13話 男だけの語らい

「彩人ー、今日のお昼はどうするの?」


 午前の授業を乗り切り教科書を片付けていると、既に昼ご飯の準備万端といった様子の深玖流が話しかけてきた。


「どうするって言われても、今日は学食の予定だけどどうかしたのか?」

「だよねー。今朝の流れで明莉ちゃんと弥生ちゃんは確定として、一緒にお昼食べようかなって思ってるんだけどどう?」

「その二人は確定、ってことはまだ増えそうな言い方だな」

「んー……」


 教室の中をくるりと見渡した深玖流は少し黙り込む。

 おそらく、今の教室内の様子から誘えそうな人がいるのか考えているのだろう。


「せっかくだし今から何人か声は掛けるから、返事次第?増えないとは言いきれないかなー」

「なら今日はパス。女子会楽しんでくれ」


 最初に提案されたメンバーだけなら一緒に食べることも少しは考えたが、まだ増える可能性があると言われればその考えは一瞬でなくなった。

 いくら深玖流との距離感が普段から近いからといって、女子四人以上に囲まれて平然と食事を続けられるかといいうと話が別だ。


「俺も今日は男同士で交流してくる」


 隣の席ということもあり授業の合間の時間は深玖流と話すことが多く、それ以外でもなんだかんだと一緒にいるせいかクラスの男子とそこまで関われていない。

 去年からの知り合いはわかるが、今年初めて一緒になった相手はほとんど話せていないと言っていい。


「はいはい。じゃあ、行ってくるね」


 そうして深玖流がいなくなると、教室の喧騒は変わらないはずなのにそれだけで周囲がとても静かになったように感じる。


「さて、と」


 教室内を見渡して誰がいるのかを確認すると、運よく学食に行こうと何人かで集まっているのが目に入る。


「おーい、俺も一緒に昼飯食べに行ってもいいか?」

「いいけどよ、一人なんて珍しいな」

「なんだなんだ、とうとう羽白に振られたか?」

「とうとうってなんだよ……」


 俺一人で話しかけるだけでこの対応をされる辺り、どれだけ深玖流とセットとして見られているのかということを実感する。

 新しいクラスとなってだいたい一週間、その間一緒にいる頻度が高いとそうなってしまうのも仕方ないといえばそうだろう。


「ま、こいつ問い詰めるのは飯食いながらにしようぜ」

「だな、さっさと行こうぜ」



 そうして学食に向かい、各々が食べるものを用意してテーブルにつく。

 集まったのは最終的に俺を含めて五人。

 教室で言っていたことは本気だったのか、席に着くなり他の四人からの視線が俺へと集中する。


「うーし、それじゃあ本題といこうぜ」

「だなー」

「さて、なんで今日は俺たちと飯を食ってるのか吐いてもらおうか」

「吐けって言われてもな……」

「先週は羽白さんとずっと一緒だったじゃねえかよ」


 実際、先週は毎日深玖流と一緒に昼食を摂っていた。

 席が隣だから気軽に声をかけやすく、去年はクラスも違ったからそんなことをできなかったことも合わせて自然とそうなっていた。

 それを週が変わったとたんやめたとなれば何かあったと思ってもおかしくはないか。


「今日はクラスの女子と昼飯食べるって言われたから別行動してるだけだよ」

「ほう、となるとほんとに振られてたってわけか」

「いや、振った振られたって話なら俺が振った側」

「何、となるとお前女子会に誘われてたのか!?」


 ご飯を食べることに意識を割いて、振られた話題に適当に返事をしたらびっくりするくらいの勢いで食いつかれ俺の言葉が途中で遮られてしまった。


「なんで断ってるんだよそんな状況!」

「そうだぞ!うらやましいぞ!」

「まあ、字面だけならそう思うよな……」

「なんだなんだ、一回誘われたから次もあるっていう余裕か?」

「じゃあ、次に同じ状況になったら誰か代わってやろうか?女子四人以上に囲まれながら男一人でいいならだけどな」


 俺の言葉で実際にそうなる状況を想像してみたのか、四人全員が揃って俺へと向けていた視線を逸らす。

 女子と一緒に何かできる機会ではあるが、そこまでの状況になってしまうとあまり喜べないということを少しはわかってくれただろう。


「その、悪かった……俺もその状況なら断るかも」

「俺は……断るな。女子に囲まれるにしても三人、いや二人くらいが限界」

「というかさ、その状況で喜んで参加できる奴なら今この話題で盛り上がってねえよな……自分で女子誘うくらいできるよな」

