第四話 何が見えたのか

 あれから二時間ほど歩いて森を抜けた。


 見えたのは一本道。それに沿って、更に三十分くらい歩く。

 そしてやっとのことで村に着いた。

 名前はトリエル村。


 沢山の畑に、ぽつぽつと立ち並ぶ石造りの家。

 絵に描いたような田舎の村であった。

 道中、豚や羊の家畜の姿を目にする。馬もいた。特に奇妙な色や形はしていない。

 畑の作物も見覚えのあるものばかり。良かった。食文化で酷い事にはならなそうである。

 よく見ると、畑仕事をしているのは年寄りばかりだった。若い人の姿が少ない。

 都会にでも出て行ったのか、戦争でもあって徴兵されたのか?

 後者の場合は、早急に対応しないといけないことが増えるので、勘弁して貰いたいのだが。

 だから理由を聞いてみた。そして分かったのは、成人した若者の多くは、山脈を超えたところにある大都市へと出て行った、ということだった。

 俺はその理由に心の底から安堵した。

 村の人口は千人程度。村としてはかなり多い方らしい。

 ある程度年を取ってから村に戻ってくる者も多いからだそうだ。

 そんな村の中心部辺りにある一軒家に、俺は来ていた。

 老人の家である。割と大きくて立派な造りだった。

 まずは、その家に上がる前に、裏庭に連れて行かれて水浴びをさせられた。

 流石に血塗れで家に上がるのは遠慮して貰いたいようだ。それは当然である。

「服を全部脱いで、そこの井戸の水を使って身体を綺麗にしてくれ。着替えは用意する。おっと、そうだ。それの使い方は分かるか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 井戸の水の汲み上げには、手押しポンプが使われていた。

「それじゃあ、着替えを取ってくる」

 そう言って老人は家に入っていった。

 一人残された俺は、さっさと服を脱ぐ。

 そしてトランクス一枚の姿になると、桶に汲んだ水を頭から被り、身体の汚れを落とす。

「手押しポンプね。予想していたよりも技術水準が高いな。こんな世界だと魔力を使った技術に傾倒しそうなもんだが、科学的な発想を持った奴がいるんだな。もしくは俺のような奴が……まあ、考察は後でいいな」

