、家にはないので見せられないとのことであったが、国印版というものが存在するそうである。

「厳重な魔術認証が掛けられた、長方形の金属板です。この村に限らずですが、普通に生活してると、まず目にする事はないでしょうね」

 大金貨十枚分の価値があり、貴族や商人の間で使われるものだそうだ。

 日本円で一千万円の価値がある硬貨。そりゃあ、庶民の間で流通はしないだろう。

 大金貨も使われているのか怪しいくらいである。

「ラセリアも見たことはないのですか?」

「冒険者時代に、何度か見たことがあるくらいですね」

 昔を懐かしむような目をするラセリア。

 村から出たことがあるのか。意外である。

「へぇ、っていうか冒険者? 旅人って意味ですか?」

 ゲームなんかでは、根無し草や、街の便利屋を指す事が多い。

 だが、この世界の冒険者がそうであるのかは分からない。

 勝手に理解した気でいるというのは危ない。何も知らない振りをして聞いてみる。

「旅人の意味も含まれているのでしょうけど、厳密には違いますね。私の言う冒険者とは『冒険者ギルド』という組合に登録している者のことです」

 やっぱりというか、ギルドなんてものがあるのか。

「そのような組合があるんですね。登録していると、どうなるのです?」

「毎日ギルドに届けられる、様々な依頼が受けられます。魔物の討伐、商隊の護衛、地域の雑用など、日銭を稼ぐ仕事を探す時に役に立ちますね」

「稼げますか?」

「はいとも、いいえとも言えません。何故なら、収入に見合った仕事を受けられるかは、運と実力次第だからです。なので、お世辞にも安定した職業とはいえませんね」

 想像していた通りのところだった。

 実力や功績によるランク付けとかもあるらしい。

「誰でも入れるんですか? 例えば俺みたいな奴でも」

「全然大丈夫です。身元がはっきりしない者でも簡単に登録できますよ。ですが、ギルドに不利益を与えるような者には、厳しい処罰が待っていますので、気を付けないといけません」

「不利益を与えた場合、どうなります?」

 容易に想像は付くが。

「問題を起こすと、割と簡単に殺されます」

 だろうね。知ってた。

「ギルドを悪用されたら大変ですから、それくらい厳しくて当たり前ですね。しかし、そうですか。ラセリアが冒険者。想像が付かないですね」

 屋敷で家事に勤しむか、書庫に籠もって魔術の研究をしているイメージだ。

 外に出て活動するようには見えない。

「お恥ずかしい話ですが、私も成人になると同時に外の世界へと飛び出した口なのです。それからほんの数年程ですが、冒険者として各地を回っていました」

 大人しそうな物腰や外見に反して、彼女は活動的な人物のようである。人を見た目で判断してはいけないということだな。

「若い内に色々な世界を見て回るのは、悪い事ではないと思いますよ。今度、暇がありましたら、その時の話でも聞かせて下さい」

「ええ、是非。ところでサトル様は、これを聞いて冒険者になってみたいと思いましたか?」

 俺も男だからね、琴線にふれるものが、ないわけでもない。

「いえ、特には。それどこではありませんし、安定した生活が一番ですよ」

 が、それはそれ。

 無駄に死亡率を上昇させる職に就く程、人生に余裕はないのである。

「ふふ、そういうことにしておきますね」

「ほんとですよ?」


 今のところは、冒険者を志すつもりはなかった。

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