12話 週明けの朝のこと
「おはよ、彩人」
新学期最初の休日も終わり学校へと向かっている道中、スマホを見ていると少し駆け足の深玖流が近づいてきてそのまま俺の横に並んだ。
「おう、おはよう。……って、ああ、そうだ。優香から話が行ってる可能性もあるけど、GWに泊まりに来る話は母さんがいつでも歓迎だとさ」
「ん、ありがと。日程固まったらまた連絡するね。ちなみに、優香ちゃんからはまだ何も聞いてないよ」
「ってことは、優香相当悩んでるな……」
深玖流が泊まりに来る話をした時の浮かれっぷりから既に優香は深玖流に食べたいものを決めて伝えていると思っていたが、何も聞いていないということはまだ悩んでいるのだろう。
「泊まりに行くまでに、っていうか別に当日教えてもらってもよっぽどのものじゃなかったら大丈夫だとは思うけどなあ」
「だろうな。その辺はよく知ってる」
「ちなみに彩人は何か食べたいものの希望ないの?」
深玖流の質問を受けて最近食べていないものをひとまず考えてみるも、残念ながらパッとは出てこない。
「今のところはないな」
「だと思った。彩人はそういうの思いつくのってだいたい突然だもんね」
「誰かさんに散々連れ回されてたせいだろうな。どっちかと言うと、最近あれ食べたよなって思い出すことのほうが多いし」
「色々食べさせてあげたんだから、感謝してよね」
「はいはい、ほんとに感謝してるよ」
「よろしい。まあ、さっき言ったけど当日でもいいから何かリクエストはしてくれると助かるかなあ。その方がやる気もでるし」
「考えとく」
それから適当に会話をしていると、いつの間にか学校に着いていた。
教室の前まで来ると、既にそれなりの人数がいるのか中から賑やかな声が聞こえてくる。
「おっはよー、深玖流!」
「やっほー、弥生ちゃん」
俺たちが教室に入ると、それを見ていたのか、伊吹さんが自分のいたグループを離れて近寄ってきた。
「何々、今日も二人で登校?ほんと仲いいよねー」
「別に、毎日深玖流と一緒ってわけじゃないけどね」
「そうそう、平均したら週3か週4くらいじゃない?」
「いやいやお二人さんそれ十分多いから。めちゃくちゃ仲良し」
「って言われてもなぁ……」
「なんていうか、昔からそうだから習慣みたいになってるところはあるよね」
伊吹さんに言われて深玖流と二人、顔を見合わせる。
深玖流と一緒に登校するのが始まったのは小学校の頃から。それが中学校でも続き、クラスが違った去年も結局一緒に来ていたのだから俺たちの感覚としてはほんとに今さらなことだ。
「それに、特別待ち合わせして来てるわけでもないから。一緒に来るかは最終的には深玖流次第」
「へー、そうなんだ」
「事実として間違ってはないけどさあ、その言い方やめない?」
俺たちが一緒に登校するときは基本的には俺が先に行っているところに深玖流が合流する形になっている。
そうなっている理由は単純で、深玖流の住んでいる場所のほうが学校に近いから俺が来ているであろうタイミングで深玖流が家を出ている、それだけのことだ。
「でもな深玖流、一緒に来てないときはだいたいお前のせいだろ」
「うっ……まあ、それはそうなんだけど……」
「なんとなくイメージつくかもそれ」
「弥生ちゃん!?仕方ないでしょ、朝の準備に手間取って追いつかないことあるだけだから!」
「あー、なるほどなるほど。それは仕方ないか。よし深玖流、慰めてあげるからおいで」
そう言って腕を広げた伊吹さんの胸に飛び込んで抱きつく深玖流。そもそも慰めることになった原因は伊吹さんの一言だということと、伊吹さんの想像する朝の準備と深玖流の実態は違うということ、突っ込みたいことはあるがそれを飲み込む。
それに、深玖流の実態に関しては途中まで言ったところで本人から口封じをされるのが目に見えている。
「っと……あ、無透さん。おはよう」
「……おはよう」
深玖流と伊吹さんの様子を眺めていると人の気配を感じ、今いるところは教室の入り口付近で邪魔になっていることを思い出して避けながらそちらを見てみる。
すると、教室に入ろうとしていたのは無透さんだった。
「あ、明莉ちゃん!おはよー」
「やほやほ、おはよー」
俺の挨拶で無透さんの存在に気がついたのか、じゃれあったまま二人も挨拶をした。
「……どういう状況?」
無透さんの視線は抱き合ったまま挨拶をしてきた二人へと向けられる。教室に入っていきなりそんなことになっていたら、気になるのも仕方ない。
「深玖流がいつも通りに伊吹さんに抱きついただけかな」
「……納得」
「あはは、納得されちゃってるけど深玖流はそれでいいのかー?」
「弥生ちゃんとは仲良しだから大丈夫!」
「じゃあ私もそういうことで……あ、そうだ。このメンバー見て思い出した。深玖流と無透さん、GWどっか遊びに行こうよー」
このメンバーを見て思い出したということは、ほぼ間違いなく土曜日にクラスで遊びに行ったときのことからの連想だろう。
「……私も?」
「そそ。こうやってお話するようになったし、せっかくならちゃんと遊びに行きたいなーって」
自分がこういう話題で誘われるとは思っていなかったのか、無透さんは驚いた表情を見せる。
「……それなら、行きたい」
「オッケーオッケー、深玖流はどう?」