 頭を過ぎった、とある考え。技術の出所。

 それは、これから、この世界を見ていけばハッキリするだろう。

 身体を洗った後は着替えである。

 渡されたのは、青い上着に白いズボン。

 老人の息子が昔着ていたという服だそうだ。特質すべきのない布製の服。少し肌触りがごわごわしているが、着心地は悪くはない。サイズも問題はなかった。

 血塗れの服は、洗ってくれるそうである。

 こうして小綺麗になった俺は、やっと老人の家に上げて貰えた。

 案内されたのは来客用の部屋。赤い絨毯に白い壁。銀と木目で統一された調度品の数々。部屋の真ん中には、ブラウンのソファーとテーブル。中々に品の良い内装であった。

 そんな客間には、俺と老人以外に、もう一人の人物が存在した。

 黒いローブに黒いスカート。赤い宝石の嵌った銀色の頭飾り、確かサークレットだったか? を着けた、占い師のような格好をした女性だった。

 二十歳の俺と同じくらいか、一つか二つ上だろうか。若い。

 身長は百六十センチ程度。体型は細身だが、出ているところは出ている。

 パッツリと綺麗に切り揃えられた、長くて艶やかな黒髪。髪の色とは対照的な白磁のように白い肌。伶俐な輝きを灯す碧い瞳。スラッと整った顔立ち。中々の美人さんである。

 一体誰なんだ? 何の目的でこの場にいるのだろうか。

 彼女は一瞬こちらを驚いた表情で見た後、表情を戻して会釈してくる。

 その態度が気にはなったが、こちらも軽く頭を下げ返すに留めておいた。

 老人が紹介してくれるだろうから、まだ話し掛けないでおく。

 我ながら枯れているが、これほどの美人を見ても特に食指は動かない。

 今は兎に角、この世界の情報が欲しい。人物の情報なんぞ後回しだ。

 早く森で中断した話の続きを始めたかった。

 だがその前に、大事な事をし忘れていたのに気付く。

 言語スキルのごたごたで、お互い自己紹介をしていなかったのである。

 ステータスが見える故の弊害もあったと思う。

 既にお互いの名前を知っているのだが、礼儀として名乗りは大切である。

「あー、すまぬ。名前を言うのを忘れとったな。儂の名はミゲル。ミゲル=ソートランじゃ。この村のまとめ役みたいなことをしておる」

 つまり村長である。でもってここは村長宅。立派な造りの筈だ。

「こちらこそすみません。俺の名前は久世覚、えーと……サトル=クゼです。サトルでも、お前でも、好きなように呼んで下さい。俺はミゲルさんと呼ばせて頂きます」

「うむ、分かった。で、サトルよ、おぬしも先程から気になっているじゃろう、この黒い油虫みたいな格好したのは、儂の孫娘じゃ。ほれ、自己紹介せい」

 確かに真っ黒な出で立ちだとは思うが、酷い例えの仕方である。

「黒い油虫とはなんですか……。これは由緒ある魔術師の格好なのですよ? まったく。あ、失礼しました。ラセリア=ソートランです。この村で唯一、魔術師を生業とさせて頂いている者です。お気軽にラセリアとお呼び下さい」

 透き通って、しっとりとした声音。ミゲルさんの発言に、怒ってはいても声は荒げない。淑やかで、落ち着いた女性のようだ。

「これは、ご丁寧なご挨拶をどうも。こちらもお気軽に、サトルとお呼び下さい」

 と、頭を下げながら言う俺。これで部屋の中にいる全員と挨拶を交わした事になる。そしてそれは、この広い家の住人全てと、顔を合わせたということでもあった。

 ミゲルさんがそう言ったのだ。この家に住んでいる人間は、これで全てだと。

 元々は、ラセリアの両親であるミゲルさんの息子夫婦も、一緒に住んでいたそうである。

 しかし十年前に流行病で他界。

 現在は残された一人娘のラセリアと、二人静かに暮らしているのだそうだ。

 とまあ、そんな彼らの事情は置いといて。

「それでラセリアさんは何故この場に? 魔術師というのが関係しているのですか?」

「呼び捨てにしてもらって結構ですよ。同じような年齢のようですし。あ、私二十才です」

「えっと、俺も同い年二十才です」

 だったら遠慮なく呼び捨てにとラセリア。割とフレンドリーな女性のようだ。

「それで、ここにいる理由ですけど、私も急に呼ばれて来ましたので、詳しいことは存じておりません。お祖父様、説明して頂けますか?」

 彼女も自分の役割を分かっていなかったようだ。俺はミゲルさんの方に顔を向ける。

「ああ、これからスキルや、この世界の常識について、サトルに教えないといけないのじゃ。ラセリアには、その手伝いをして貰おうと思ってな。その紹介じゃ。魔術師のお前なら儂などよりも、その辺りの説明はちゃんとできるじゃろう?」

 なるほど。教師役か。

「世界の常識をサトル様に、ですか? えっと、どういうことなのでしょうか? 差し支えなければ事情をお聞きしても?」

「ええ、ミゲルさんの親族なら問題ないでしょうから、お話します」

 森の中でミゲルさんにしたように、ラセリアにも俺の事を説明する。

 俺の話が終わると、彼女は申し訳なさそうに聞いてきた。

「気を悪くしないで頂きたいのですが、それを証明する何かを、お持ちでしょうか?」

 疑うことは別に悪い事ではないので、俺も気にしない。

 むしろ予想される当然の質問である。なので、用意していた答えを返す。

「俺の着ていた血塗れの服くらいしかないですね。材質や製法を調べてもらえれば、としか」

 化学繊維とか、こちらの世界に存在していないと思うので、それなりの証拠になるのではないだろうか。サバイバルナイフの方も調べて貰えば、何かの証明になるかもしれない。

「確かに見たことのない造りの服じゃったな」

 ミゲルさんも後押ししてくれる。

「まあ、では本当に?」

「能力を見させて貰え。また【看破】で覗くことになるが、いいかサトル?」

「は? ええ、どうぞ。使えるのなら一々聞かなくてもいいですよ」

 ラセリアも【看破】を使えるのだろう。勝手にどうぞと俺。

「そうもいかんのじゃよ。森の中では緊急事態という事で使ったが、本来は、大した理由も無く、勝手に他人の能力を覗くのはマナー違反なんじゃよ」

 それは駄目なのだと説明するミゲルさん。スキルを使うのにもルールがあるらしい。

「あ、そうなんですか? 確かに、知らない内に自分の能力見られるとか、怖いですもんね」

 異世界でも個人情報を勝手に見るというのは、まずい事のようだ。そういう価値観があるのが分かって少し安心する。

「一応【隠蔽】などの防諜スキルもあるので、簡単には覗けないのですけどね。それでも他人に向かって理由もなくスキルを使うという行為は、それがどんなに無害なものだとしても、失礼に当る行為なのです」

