7話 休憩中の訪問者
「あ、深玖流じゃん!」
ある程度施設内の散策も進み、備え付けの椅子に並んで座って休憩していると少し離れたところから声をかけられた。
その方向を見てみれば、最初に深玖流と一緒に挨拶をしていた子の一人が手を振りながら近づいてきていた。
名前はたしか、伊吹さんだったはずだ。
「やっほー!どうかしたの?」
「んー、特に用はないよー。たまたま見つけたから話に来た感じ。それにしても……」
そこまで言うと彼女の視線は俺に、正しくは三人並んで椅子に座っていた俺達へと向けられた。
「ん?」
「いーや。随分いいご身分だなーって思って。他のクラスメイトから羨ましがられたりしない?」
ニヤニヤとした視線があらためて俺一人へと向けられた。たしかに、男子一人に女子二人。そこだけ考えれば羨ましがられても仕方ない。
「さあ?そもそも最初の集合の時以外誰とも会ってないからなんとも。まあでも、どちらかというと無透さんを誘った深玖流に引っ張られてるって見られそうだけど」
「……あー、そう言われたら納得するかも」
「ちょっと二人とも!それどういうこと!?」
「最初の自己紹介であんなことしておいて、否定するのは無理だろ」
「それに皆、深玖流がどういう感じの行動するかは今週でなんとなくわかったし、それと違和感ないからねー」
「むー。私だっていつもそんなことしてるわけじゃないもん。いいもん!二人は放っておいて私、明莉ちゃんともっと仲良しになるもん」
深玖流は頬を膨らませ、私怒ってますよアピールをしながら無透さんの腕を抱いてひっつく。
それをされた無透さんはといえば、どんな対応をすればいいのかわからなかいのかそのまま動かずにじっと深玖流を見つめるだけだ。
「ごめんって!ほら、私とも仲良くしよ、ね?」
「……えー、それほんと?」
「ほんとほんと。証拠にそこの自販機のアイス買ってあげるから」
「なら許す。おすすめ買ってきて」
「らじゃー!」
そう言い残して数分後。
戻ってきた伊吹さんの手に持たれていたのは三つのアイスだった。
「はい、深玖流と無透さんの分だよ」
「……私もいいの?」
「うん、せっかくの機会だからね。これからよろしくってことで。あ、虹峰くんの分はないけど欲しかった?」
そこまで言ったときには既に伊吹さんの分のアイスは封を切られ、口元へと運ばれるところだった。
「元々深玖流の分だけだと思ってたし、気にしなくていいよ」
「よかった、それじゃ遠慮なく。……あー、おいしい!」
「わかるー!こういうのたまに食べたくなるよねー」
「……そういうものなの?」
もらったアイスを少しずつ食べながら無透さんが尋ねる。深玖流はこれまでの無透さんの反応からそこまで驚かなかったようだが、伊吹さんは動揺が明らかに顔に出ていた。
「えっと……あまりこういうの食べない?」
「うん……こういうのほとんど食べたことない」
「……あー、なるほど?まあ、今時家庭の事情って色々あるしね」
さすがにその理由までは尋ねられないと判断したのか、伊吹さんはそれ以上この話題を広げるつもりはないみたいだ。
その代わり、と言うと違うかもしれないが伊吹さんの視線が無透さんから深玖流へと移る。
「ん?ふぉうふぁふぃふぁふぉ?」
「深玖流、食べながら返事は行儀悪いよ?」
「んっ……ごちそうさま。それで、私のほう見てどうかしたの?」
アイスを食べ終わり、口の中を空にして深玖流があらためて尋ねる。
「無透さん、ラッキーだなって思ってね」
「……どうして?」
「だって、こういうのあんまり知らなくても、深玖流が関わると自然と機会が増えるじゃん?その辺、幼馴染み的にはどうなの?」
突然振り返った伊吹さんが食べ終わったアイスの棒を指示棒代わりに、俺のことを指す。
「そうだな……」
この話題は傍観しているだけだろうと思っていたら、いきなり巻き込まれて少し驚いた。
伊吹さんの予想しているであろう答えと実態は若干違っていたりするのだが、今そのことを言うとややこしいことになることも予想できるので少し考えた後、曖昧に濁すことに決めた。
「本人の名誉のためにご想像にお任せということで。まあ、イメージと大きく違うとかはないから」
「じゃ、大丈夫だ!幼馴染みの太鼓判も出たことだしね」
「むぅー、なんか私よりも彩人のほうが信頼されてるみたいな言い方だ」
「そこはほら、付き合いが長い人の言葉なら説得力あるじゃん?」
そこで俺と深玖流を見た伊吹さんは何かを思いついたようで、好奇心を隠さない表情を向けてくる。
「ちょっと気になったんだけどさ、小説とかだと実は二人は恋人で、幼馴染みっていうのを隠れ蓑にとかあるけどそういうのってないの?私、異性の幼馴染みとかいなくてさー」
「……そういえば、ここに入る前に両手に華とか言ってた?」
この話題につられて無透さんの思い出した言葉は伊吹さんの興味を惹くには十分すきだようで、目をキラキラとさせて見つめてくる。
「おい深玖流、お前のせいで悪化したぞ。責任とってどうにかしろ」
