14話 GW開始

「ねえねえ、みく姉いつ来るの?」


 迎えたGW初日。

 結局初日から最終日まで泊まっていくことになった深玖流の来訪を待ちきれない優香は朝起きてからずっとそわそわとしていた。


「朝から来るとしか聞いてない。まあでも、そろそろ来るんじゃないか?」


 時計に目をやると、現在の時刻はもう少しすれば11時になるかどうかといったくらいの時間だ。

 昨日までにどれだけ準備を済ませているのかはわからないが、休日に起きた深玖流が最終的な確認や家にいない間のことへの対応を済ませたとしたらそろそろ来てもおかしくはない。


「噂をすれば、か?」


 そんなことを言っていると誰かの来訪を告げるチャイムが鳴った。


「私行ってくる!!」

「はぁ……」


 訪ねてきたのが深玖流だという確証もないのに優香はリビングを飛び出して行ってしまう。

 念のために玄関に向かうと心配は杞憂だったようで、扉を開けた優香に出迎えられている深玖流の姿があった。


「あ、やっほー。彩人」

「今回もまた随分大荷物で来たな……」


 深玖流の横には大きめのキャリーバッグが一つとそれよりは一回り程小さい鞄、そして普段から使っているのをよく見る鞄が置かれていた。


「持っていくもの色々選んでたらいつの間にか?ほら、泊めてもらってる間にわりと出掛けるし」

「だとしても、だろ。今回は何持ってきたんだか……」

「そこはまあ、お楽しみにってことで」

「ほらお兄ちゃん!早くみく姉の荷物運んであげて!」

「じゃ、彩人はこれよろしく」


 優香に便乗して深玖流は迷わずキャリーバッグを差し出してきた。ここまで持ってこれたのだから深玖流一人で運ぶこともできるはずだが、今この場で俺の立場はすごく低いので抵抗することなくそれに従う。


「じゃあいつもの部屋に運んでおくぞ」

「あ、待って待って。私も一緒に行く」

「みく姉、私も何か持ったほうがいい?」

「ううん、大丈夫。優香ちゃんはテレビを付けて待っててくれると助かるかな」

「はーい!」

「……大荷物の理由はそれか」

「うん、そういうこと」


 深玖流の発言を聞いて俺は荷物が増えている原因の一つを察した。予想通りなら荷物が大がかりになってもおかしくはない。

 まあ、それを加味しても今日の深玖流の荷物は量が多いので、何を持ってきたのだか。


「ほら彩人、行くよー」


 すっかり勝手知ったる調子で俺よりも前を歩いて目的の部屋へとたどり着く深玖流。そのまま扉を開けて部屋中へ入ると、適当なところに自分の運んできた荷物を置いた。


「彩人ー、そっち開けて今いる物出してくれない?」

「……お前、こっちがおまけの荷物かよ」


 言われた通りにキャリーバッグを開け、中を見るとそこには少し前の世代の据え置き型のゲーム機とその周辺機器とカセット、携帯型ゲーム機一式、深玖流のお気に入りのぬいぐるみ、その他遊ぶために使うであろう物がたくさん入れられていた。


「いくらなんでも多くないか?」

「せっかく泊まりに行くんだし、彩人と優香ちゃんとやりたいもの色々入れてたらいつの間にか?まあ、使わないのがあったらそれはそれってことで」


 だからと言ってその荷物だけで大きなキャリーバッグ一つ使うのはどうなんだと思わなくもないが、久しぶりに 遊べるからそれだけ浮かれていたのだろう。


「あ、そうだ。彩人」

「ん、何だ?」

「私、泊まってる間彩人の前は結構気を抜くつもりだから先に言っとくね」

「俺が言うのもどうかとは思うけど、リフレッシュしてくれ」

「ほんとにね。昔のあたしにそれ言ったら何要求されるかわかんないよ?」

「できる範囲なら礼はするから許してくれ」

「やった!言質取ったからね」


 今の深玖流に対して言った言葉ではなかったのに、何かお礼をすることになってしまった。

 その場のノリで会話をしているだけだからこのことを深玖流がすぐに忘れてしまう可能性も考えると、覚えていて何か要求される可能性としては五分五分くらいだろうか。


「何してもらうかは後で考えよっと。ほら、優香ちゃん待たせてるし行こ行こ」

「はいはい」


 二人で持てるだけの物を持ちリビングへと入ると、すっかり待ちくたびれたのかジュースとお菓子を好き放題に机の上を広げて自分だけで堪能している優香の姿があった。


「みく姉とお兄ちゃんおっそーい!」

「そこまで待たせてないだろ……というか、準備してから手をつけるまで早すぎるぞ」

「お母さんいないんだからいいでしょー」

「あ、そういえば花穂さん見てないや。出掛けてるの?」

「せっかく深玖流が来るんだから親のことを気にせず遊べるように出掛けるんだと。あ、母さんからついでの伝言。キッチンには色々揃えたから好きに使ってくれってさ」

「あ、了解。それなら期待に応えないとね」


 母さんが出掛けた理由は俺達が何遊べるように気を遣ったというのが確かにあるのだろうけど、深玖流が料理を作るのも大きいのだろう。家事を一つやらなくてよくなるのならそれだけ自由な時間を確保することもできる。