 納得である。好き勝手に、超常の力をぶつけ合うなんて真似を許しては、まともな社会を形成できない。

「考えてみれば当然ですね。念のために聞いておきたいのですが、このスキルを使ったら駄目とか、法律で決められたりしているのですか?」

「難しい質問ですね。場所や地域によるとしか答えられません。無断で人にスキルを使ってはいけないと言ったばかりでなんですが、状況次第では、こっそりスキルを使わざる得ない時もあるでしょうし、意図せずに発動するスキルも数多く存在します。なので、厳格には決められないのだと思います」

 無断でのスキル行使もケースバイケース。それと常時発動スキルや、自動発動スキルの存在が、スキルを法で縛るのを妨げているとのことだった。

「基本的には、本人の道徳心に委ねられる、と」

「そのように思って頂いて構いません。ということで、サトル様の能力を見させて頂いてよろしいでしょうか?」

 モラルの話は一区切りして、ラセリアは【看破】の許可を求めてくる。

「はい。証明の助けになるかどうか分かりませんが、遠慮無く俺の能力を見て下さい」

「それでは失礼して――」

 碧の双眸が瞬く。スキルを発動しているのだろうが、俺には何も感じ取る事は出来ない。

「……見えましたか?」

 果たして、その反応は?

「ええ。これは……まあ、なんといいますか、随分と……ええと、個性的な?」

「あはは……ハッキリ言ってくれてもいいんですよ?」

 やはり、この世界では相当終わっている能力値のようだ。

「凄まじく残念な能力値じゃろう? 出会ったときは【共通語】も無かったのじゃぞ」

 歯に衣着せぬ物言いのミゲルさん。こっちは少しくらい遠慮しろと。

「それでは完全な無の……いえ、あの、レベル1にしては、能力値は高い方ではないかと」

 失言を避け、ラセリアがフォローしてくれるが、何の慰めにもならない。人並み以下と思っているのは変らないのだから。

「……お見苦しいものを見せてしまったみたいで、すみません」

「そ、そんなことありませんよ!」

 だが、それが現実である。

「で、少しは信じて頂けましたか?」

「確かにこれは……この世界で生きてきた人間のものとは思えないですね」

 と、結論付けるラセリア。全部をとは言わないだろうが、信じてくれたようである。

「そんなわけで俺には能力も、知識も、行く当ても無い状態でして……」

「ええ、それは大変ですよね。そうですか異世界からの……」

 ラセリアは俺の両手を取って、じぃっと両目を見詰めてくる。

「あの……ラセリアさん?」

「だから、さん、はいりません」

「は、はぁ……」

 彼女のそれは、捨て犬を拾った子供の目だった。

「そういう事でしたら、私も出来る限り協力させて頂きますね。行くところがないのでしたら、この家に滞在すればよろしいでしょう。部屋も余っていますし一人増えたところで問題ありません。お祖父様もよろしいですよね?」

 俺がチワワにでも見えるのか、目に浮かぶは同情と憐憫。それと好奇心?

