第六話 上がらないレベル
この世界に来てから二日目。
生き急いでいるような気もするが、今日から早速、勉強と訓練の両方を始める事にした。
村一番の弱者である俺に、遊んでいる時間はない。異世界観光など論外である。
いつまでもソートラン一家の世話になるわけにもいくまい。
何より一秒でも早く力を付けなければ、近い内に、割と高い可能性で死ぬ。
魔物とか魔法とかスキルとか、死因には事欠かない世界なのだから。
「日の明るい内は訓練と仕事の手伝い。夜の空いた時間に勉強しようと思っているのですが、どうでしょうか?」
ミゲルさんとラセリアに呼ばれてついた朝食の席で、自分の考えていた予定を口にする。
「まあ、いいんじゃないかそれで。訓練と言っても儂が手伝ってやれるのは、狩りや魔物の駆除に連れていってやるくらいじゃがな。それと仕事の手伝いはまだいい。一遍に何でもやろうとすると怪我をする」
「私の方も大丈夫ですよ。サトル様の都合がよろしい時間に、お教え致しますね」
特に反対はなかったが、ミゲルさんの言う訓練の内容が気になった。
「剣や弓の使い方とかは教えて貰えないですかね? それと身体を鍛える訓練とか」
実戦も大事だが、基礎訓練も同じくらい大事である。
「弓なら基本的なことは教えてやれると思うが、剣の方は毎日素振りをして我流で覚えろとしかいえんの。身体を鍛えたいのなら、自分のペースで好きに鍛えればいい。別に儂がいなくとも出来るじゃろう?」
確かに筋トレくらいは一人でも出来るが、その程度で良いのだろうか?
軍隊モノの映画にある新兵の扱きシーンのような、泥塗れで血反吐を吐くくらいの特訓も辞さない覚悟だったのだが、肩すかしである。
「つまりミゲルさんは、森に同行するだけ、ということでしょうか?」
「そうなるの。そこでの、ちょいとした指導くらいじゃ」
「敢えて訓練の指示をしない理由をお聞きしても?」
放任過ぎる。しかし、意地悪でそうしている訳ではないのは分かる。だったら、最初から面倒を見なければいい話なのだから。
「異世界人でレベル1のおぬし相手に、どこまでやって良いのか判断が付かんのじゃよ。儂は場所を与えてやるだけ。あとは自分で考えて修練するのが一番良いと思うんじゃ」
ミゲルさんの説明に納得した。蟻を鍛える方法を知っている像はいない。
手取り足取り指導された日には、踏み潰されて死ぬだろう。
「確かに、この世界の基準に、今の俺が、努力や根性でついて行けるとは思えないですね。ついていけたとしても効率が悪そうだ」
何ということだろうか。どんなに苦しくても耐えられる。だから実戦で死なないように、強くなれる特訓をしてくれ。
この発想自体が甘えだったのである。激甘だった。
「レベルを上げるのには……魔物を殺すのが最も効率がいいんですよね? なるほど、だからですか。まずは森で、命をチップに賭をしないと、最低限の強さも得られない」
のんびりと、日々の生活でのレベルアップに期待するのも手かとは思ったが、無為な時を長く過ごす方が危険である。となると森で実戦を重ねるしか道がない。
「すまんが、そういうことじゃ。何をするにしても、まずは人並みのレベルになることじゃ」
「よく分りました。では、これからは狩りに同行させて下さい」
「うむ。一応、ゴブリンや中型の獣しか出ないところを回るが、森は何が起こるか分からんからの。気を引き締めていくんじゃぞ」
「はい。気を付けます」
そして保護者同伴の元、俺のレベル上げ作業が始まった。
携帯用に小さく纏められた水筒と食料を用意して、いざ出発。
緑渦の森に入り、一時間ほど奥へと進んだ場所へ。
「この辺りで狩りをするぞ」
足を止めてミゲルさんは索敵を始める。
そして直ぐに獲物を見付けた。
「見えるか、あそこじゃ」
小声で俺に、その場所を教えてくれる。
ゴブリン:個体名無し(レベル2)
昨日見たあいつである。
倒した事のある相手。レベルも低い。遭遇しても緊張はしなかった。
「俺の好きに動いても?」
「ああ、危なくなったら弓で援護してやる。色々と試してみるがいい」
やはり明確な指示はない。ある意味、究極のスパルタ教育である。
「分かりました。じゃ、いきます」
武器を手に中腰で移動する。
向こうは気付いていない。距離は約五十メートル。周りに仲間もいない。
ミゲルさんの頼もしいバックアップの元で、気配を殺して武器の届く距離へと近付いていく。
今、俺が持っている武器は槍である。
木製の柄に鉄製の穂。粗末な造りだがゴブリンを相手にする分には十分である。
重量とリーチのバランスも良い。
サバイバルナイフは、二本とも腰の後ろに差している。
一応ものは試しにと、出掛ける前に弓や剣を触っては見たのたが、剣は重いし弓の弦は硬くて引けないしで、こんなものを持って森の中を歩き回るのは無理だと判断した。
「そろそろ気付かれそうだ。逃がさない距離になったら、飛び出すのも手だな」
息を潜めて近づき、あと五メートルといった距離。ダッシュすればいける筈。
俺は立ち上がると残りの距離を一気に詰める。