「みく姉のご飯楽しみー!」

「優香ちゃんの為にも頑張っちゃうよ」

「まあ、飯の話はあとでもいいだろ。それで、どれやるんだ?」


 ゲーム機をテレビに繋いで準備をしながら、深玖流の持ってきたカセットに目を向ける。そこにはアクション系の対戦ゲームやレースゲーム、パーティーゲームのメジャーなものから所謂マイナーなものまで多くの種類が用意されていた。


「んー、まあやっぱりこれ?優香ちゃんも一緒だからわいわいできる方がいいと思うし」


 そう言う深玖流が選んだのはパーティゲームだった。

 レースゲームやアクションゲームは運でカバーできる要素もあるものの、やっぱり実力差が出やすい。その点、パーティーゲームなら運で決まる要素も多く、いい勝負ができる。


「みく姉にお任せー」

「じゃあ決まり。彩人は私か優香ちゃんに負けたら罰ゲームってことで」

「おい、普通は最下位の誰かがとかだろ。あとな、お前に負けたらは普通に可能性高いからやめろ」

「仕方ないなー。じゃあ彩人だけ、ビリなら罰ゲームね。頑張ろ、優香ちゃん」

「うん!お兄ちゃんの罰ゲーム楽しみ」


 そうして俺の罰ゲームを掛けたゲームが始まってだいたい4時間くらい経った頃。


 優香の手番だというのに一向に操作する気配がなく、どうしたのかとそちらを見てみればいつの間にか静かに寝息を立てて眠ってしまっている優香の姿がそこにはあった。


「電池切れだな、これは」

「ゲームしてる間ずっとはしゃいでたしね」

「お前が来る前からずっとあんな感じだったぞ」

「なら仕方ないね。夜ご飯までは時間あるし、部屋まで運んであげよっか」

「そうだな。手伝ってくれ」

「はい、これでいい?」


 深玖流の手を借り、優香を背中におぶる。

 優香はぐっすりと眠っていて、多少揺れたりする程度では起きる気配を全く見せない。


「じゃあ、行こっか」

「別にここで待ってていいんだぞ?」

「ついでに彩人の部屋の漫画取ってこようかなって。いい?」

「いいぞ。いつも通り適当に持っていってくれ」

「はいはーい。何にしょっかなー」


 そうして深玖流と一緒に階段を上り、家の2階にある俺と優香の部屋に各々が分かれる。


 優香の部屋へと入りベッドに寝かせて静かに部屋を出ると、ちょうど同じタイミングで深玖流が扉を開けて出てきた。

 その手には目算で20冊近くの漫画が積んで抱えられていた。背表紙からタイトルを確認すると、何年か前に完結したシリーズをまとめて持ってきたみたいだ。


「また大量に持ってきたな。読み終わるか?」

「終わらなかったら後で続き読めばいいし。もう一回取りに来るよりは楽でしょ?」

「それはそうなんだけどな……量を考えろ」


 俺は深玖流に近づき、抱えていた漫画を半分ほど自分で持つ。

 そんな俺のことを深玖流は少し驚いた表情で見る。


「落ちられたら困るからな」

「落ちないってば。それはそれとして、ありがと」


 二人で階段を降り、リビングに戻ると深玖流は漫画をソファの上に置き空いているスペースに寝転がった。

 優香がいた時は全員でゲームをするから一応座っていたのだろうが、この場にいるのが俺だけになって完全に気を抜いて過ごすつもりらしい。


「それで、彩人は何するのー?」

「適当にゲームでもやるとして……何にするかか」

「あ、それやってよ」


 深玖流の指差した先にあったのは謎解き要素のあるアクションゲームだった。昔にクリアしたことはあるものの、ここ数年触っていないから攻略法を多少忘れているくらいで暇つぶしとしてはちょうどいいかもしれない。