「やめろって、事実だけど傷つくだろ」

「まあそういうわけだ。あと、先週はなんだかんだクラスの男とそんなに絡めてないしな」

「ていうかさ、それに関しては虹峰贅沢な悩みだよなー」


 ついさっきまで全員が女子会の話題で軽く意気消沈したというのに、俺に話題が振られた途端再び四人分の視線が集まってくる。


「わかるわー、幼馴染がいるってだけでずるい」

「しかもそれがあんなに可愛いとかさー」

「うらやましいよな、俺も幼馴染欲しい」

「このクラス可愛い女子多いよなあ」

「わかるわかる!それでさ、羽白さんと実際のところどうなわけ?」


 そう言いながら一人が俺の方を見てくる。

 そのどう、が何を指しているのかはなんとなく予想をつけると同時に皆そこは気になるのかという思いも同時に沸いてくる。


「どう、って言われてもな……結局何が聞きたいんだ?」

「そりゃもちろん、実は恋人です、とかねえのかなと」

「ない。やっぱり皆気になるのかそれ」

「あそこまで仲良さそうなの見たら全員一回は思うんじゃねえの?」

「伊吹さんにもそのこと聞かれたし、そう思ってるのが多いって感じか」


 たしかに、俺と深玖流の関係は周りからするとただの幼馴染みと言うには距離が近く見えるのも不思議はない。

 今朝登校する時に話していた深玖流が泊まりに来る話

 だって、一般的な幼馴染みがよくやっているかと言われてたら首を傾げるだろう。


「じゃあ、今朝話しかけられてたのってそれか?」

「いや、あれは別だな。土曜日にクラスで遊びに行ったやつ、あの時に深玖流と一緒に動いてたからその時に聞かれた」

「なるほどな……ってか、思い出した!お前土曜日のやつ女子二人と一緒とかずりーぞ!」

「は?俺行けてなかったけどそんなことなってたのか?」

「……まあ、そうだな」

「一人は羽白さんで確定だろうけど、もう一人って誰だ?」

「無透さんだよ」


 俺の返事を聞いて質問してきたやつは少し不思議そうな表情を浮かべる。意外な相手の名前が出てきたから、そんなメンバーで行動していた理由が思いつかないとかそういう感じだろう。


「なんか、不思議なメンバーだな。羽白さんともう一人明るい系の子が一緒で、虹峰が振り回されてるイメージだったんだけど」

「おい、なんでメンバーはわからないのに俺が振り回されてるイメージは確定なんだ」

「なんでって言われても、今日までを見てればわかるとしか。だよな?」


 そう言うと俺以外の四人が揃って頷きながら顔を見合わせる。初日の深玖流の自己紹介の影響も大きそうだが、今年からの知り合いにすらこの短期間でそんなイメージを持たれているのだから次の学年までは少なくともクラス中からはそう見られるのだろう。


「ていうか、ほんとに何でそんなメンバーになったんだ?正直、無透さんが参加してたっていうのも結構意外なんだけど」

「その質問両方にまとめて簡潔に答えるなら、深玖流が無透さんを誘ったから」

「あー、なるほどな。それならそのメンバーってのも納得いくわ」


 簡単な説明だけで深玖流が無透さんを誘ってそのまま一緒に行動、俺はその深玖流に引っ張られ結果として三人になったというイメージが全員の中で共有された。

 俺と深玖流が若干一方的に無透さんのことを気にしている、なんてことは知られる由もないのでいつものテンションで深玖流がクラスメイトの無透さんに絡みに行ったという認識だろう。


「ちょうどいい機会だから聞いてみたいんだけど、それぞれの無透さんのイメージってどんな感じなんだ?」


 俺の質問に全員が少し頭を悩ませ体感で一分くらい経過した頃、答えがある程度決まったのか一人が口を開いた。


「なんだろな、まだ全然話せてないけど無口そうな子って感じ」


 一人の答えを聞いてイメージが固まったのか、その流れに乗るように次々と自分のイメージを話していく。


「わかるわ、俺もそんな感じ。新学期始まってすぐだから仕方ないとは思うけど、一人でいるの結構見るよな」

「でもさ、一人でいる印象だけど地味とかそういうイメージはなくね?」

「あー……それはそうかも。なんて言えばいいんだろうな……」


 全員が同じ感覚を共有できたのか、その感覚を言語化するために頭を悩ませる姿が目に入る。


「……なんつーかさ、こういう言い方していいのかわかんねえけど、たまにこいつクラスとかで浮いてるなって思うやついるだろ?一人だけどそういう感じではないんだよな。その逆で、溶け込みすぎで気づかない感じ?」