「――ギャギャ!?」
ゴブリンは驚いて、こちらに身体を向けるが無防備なまま。的が広がり、狙いを付けやすくなっただけである。
そこに向かって両手で槍を突き出す。
「はっ!」
「ゥギャッ!?」
穂先はゴブリンの胸を貫く。
暫くそのまま停止。ズリュッと槍を引き抜くと同時に、ゴブリンは崩れ落ちる。
上手くいった。まだ息があったので、止めも確りと刺しておく。
「ふぅ、どうでした?」
「上出来じゃろう。身の潜め方も判断力も悪くない。ゴブリン程度なら問題なくいけるの。その調子でばんばん狩っていくぞ」
「はい!」
至らぬところはあると思うのだが、何の指摘もなく合格を貰えた。
自分で気付いて、後は数をこなして修正していけという意味だろう。そう捉えておく。
これで自信が付いた俺は、それから何十匹ものゴブリンを殺しまくるのだった。
出てくる魔物はゴブリンばかりであった。
魔法を使うゴブリンシャーマンとかは、一匹も見ていない。
聞いてみたところ、あれはゴブリンの上異種で、この辺では滅多に出くわさないそうだ。
普段は森の奥の方を住処にしているのだと。他にも、ホブやらリーダーやら名前に付いた奴が沢山いるそうである。
もしも、それらに出会ってしまったら、ミゲルさんにお任せしよう。
途中、干し肉と水で昼食を済ませる。味は薄かったが、噛めば噛むほど旨みが染み出してきて、不味くはなかった。
動きまくって喉が渇いていたので水も美味い。煮沸消毒をしているそうなので、腹を壊す心配もない。でも、飲み過ぎないように注意はしておく。
午後の分も残しておかなければならないからだ。
食事が終わったら、直ぐに狩りを再開する。
時折、二体相手に戦ったりもしたが、苦戦らしい苦戦はしなかった。
武器とそれなりの知能を持っているので、気を付けないといけない部分も多いが、こちらに気付いたら迷わずに逃げる獣よりも狩りやすいのである。
仕留めたゴブリンの死体は放置する。
使える部分はないそうだ。森の動物が処理してくれるので、そのままにしておいても、疫病の発生源とかにはならないとのこと。
ドロップ品は使えそうな物だけ回収する。
とはいっても、落とすのは石を研いで作った刃物や、錆びた鉄製の道具ばかり。
潰せば何かの材料になるからと、鉄製品は持って帰るのだが、それを持つのはミゲルさん。
重くて、俺では持てないのである。恐らく俺とミゲルさんでは、能力値に十倍以上の開きがあるので、この役割分担も仕方がない。
石製の武器などは、他のゴブリンが手にしないように埋めた。
「調子に乗って殺しまくりましたが、森の生態系とかを壊したりしませんよね?」
人間余裕が出てくると、余計なことが気になるものである。今更になって自然を気遣うような発言をする俺。気になったものは仕方がない。
「それはないな。寧ろそれを気にするのなら、ゴブリンはもっと狩りまくれ。あれは放っておくと馬鹿みたいに増えて、森のバランスを壊すからの」
要らぬ心配だったようだ。逆にもっと殺せとのお達しである。
「ゴブリンって、そんなに繁殖力が強いんですか?」
「うむ。寿命は短いが子沢山でな、大体三ヶ月で大人になるからの。定期的に駆除しないと、増えすぎて森の外に出てくる奴が現れるんじゃよ。そいつが近くの村や町に迷い込むと危険じゃ。いくらゴブリンが弱いとはいえ、家畜や子供よりは強いからの」
日本でも、都市部に猿が一匹迷い込むだけで大騒ぎになる。それと一緒だ。いや、得物を扱うゴブリンならもっと質が悪いか。
だったら確かに率先して駆除すべきである。憂いもなくなった。
「俺のしていることが、村にとって意味のある行為だと知って、少し安心しました」
つまりこのレベル上げ作業は、村に貢献することになるのだ。
無駄飯食らいにならなくて済みそうである。
「ふふ、儂の手伝いをしておるようなもんじゃからな。間違い無く、おぬしは村の役に立っておるよ」
「まあ、手助け無しで初めて、本当に役に立った事になる。というのは理解してますけどね」
ミゲルさん一人でなら、もっと沢山狩れただろうから。
「最初はどうなるか不安じゃったが筋は悪くないし、その調子なら、直ぐに一人で彷徨けるようになるさ」
「そうなれるよう精進します」
「おお、頑張れ。ところでレベルは上がったかの? レベル1であれだけ殺せば、普通なら三か四は上がると思うんじゃが、どうなんじゃ?」
「……えーと、ちょっと待って下さい」
自分のステータスを見る。
[レベル]1
[名前] 久世覚(サトル=クゼ)
[種族] 人間
[性別] 男
[年齢] 20
[職業] 無
[生命力]79/120
[魔力] 5/5
[創力] 82575
[筋力] 16
[耐久力]11
[精神力]15
[抵抗力]7
[俊敏] 13
[器用度]10
[技能] 【共通語】【可視化】
[固有技能]【豊穣の理】【生贄選定】
レベル変化なし。
世界はいつも俺に厳しい。
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