第三話 言葉の壁は簡単に
ここまで分かった事を箇条書きにしてみよう。
見知らぬ森の中。
怪物がいる。
簡易ステータスが見える。
魔法みたいなものが存在する。
ミゲルという名の老人と遭遇する。
老人のレベルは64なので武力衝突は論外。
コミュニケーションをはかる。
だがしかし言葉が通じない。今は、ココである。
「どうしたもんか。ここらの事情に詳しそうだし、色々と尋ねたいんだけどなー」
俄然、有力となった別の世界に跳ばされた説。
様々な問題が発生する中、異世界説の補強材料だけが増えていく。
勘弁してくれ。
「#$、&#%$%#$&、#$#%%&%」
「あ~、やっぱり何も分からん」
幾度か互いに言葉を交わしてみるも、知識に引っ掛かる単語は何一つなかった。
ここまでで、意思の疎通に貢献したのはジェスチャーのみである。
老人も困ったように頭を掻いている。
「幸い、悪い人物ではなさそうなのが救いだけど……」
これまでの表情や仕草で、人の良い性格であるのが伺えていた。
そんな老人が、不意に俺の顔をジッと見詰めた後、驚いた表情をする。
一体どうしたというのだろうか?
勢い込んだ調子で身振り手振りをする老人。
彼は自分の左手を指さした後に、俺の額を指さすという行為を繰り返す。
「ん? 何が言いたいんだ? 俺の額に……手を当てる……こうか? え? 俺の手じゃない? まさか爺さんの手か?」
何度か、ジェスチャーで遣り取りして分かった事。
恐らく老人は、俺の額を手で触れても良いかと、言っているようであった。
何の意味があるのか分からないが、魔法らしきものがある世界で、それを許すのは迂闊だという思いもある。
だが、俺には現状を打破する手段がない。
「ここまできたら、この人を信じるしかないよな。害を加えるつもりがあるのなら、回りくどい真似をする必要はないわけだし」
老人がその気になれば素手で俺を瞬殺出来るのである。それをしないのだから、これも大丈夫の筈だ。
なので許可する。やってくれと老人の目を見て頷く。
相手もそれで理解したのだろう。ゆっくりと大きな手を近付けてくる。
そして俺の額に触れた老人は、何かに集中するかのように目を瞑った。
一体何をするのだろうか?
「――っ!? これは」
不可視の奔流。
老人の手の平から、そんな何かが流れ込んできたのである。
頭の中に水が流れ込み、風が吹くような感覚。苦しさや不快感はない。
そして俺は理解した。
触れたときと同じく、そっと手を離した老人が口を開く。
「儂の言ってる事が分かるかね?」
勿論分かる。
「ええ……理解出来ます。俺の言葉も通じてますか?」
なので俺も、こちらの世界の言葉で返した。
「ああ、特に問題ないよ。ちゃんと話せている。無事に【共通語】を授けられたようだね」
そうなのである。この老人が施した何かで、俺はこの世界の言葉を理解出来るようになったのである。
「……その、ようですね。ありがとうございます。で、これは一体どういう理屈でというか、俺に何をしたんですか?」
礼は忘れずにしておく。そして何をしたのか率直に聞く。
己の身で直に味わった超常体験。何周もした驚きが、逆に俺を冷静にさせていた。
「儂の魔力を簡単な術式を組んで、おぬしに流し込んだだけじゃよ。そうすることで魔力の持ち主が使っている言語が理解出来るようになる。簡単なものだけじゃがな。本来これは、何時まで経っても言葉を覚えられない子供に施すものなのだがの……」
魔力ですかー。
遂に他人の口から出て来たファンタジー用語。
意固地になって否定する必要もないので、今は受け入れていくことにする。
疑問があったとしても後で聞けばばいい。
「つまり知識の劣化コピー? その、誰でもそんな事が出来るんですか?」
「それなりに魔力量を操作する技量が必要なんで、誰でもとは言わぬが、魔力技能を持った者なら、誰でも出来るじゃろうな。あとは相手に精神抵抗されなければの」
魔力を扱う基礎が出来ていれば良いらしい。
この事は重大な情報を含んでいた。