「お前が『見て』そう判断したのなら、儂からは何も言う事はない。空いてる部屋を好きに使えばいい」

「はい。では、そうさせて頂きますね。ということですサトル様」

「ありがとうございます。このご恩は何時か必ずお返ししますので」

 頭を深く下げて二人に礼を言う。

 同情でも哀れみでも受け入れよう。そう見られても仕方のない立場だ。

 それに残念すぎたお陰で、図らずも住むところが確保できた。

 人との出会いから、ここまでの状況を見た限り、決して俺の運は悪くない。

 いや、異世界に跳ばされる時点で、運が良いとは言えないか。

「お気になさらず。サトル様。これからよろしくお願いしますね」

「ま、分からん事があったら、遠慮せずに聞け」

「はい、ミゲルさんもラセリアさ……ラセリアも、これからよろしくお願いします」

 こうして俺はソートラン宅で暮らす事が決まったのであった。

 そして今後、俺はどうするかを話し合う。

 結論としては、暫くは勉強と訓練に時間を費やすということになった。

 ミゲルさんと森へ狩りに行くか、ラセリアと勉強するかである。

 あと手伝える仕事があったら、それをやるということに。

 方針を決めて、話し合いはお開きとなった。

「では、お部屋にご案内しますね」

「どうも、お手数掛けます」

「あ、そうだ。ちょっと待てサトル」

 ラセリアに連れられて客間を出ようとする俺を、ミゲルさんが引き留めた。

「何ですか?」

「おぬしも自分の能力を把握出来た方かよかろう?」

「できるなら、そうですね」

「ならば、取り敢えず【可視化】も習得しておけ。自分で出来ないのなら手伝ってやるぞ。方法は森の時と同じじゃ」

 基本スキル【可視化】は、最も簡単なスキルであり、少し念じるだけで誰でも出来るようになるそうだ。

「……無理ですね」

 が、俺には出来なかった。なので老人にお願いする。

「ほんと、自分では何も覚えられぬのじゃな」

「……」

 悲しいが何も言い返せない。出来の悪い子供を哀れむかのような老人の言葉に、俺は密かに傷付きながらも無事に【可視化】を習得した。

 これは自分の能力を、己が理解出来る形で、見る事が出来るようになるスキルである。

 説明されずとも自然と使い方が分かった。

 この世界では大したことのない能力でも、地球にはない未知の力である。少しワクワクしながら早速使ってみた。

 そしたら目の前に、半透明な水色の四角。ステータス・ウインドウが現れた。

 一番理解しやすい形。親しみのあるゲームのそれが出たのだろう。確かに見やすい。

 そこに表示された自分の能力値はこうだった。


[レベル]1

[名前] 久世覚(サトル=クゼ)

[種族] 人間

[性別] 男

[年齢] 20

[職業] 無


[生命力]109/120

[魔力] 5/5

[創力] 31042


[筋力] 16

[耐久力]11

[精神力]15

[抵抗力]7

[俊敏] 13

[器用度]10


[技能] 【共通語】【可視化】

[固有技能]【豊穣の理】【生贄選定】


 ウインドウは、視界の邪魔にならないように、位置を自由に動かせた。

 表示と非表示の切り替えも一瞬で出来た。そしてこれは、他人には見えないらしい。

 スキルの調子を確かめた後、改めて数値を見ていく。

「見えましたか?」

 ラセリアが確認してくる。

「ええ……それで、この数字って、どこまで信憑性があるんですか?」

 気になる表示が多々あるが、それは後で考えるとして、今は無難な質問から。

「小数点は表示されませんし、体調によっても変動しますので、あくまでも大凡の目安として捉えた方が良いでしょうね」

「じゃな。人の全てを数値で表せる訳がないからの」

 なるほど、体力測定の数値みたいに考えればいいか。何にせよ、能力の値が見えるというのは自分を鍛える際には役に立つ。

「一般男性の平均値とかわかりますか?」

「え~と……10が平均値だった筈です。レベル補正を抜かした場合の話ですが。普通に生活していても、成人するまでにレベルは15くらいまで上がるので」

「そもそもレベルって何ですか? いや、分かってはいるのですけど、念のためにお聞きしておこうかなと」

「認識がずれていたら困りますものね。ええと、レベルとは存在の格を示すものであり、自己を強化した回数でもあります」

 特に捻りはない答え。つまりレベルは高いほど良いという事だ。

「レベルはどうすれば上がるのですか?」

「日々の修練じゃな。あとは魔物とか、魔力を持った存在を狩るという方法か。レベルだけを上げるのが目的なら、狩りの方が効率は良いの」

 経験値的なものが得られるのだろうか? 理由を聞いてみる。

「相手が持つ力の残滓を吸収するんじゃ。魔物の強さに応じて一気にレベルが上がるぞ」

 予想は当たりのようだ。これからは狩りでのレベル上げ作業が確定か。

「レベルを一つ上げた時の、能力値の上昇はどのくらいなんですか?」

「生命力と魔力の値は約10から50の間くらい、その他の値が1から5くらいの間で上がりますね。才能のある分野ほど大きく上がります」

「ほうほう。ということは、そこらの一般人でも50前後の能力値があるのか……」

「ですね」

 是非とも村人とは仲良くしておこう。喧嘩は絶対にしない。軽く小突かれただけで死んでしまいそうだ。

 取り敢えず、これで無難な質問は終了した。

「他にお聞きしたいことはありませんか?」

「すみません。ちょっと、待って下さい。考えを纏めますので」

 問題はここからである。

 創力に固有技能だと? 何だこれは? 生贄とか物騒な単語が嫌でも目に入る。

 看破系のスキルもないのに簡易ステータスが見えたのも、この辺りが原因か。

 創力の部分に至っては万の値を超えてるが、何を示す数値か分からないので、これが高いのか低いのかも分からない。

 創る力? 魔力の事じゃないのか? って、俺の魔力は5か。ゴミだな。

 二人が、これらについて触れなかったということは、もしかして見えてない可能性もある。

 だとしたら隠すか? しかし、下手な隠し事は信用問題にも関わる。

 さてどうするか?

 十秒ほど考え込んだ後に、俺は一つの結論を出した。

「ええ、とくにありません」

「そうですか。ではいきましょう」

 棚上げすることにした。

 明日考えることにする。


 今日はもう疲れた。

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