 少しして出された意見に納得がいったやつが頷き、それ以外からもわかるといった声が聞こえてくる。

 溶け込んでいる、という表現は言い得て妙で俺にもどこかすとんと入ってくる感覚があった。


「で、土曜日に一緒に遊んでたお前のイメージはどうなんだよ?」


 引っ掛かっていたことも解決して一通り話がまとまり、その話題の大元である俺へと戻ってきた。


「そうだな……色んなことに興味はあるけどそれに対して少し距離がある、って感じかな。どう接していいかあまりわかってないから様子を見てみるのが基本なんだと思う」


 遊びに行く話題がクラスで出て、深玖流と誘いに行った時にたしかそんな感じのことを言っていた気がする。

 それに、俺や深玖流が提案したことはどれも楽しんでいてくれたからそういうことに興味がないというわけでもないと思う。

 家庭の事情も絡んでくるだろうからこの場では口に出せないが、一般的な娯楽だとかそういうものから少し遠い生活をしていたから距離感を測りかねているのだと俺は予想している。


「なるほどなー。ま、それなら羽白さん筆頭に色々ガンガン誘っていきそうな女子は多いからその辺は変わるかもな」

「そういうの誘うの得意な男子は……伊吹さんとか遊びに誘ってるか」

「わかる、伊吹さん誘いそう」

「羽白さんも一緒に遊べると楽しそうだけど、なぁ?」


 そこまで言うと、一人の動きに釣られるように視線が俺へと集中した。


「なんだよ?」

「他クラスならまだしも、今のクラス内から羽白さんだけを遊びに誘う男がいたら本気で狙ってるとかそういうレベルだろうなって」

「だよなー。多少の下心とかそういうレベルなら行けないよな。明らかに脈の薄そうなところに自分からは行きにくいし」

「……お前らが何を言いたいかはわかった。けどな、さっきも言ったけど俺たちそういう関係じゃないからチャンスなら普通にあるだろ」


 俺の言葉を聞いた全員に揃ってため息をつかれる。


「恋人じゃなくてもだよ。本気で狙うやつ以外はわざわざお前と羽白さんの間に入ってそれから、なんて考えないってことだ」

「つーかさ、実際そういう奴が出てきたら虹峰どうすんの?」


 どうする、と聞かれて実際にそういう場面を少し考えてみる。今まで俺と深玖流二人どちらとも仲良くなる、あるいはどちらかと仲のいい同姓の友人という存在はそれなりにいたが、どちらかとだけ仲がいい異性という存在は思い返せばあまりいない。

 今言われたように俺と深玖流の関係を考えられていたなら、そうなっているのも納得はいく。


「どうする、って言われてもな……結局は深玖流がどうするか次第だからな。深玖流がそいつのことを選ぶって言うなら俺には止める権利はない」


 クラスメイトの前だからこう言いはしたが、これが全て俺の思っていることというわけではない。

 深玖流本人に対して同じ言い方をすれば確実に怒られることは目に見えている。俺と深玖流、二人で決めたのが今の関係性なのにそれをどうするかを丸投げするようなことはできない。

 深玖流の選択は尊重するが、その前に向き合わなければいけない問題がある。


「じゃあ逆にさ、虹峰が恋人作るとかはねえの?羽白さんとそういう関係じゃないなら作っても問題はないんだろ?」

「まあ問題はないけど……しばらくはないだろうな。ここ数年は誰かをそういう風に見たこともないし」

「んじゃそれより前は……あー、そこまでいくと小学生とかか」

「その頃から今みたいな状態ならそういう欲薄くてもおかしくはねえか。はー、ほんと羨ましいぜ」

「俺にだって、俺にだってなぁ!小学生の時一緒に遊んだ女子くらいはいるぞ!……まあ、今高校も一緒なのに一切話してない時点でお察しなんだけどな…………」

「やめろって……虹峰以外全員その手の話題は刺さるんだぞ」


 こうして、ある意味男子高校生らしい会話をしながら昼食の時間は過ぎ去っていくのだった。

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