魔力とやらを扱う者達は、他人の知識に、詰まりは人格に干渉出来るという事だ。
「なるほど。えー、ぶっちゃけて聞きます。魔力とは何ですか?」
圧倒的に知識が足りない。有利に立ち回る手札もない。
ならば愚直に情報を集めた方が吉と出るものだ。
「は? 魔力は魔力としか言えんのう。魔法技能を使う力? うむむ……改めて説明しろと言われても困るな。変な事を聞く奴じゃのう」
「あはは、すみません。でも何となく分かりました」
魔法を使うという説明で、どのようなものか想像は付く。それこそゲームでよくある超常エネルギーとか精神エネルギーみたいな感じのものだろう。
「…………どうやら、おぬしは普通の育ち方をしてないようじゃな。場合が場合だったからの、悪いが儂の【看破】で能力を覗かせて貰ったが、その歳で【共通語】の技能も無しで、レベルも1とか異常じゃぞ?」
当たり前に飛び出してくる技名だか能力名。この何とも慣れない状況で新たな疑問。
「え? 俺の能力が見えるのですか? 俺ってレベル1なんですか?」
他人のステータスが見えるのは、俺だけではないらしい。
良かった。これで自分の頭がおかしくなった説が消えた。
同時に、みんなで仲良く狂っている説が浮上したが、話が進まなくなるので無視する。
で、どのように表示されているのだろうか? 自分のは見えないから気になる。
「儂は技能レベル4の【看破】を持っているからの。というか、自分のレベルくらい分かるじゃろうに……いや、まて!? まさか【可視化】も持っておらぬのか!? 基礎の技能すぎて無いのに気づかんかったわ!」
様子がおかしい。どうも俺が無能過ぎて驚いているみたいだ。
字面だけで見ると悲しくなるが、老人の言う能力は明確な形の何かのようである。
俺が他人の名前やレベルを見れるのは、まだ黙っておいた方が良さそうだ。
「あの、さっきから言ってる【看破】とか【可視化】って、なんですか? いや言葉の意味自体は分かるのですが……」
「その名が示す能力を持っているということじゃよ」
「特殊能力の名前ってことですか?」
「そこから説明せにゃならぬのか。ま、その認識で間違ってはおらぬがな。ここでいう
老人がニュアンスを変えて言ったわけではなく、俺が意味の違いを自覚したことが原因だろう。『技能』という言葉が、『スキル』という言葉に変換されて聞こえる。
図らずも実感する【共通語】のスキル効果。翻訳機能もあるのか。
「自力で得た能力と、与えられた能力ってことですね」
「そうじゃ。因みに加護でスキルを得られる人間は極僅かじゃ。それらは英雄と呼ばれる者が持っていることが多いの」
老人に持っているのか聞いたところ、加護は持っていないと答えた。
本当かどうか分からない。何故なら最後に、何のスキルを持っているのかは、無闇に他人へ教えるべきではないと言ったからだ。
まあ、当然ではある。
「そうですか。色々と教えて頂いてありがとうございました。勉強になりました」
「全部、子供でも知っているような常識なんじゃがな。そんな事も知らないとはのう」
「はは……」
「もう無視出来ないくらいにおかしいから、単刀直入に聞くぞ。おぬしは何者じゃ?」
始めてみせる鋭い目付き。後ろに倒れそうになる程の圧力を感じる。
心にやましい事がある者なら、言い訳も考えずに逃げ出すだろう。
「隠すようなことはないのでお話しますが、俺にもよく分ってませんよ?」
虚勢を張って俺は冷静に答える。この重圧に悪意や害意がないのは分かっている。何より、心だけは何者にも屈さないと決めて生きて来た。
そんな俺を見て、老人は笑みを浮かべながら言った。
「ふふ、まずは話を聞いてからじゃ」
「はい、では――」
未知の世界の格上。ならば開き直るくらいに堂々と。
無駄に相手を警戒させる危険もあったが、復讐で人を殺したことも含めて、正直にこれまでのことを話した。
途中、軽い質問を受けながらも、気が付いたらここにいたという結末で話を終える。
「地球? 聞いたことがないな。ということは、おぬしは別世界の住人ということか?」