「私別に悪くないよねこれ?というか彩人あの時誤魔化したでしょ。せっかくだから何考えてたか吐きなさいよ」
「おー、面白くなってきたじゃん!ということで虹峰くん、三対一だし観念して吐いちゃお吐いちゃお」
「はぁ……」
女三人寄ればかしましいとはよく言ったもので、ちゃんと答えなければ絶対に見逃してもらえない雰囲気となる。
「その時考えてたことなんて、そうとは思えないよなってだけだ」
「えー、それほんと?深玖流も無透さんもすごく可愛いよ?」
「そうだよ!明莉ちゃんかわいいじゃん!」
「たしかに二人とも見た目のレベルが高いのは認めるけど、それとこれとは話が別」
「ほう?その理由は?」
すっかり楽しくなってきたのか、伊吹さんは俺に詰め寄るようにして理由を尋ねてくる。
「まず深玖流。こっちは単純で、今更すぎてそういう風には見えない」
「ねえ……別にそこまで断言することなくない?さすがに私、ちょっとへこむんだけど」
「そうだぞー!急にそう見えるかもしれないだろー!」
なぜか少し落ち込んでしまった深玖流を、伊吹さんが擁護する。
そこまでされると深玖流にも少し申し訳なくなるが、これに関しては納得させることができる理由がある。
「もしもそうなってるなら既に恋人になってるほうが正直違和感がない。深玖流、そうなってもおかしくない心当たりはあるだろ?」
「……まあ、それはそうだけどさ。でも、結局はそうならない気がするんだよね」
「何々、お二人さん。そっち方面に訳あり?」
「えっとね、昔の私たちの距離感ならなくはないんじゃない?ってだけ。子供の頃だと自然と距離感近いことあるでしょ?」
「あー、なるほどね」
「まあ、この辺は付き合いが長いから色々あったってことで流してもらえると助かる」
「オッケー。じゃ、次行こっか」
そう言うと伊吹さんは俺達の会話を少しだけ離れて眺めていた無透さんの手を軽く引っ張り、物理的に輪に加えた。
「忘れてはなかったか……無透さんは、まだどんな人かそこまでわからないからそういうのがピンと来ないから」
「……たしかに、私も皆のことほとんど知らない」
「それで、ピンと来ないっていうのは?」
「そうだな……」
感覚的な話となってしまうのでうまく伝える方法がないかと考え、正しいかはわからないが身近にいい例がいたことに気がつき少しだけ状況を整理する。
「少し極端な例かもしれないけど、例えば女友達とどこかに行くのと、妹とどこかに行くのとでは距離感っていうか心持ちが違うのは伝わる?」
「なるほど?言いたいことはなんなくわかる」
「それで、無透さんに関してどんな距離感がいいのかピンと来てないから両手に華とは思えないってこと」
「ん……納得」
「なるほどねー。でもさ、ぶっちゃけ異性と遊んでるだけでテンション上がったりしない?言っちゃあれだけど、クラスの男子の何割かはそうだと思うんだよねー」
伊吹さんの疑問はもっともなものではある。
他のクラスの男子の交遊関係がどうなっているのかはわからないが、俺のそれは普通ではないだろうから一般的な反応とは違うのだろう。
「まあ、その辺は慣れかな。同姓だけで遊ぶより、異性がいるほうが回数多かったし」
「あー、深玖流が一緒ならそれはそっか。納得納得。それじゃ、そろそろ……あ」
話を聞けて満足したのか、どこかへ行こうとした伊吹さんはスマホに目を落とす。
そこには何かのメッセージが来ていたのか、それを見て何かを思い出したようだ。
「あ、そうそう。私この後人集めてカラオケやろうと思ってるんだけど三人さんもどう?」
「……んー、カラオケかぁ」
「ありゃ、深玖流そんなに気乗りしない感じ?」
即決で話に食いついてくると思っていたであろう深玖流の予想外の反応に伊吹さんは驚いた表情を見せる。
そっちの話が進められる前に話題を少しだけ逸らす言葉を伊吹さんへとかける。
「ちなみに、集める人数はどれくらいの予定?」
「片っ端から声はかけてるし……20いかないくらいは集まるんじゃないかなーとは?」
「あー、となると俺は遠慮させてもらおうかな。誰かさんに連れ回されて疲れてるからゆっくりしたい」
そう言いながら深玖流に視線を向けると、話を振った意図を理解してくれたのか伊吹さんに気付かれない程度の頷きが帰ってくる。
「ちょっと、彩人!私のせいって言いたいわけ!?」
「別に誰とは言ってないだろ」
「こっち見ながら言ってたじゃん!」
「まあまあ、深玖流も落ち着きなって。それで、どうする?来る?」
「ここまで言われんだからこのまま彩人を連れ回す!……って、勝手に話進めちゃってるけど明莉ちゃんはどうしたい?」
「……今は二人と一緒のほうがいい」
「おっけー。じゃ、そういうことで。虹峰くん、深玖流に付き合いながらエスコート頑張ってね」
俺達三人の答えを聞き、伊吹さんはそのままどこかへと行ってしまうのだった。
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