「別にいいけど、リクエストの理由は?」

「んー、なんとなく?漫画読みながらちらちら見るならちょうどいいかなって」

「読みながら見るのか……」

「この漫画の内容なんとなくは覚えてるしね。あ、準備するならついでにお菓子ほしい」

「はぁ……これくらいでいいか?」


 ゲームの準備をするために移動したついでに、中途半端に残っていたお菓子をまとめて深玖流に手渡す。

 深玖流はお菓子を受け取ると、それを食べながら漫画を読み始めた。


 俺もそんな深玖流を横目にゲームの準備を終わらせ、ソフトを起動させる。テレビの画面には懐かしいタイトルが浮かび上がってきた。


「深玖流、どれかデータ消していいか?」

「んーと……いいよー。変なやりかけとかもなさそうだし」


 一瞬だけ起き上がってセーブデータの内容を確認した深玖流は再び寝転がって漫画に視線を戻す。

 普段の姿しか知らないクラスメイトが今のだらけきった深玖流を見たら驚くかもしれない。


「それじゃ、これでいいか」


 適当にセーブデータを上書きして最初からストーリーを開始する。最序盤は説明ムービーとチュートリアルということでそこまで考える要素もなく適当にやっても進むことができるから、空いた頭のリソースは自然と深玖流との会話へと割り振られる。


「かなり今更だけど、今のこの状況普通の高校生からは結構離れてるよな」

「ほんとにいまさらねー。どうかしたの?」

「別に。今はそこまで頭使ってないからクラスの奴らに色々言われたこと思い出しただけだ」

「あー、そういうこと」


 大型連休の間に異性の友人の家に泊まりに来て同じ部屋でリラックスして過ごしているという事実だけを見ると、恋人どうしでやることと遜色ない。

 こんなことをしていると知られたら間違いなく勘違いは加速するだろう。


「そもそも、この関係は根本的なところが歪んでるしね」

「それはそうだな……っと。そういや……いや、これはいいか」


 頭を使わずに会話をしていたせいで余計なことを深玖流に聞きそうになるもギリギリのところで踏みとどまることができた。


「えー、何?気になるんだけど」

「俺からお前に言うことじゃない」

「言ってみないとわかんないって」

「今言うことじゃないのだけはたしかだよ。連休の最後まで覚えたら言ってもいいぞ」

「……んー、それなら今はいいや。聞き流してあげるから飲み物ちょうだーい」

「……はいはい。希望は?」

「炭酸。氷もよろしくー」


 ゲームを一旦中断し、深玖流の希望通りに氷の入ったコップと炭酸飲料の大きなペットボトルをキッチンから取ってくる。そんな俺にちらりと視線を向けた深玖流の表情はどこか不満げだった。


「彩人のけちー」

「入れるところまでやれと?」

「それぐらいいいでしょー。泊まってる間は彩人に気を遣わないって言ったじゃん」

「はぁ……これでいいか?」

「ありがと」


 コップに出来る限りジュースを入れて差し出すと、それを受け取った深玖流はごくごくと寝そべったまま飲み始める。


「一応言っとくけど、こぼすなよ」

「いつも家でやってるからそんなミスしないって」

「普段がそうだとしてもってことだよ……」


 だらけきった深玖流の姿を見てこいつはこういうやつだということをあらためて実感する。

 ぐうたらと活発なことはあまりせず、大人しめで若干甘えたがりなところが前面に出てくるのが本来の深玖流だ。


 逆に、普段見せている深玖流の姿は余所行きと言うと少し語弊があるかもしれないが、意図してやっているものだ。

 やり始めた頃は大変そうだったその振る舞いもすっかり馴染んで、今では深玖流本人が意図的に気を抜かない限りは基本的にそっちに合わせた言動になっている。


「んっ……彩人ー、おかわりー」

「お前、俺はドリンクバーじゃないぞ?」

「これで今はラストだから、よろしくー」


 少し思考が脇道にそれていると、いつの間にか深玖流の持っていたコップが空にされていた。そのままコップを突き出しておかわりを要求するその姿に呆れながら俺はもう一度ジュースを注ぐ。


「俺はゲームに戻るからな。あとは自分でやれ」

「はいはーい。あ、今解いてる謎一番右のボタンが正解だからね」

「お前なぁ……」


 過去にクリアしたことのあるゲームを緩くやっているだけで、状況的にこの程度ならやっても問題ないという信頼が前提にあるから強く文句は言わない。

 それでも、一応は頭を使っていた箇所を突然ネタバレしてきたことに呆れながら深玖流の言った通りにコント―ローラーを操作する。


「そういや、今読んでるのどの辺だ?」

「んーとねー……だいたい序盤の大きな事件2個目が終わるくらい?」

「あー、その辺か。それならもうすぐ一人敵側に裏切るな」

「ねえ、私それ忘れてたんだけど!?仕返しにしては悪質じゃない!?」

「先にやってくる方が悪い」

「いいもん!ここからしばらく彩人にネタバレいっぱいするもん!」

「残念、しばらくアクションパートだから大人しく続き読んでろ」

「うぅ……彩人のばーか」


 若干涙目になってソファーに寝転んだままにらみつけてくる深玖流の視線を肌で感じつつ、ゲームを進める。

 結局、のんびりと過ごすはずだったのにお互いにネタバレ合戦をしたり深玖流にコントローラーを奪われることがあったりと、そこからはやかましい休日の午後となったのだった。

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