「に、なるんですかねぇ?」
この世界の名はオルティナというらしい。勿論、初めて聞く名前である。
で、この場所はリーディアという国内にある、緑渦の森と呼ばれるところだそうだ。
「俺の顔立ちや黒髪黒目が珍しいとかはないですか?」
「ここらでは兎も角、海向こうの国でよくある顔立ちじゃし、髪と目の両方が黒というのは、珍しいといえば珍しいが……全くいない、というわけではないの。孫も似たような色じゃし」
「……そうですか」
外見で異世界人の説得力を持たせるのは無理のようだ。
「う~む……」
驚くというよりは胡散臭げな表情。それも仕方が無い。俺だって信じられないのだから。
なお、復讐で人を殺した件については、仇を討てて良かったなと祝福された。
野蛮というと語弊はあるが、そういう価値観の世界みたいである。少し昔まで仇討ちは文化は日本にもあったし不思議ではない。
「本当に別の次元、別の星なのかは分かりかねますが、俺のいた世界にあんな魔物はいませんでした。魔力やスキルなんてものも」
「信じられんが、信じるしかないのじゃろうな。おぬしの残念な能力値を見る限り」
「……」
その言い方は止めて欲しい。努力してこなかった人間みたいに聞こえるから。
「これから、どうしたらいいでしょうね?」
元の世界に帰る手段とかあるのだろうか? 帰りたいかどうかは別にして。
戻れば俺は犯罪者。自分以外の家族は全て死んでいる。
復讐のやり残しが気には掛かるが、その方法が思い浮かばない状態。
なので、今すぐ元いた世界に戻りたいとも思わない。
じゃあ気楽に、この世界での生活を楽しむか? というと、そうもいかない。
こっちでの生活基盤が無いからだ。
今のままだと、森でサバイバル生活するしかない。その場合、ゴブリン数匹程度なら何とかなるが、大型の野生動物やモンスターとか出たら流石に死ねる。
これからについて考えると、頭を抱えるしかないのであった。
「異界からの迷い人か……放っておくわけにもいかんか。仕方無いの。儂の住んでる村まで連れて行こう。いい加減、こんなところで長話をするのもなんじゃしの。話の続きは、それからにしようではないか。どうじゃ?」
こんな俺に、老人からの思いがけない提案が。
行く当てもないので、願ったり適ったりの展開だった。
だが、提案に直ぐには飛び付かず、慎重に確認する。
「自分でいうのも何ですが、いいんですか? こんな胡散臭い血塗れの男なんて連れて行っても? 他の住人を怖がらせたりしませんか?」
地球よりも生きるのが厳しめで、暴力上等と思われる世界観にある村だ。
排他的な可能性が高い。
独自のルールが横行する領域かも知れない。
そこへ入り込む異物の俺。
無視される程度ならよいが、不安による暴発行動で殺されたくはない。
「人を見る目はあるつもりだ。おぬしは、不義理な真似をするような男には見えん。儂が大丈夫と言えば他の村人も納得する。心配するな」
といっているので、信用するしかない。
「仮におぬしが極悪人でも、どうとでも対処出来るしの。誰も怖がらんよ」
「さいですか。では、よろしくお願いします」
確かに、レベル1の無能で住所不定無職。恐れられる要素を探す方が難しい。
「それじゃさっさと行くぞ。ついてこい。おぬしの服に染み付いた血の臭いで、変なのが寄ってこんとも限らんからの」
「ああ、だからゴブリンが次から次へと……あれ、じゃあ何で、今は何も寄ってこないんですかね?」
割と長い時間ここにいるが、獣一匹寄ってこない。
「儂がいるからじゃな。レベル差を本能で感じ取り雑魚は逆に逃げる。だが、そうでない場合は――分かるな?」
このレベル64の老人とやり合える強さを持った大物な訳だ。
「分かりました。早くここから離れましょう。そして村に行きましょう」
「それが賢明じゃな」
こうして俺は、老人が暮らす村へと向かうのであった。
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