「んー、たぶん大丈夫だけどちょっと保留でもいい?」
そう言いながら深玖流は一瞬だけ俺のことを見てくる。
日程は未確定とはいえ、既に俺の家に泊まりに来ることになっていて俺との約束もあるから行くと即答はできないのだろう。
「ありゃ、何か用事?」
「そんなところ。先約があるからそっちの日程決まったら連絡するね」
「はいはーい。あ、そうだ。もし虹峰くんも呼んだら来てくれたりする?」
完全に女子だけでGW遊びに行く、という流れだったのになぜか俺もその話に巻き込まれてしまった。
「別にいいけど……女子だけで遊びに行く流れじゃなかった?」
「本題はそれなんだけどねー。こういう言い方どうなのとは自分でも思うんだけどさ、男避けお願いできたりしないかなって。深玖流と無透さんが一緒なら今のところ一番お願いできそうな相手、虹峰くんだと思うんだよね」
伊吹さんの口から出てきた俺を利用したいというお願いは思ってもみないものだったが、素直に言ってくれているお陰で特に嫌悪感のようなものもない。
それに、実際問題として深玖流、無透さん、伊吹さんの三人が一緒にいると男の注目を集める可能性は高く、それがGWと重なればノリで声をかけてくる輩がいることも簡単に想像できる。
「なるほど。行く分にはたぶん問題はないけど」
「けど?」
「無透さんと深玖流がいいならって前提にはなるけど、男をもう一人くらい呼んでもらえると助かるかな。何をするかにもよるだろうけど、女子会に男一だけ人混ざって行動するのは大変そうだから」
「あー、それはそうだね。それじゃ、日程とか色々詰めた後に呼ぶことになるかも、くらいで覚えといてくれる?」
「了解。経過とかは……勝手に流れてくるだろうし、細かい調整もそんなに必要ないはず」
「だねー」
そう言う俺と伊吹さんの視線は深玖流へと集中する。
全員がクラスメイトなのだから教室で顔を合わせた時に多少経過は教えられるだろうし、それ以上に深玖流が勝手に喋るだろうという確信がある。
「むー、二人とも失礼なこと考えてない?」
「……自動調整窓口?」
俺が口には出さなかったことを無透さんがうまく言い当表してくれた。
深玖流は俺の事情もよく知っているし、GWの予定もほぼ同じだろうから呼ばれることになった場合の日程や行き先の調整もうまくやってくれるだろうという信頼がある。
だから、俺にちゃんとした話が来るとすれば最低限の確認だけだろう。
「うーん、それ自体は間違ってないんだけど、なんか二人の私を見る雰囲気はそれだけじゃない気がするんだよねー。なんて言うか、こう、バカにされてる感じ?」
「気のせいだろ」
「そうそう、そんなわけないじゃん」
「……はぁ、仕方ないなー。今はその言葉信じてあげる」
「ありがとー!大好きだよ深玖流!」
あらためて伊吹さんが深玖流のことを抱きしめたことで、自然と俺と無透さんが二人だけで話す構図ができあがる。
「無透さん。たぶん、土曜日に遊んで距離感が詰まったからこれから深玖流がずっとあんな感じで絡んでいくと思うけど大丈夫そう?」
「……大丈夫。お姉ちゃんのこと思い出せるから嬉しい」
基本的に学校にいる間はテンションがずっと高めな深玖流の絡みが無透さんにとって勢いが強すぎないかと心配して質問をしてみたが、どうやら杞憂だったようだ。
そして、土曜日にも話を聞いた無透さんが思い出した人は深玖流の姉のような人と言動の大部分が同じ感じなのだろう。
もし会えたらどれくらい似ているのか判断してみてもいいのかもしれない。
「……それに、前にお姉ちゃんが教えてくれた。私はきっと色々なものをもらうから、自分から話してくれたりする人は大切にしたほうがいいって」
「……なるほど。それなら深玖流はその条件にぴったりだ」
「……あなたも当てはまる」
「俺も?」
てっきりこの流れでは深玖流のことを指している言葉だと思ったら俺のことも含まれていたことに驚きを隠せない。
「俺は深玖流がいる時に一緒いた、みたいなのばっかりだと思うけど」
「……でも、今も話してくれてる。だから、当てはまる」
ここまで言い切られてしまうとその言葉を否定することもできない。
「……わかったよ、そう言われたらそれを受け入れるしかないね。となると、何かを無透さんにあげられるようになったほうがいいのかな」
「……無理に何かくれなくても大丈夫。こうやって話してくれるだけでいい」
「それじゃあ、一旦はそうさせてもらおうかな」
「何々、何の話してるのー?」
話にちょうど区切りが付いたタイミングで伊吹さんから離れた深玖流が戻ってきた。
それはつまり二人のじゃれあいもひと段落したのだろう。
「深玖流がお喋りだって話だ」
「……間違ってはない?」
「えー、絶対何か誤魔化したじゃん!教えてよー!」
「お前はいつも通りでいいってだけだ。どうしても知りたかったら無透さんから聞け」
「しっかたないなあ。これから明莉ちゃんとおしゃべりして聞いてくるから邪魔しないでよね」
「そんなことしねえよ。予鈴はもうすぐだからほどほどにしとけよ」
「わかってるって」
そうして深玖流は無透さんの席へと向かって歩いて行ってしまった。
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