6話 深玖流の趣味と初めてのゲーム

 深玖流と無透さんを追いかけるように施設の中へと入ると、こういった施設らしいとでも言えばいいのだろうか。大きな音と派手な光に出迎えられた。


「……すごい」


 そんな出迎えに圧倒されている様子を見ると無透さんが

 本当にこういった場所にこれまで縁がなかったということを実感させられる。


「でしょー?それで、何からやるの?」

「まだ決めてない」

「ちょっと彩人ー、あれだけ時間あって決めてないのー?」

「一応決まってはいるからな?ゲーセンのどれからやるかは見て決めようってなっただけで」

「なるほど、そういう感じね。実際見て選んだほうがいいのはそれもそっか。じゃ、明莉ちゃん。行こっ!」


 入ってきた時と同じように深玖流が手を引き、ゲームコーナーの中へと入っていく。

 まず向かっていった先はこういった場所の定番の一つ、UFOキャッチャーだった。


「んーと、色々増えてるね……あ、このシリーズ新作出てるんだ」

「ぬいぐるみ?」

「うん。家にこのシリーズがいっぱいあるんだよ」

「このシリーズ、というかぬいぐるみが大量にあるの間違いだろ……」


 年頃の女子としてはそういった可愛いものに目がないということ自体はおかしくはないのだが、深玖流は少しだけそのレベルが違う。

 ベッドは本人の寝る最低限のスペース以外がぬいぐるみに埋めつくされ、更にはその近くに何段もぬいぐるみだけが飾られている棚が複数置かれている。

 端的に言えば、部屋の中でぬいぐるみが視界に入らない場所がないと言ってもいいくらいの数が集められている。


「えー、可愛いからいいでしょ」

「……いっぱい持ってるの?」

「うん!あ、せっかくだから見て見て!」


 そう言うのとスマホが取り出されるのはほとんど同時だった。そこから手早く画面が操作され、深玖流の部屋の中を撮った写真が表示される。


「すごい……ほんとにいっぱい」

「えへへー」

「これは……2月くらいに撮った写真か」

「彩人、普通は何の躊躇いもなく女子のスマホ覗いちゃダメだよ?」

「それぐらいはわかってるからな?深玖流の部屋なんて最近も行ったんだから今更見られて困ることはないだろ?」

「まあ、それはそうなんだけどさー」


 深玖流とそんな会話をしている中、無透さんはスマホの画面に写る写真を熱心に覗き込んでいた。


「どうかしたの?」

「……同じぬいぐるみ見たことある気がしたから。あと、なんで2月頃ってわかったの?」

「まず深玖流は定期的に目につくところに置くぬいぐるみ入れ替えてて、この写真に多いのはチョコを持ってたり、雪だるまだったり、あとは鬼の仮装をしてるのだったり。2月の風物詩が連想できるものが多いからかな」

「ちなみに、今は桜の季節だからピンク色の子が多めだよー。それでそれで、同じの見たことあるってどれなの?」


 同じ趣味について語れる可能性が出てきたからだろう、さらにテンションが上がった深玖流が無透さんの回答を今か今かと待つ。イメージとしては飼い主に餌をもらおうとしている子犬が近いかもしれない。


「たぶん…………これ」


 少し悩んだ末に指差されたのは季節感のあるぬいぐるみではなく、それらに混じるようにしてベッドの上に置かれていた年季の入った小さなぬいぐるみだった。


「……んー、意外なところが。でも、学年が一緒だからおかしくはないのかな?どう思う、彩人?」

「急に話を振らないでくれ……でもまあ、今自分で言った通りじゃないのか?」

「……そのぬいぐるみがどうかしたの?」


 急に目の前でよくわからない会話を始められたからだろう、不思議そうな視線が無透さんから俺たち二人へと向けられていた。


「あ、急に変な話しちゃってごめんね?このぬいぐるみは私が小学生の時にもらったものだったから、えっと……だいたい6年くらい前かな。これだと思ってなくて驚いただけだから心配しないでね」

「それに補足するなら、子供の頃がそのくらい前ってこと自体は無透さんも同じだから見たことあってもおかしくはないかなっていうのがさっきの会話」

「……納得」

「さてと、この話は置いといて。せっかくだからどれかやってみる?」


 少ししんみりとしてしまった空気をまったく気にしていないかのような深玖流の言葉に救われながら、三人並んで歩き景品を見ていく。


「……景品も取り方も種類が色々あって悩む」

「それはそうだよね~。とりあえずは取り方がシンプルなやつがいいから……んーと、どれがいいかなぁ」


 それから景品を眺めながら少し歩き回り、ちょうどよさげな台を見つけたところで先頭にいた深玖流がくるりと振り返る。


「んーと……これとかいいんじゃないかな?彩人、お手本よろしく」

「は?」

「え、やらないの?」


 俺と深玖流のお互いに何を言ってるんだこいつはと言いたい視線が言葉とともにぶつかる。


「こういうデートとかだと普通男の子がやってみせる場面じゃない?」

「ほんとにデートならそうかもしれないけどな。そもそもこれはデートじゃないってのと、自分より上手な相手が一緒にいるのに手本をやる理由がない」


 俺の言葉を聞いた無透さんの視線が深玖流へと向けられる。俺の言葉に該当する人物は消去法で深玖流しかいないのだから当然だ。


「私、そこまでだと思うけど?」

「確実に経験値的には上だろ。あれだけ集めてるぬいぐるみの何割がゲームセンターで取ったやつだ?」

「んーと……普通に買ったりしてるのもあるけど確実に半分はそうかな?」

「あの量の半分なら十分だろ。というわけで任せるからな」

「はいはーい。仕方ないなー」


 深玖流はクレーンゲームの台へと向き、コインを入れる。形式としてはぬいぐるみを三本のアームで掴んで穴まで運ぶオーソドックスなタイプだ。


「それじゃあ、彩人にやれって言われたからお手本を説明しながら……って言っても、これは見たまんまかな。このレバーを動かすとそれに合わせてあのアームが動くんだ」


 そう言いながら深玖流はレバーを前後左右に適当に動かし、それに合わせてアームが筐体の中でゆらゆらと揺れる。

 そのことを無透さんが理解したであろうと察した深玖流はちゃんと狙いを定め、アームを静止させる。


「それで、あとはこのボタンを押すとあれが下がるよー。こんな感じに」


 ポチっ、と自分の口で効果音をつけながら深玖流がボタンを押すと、アームがぬいぐるみを目指して下がっていく。

 その数秒後にはアームはきちんとぬいぐるみを掴み持ち上げ、運び始める。

 しかし一発でうまくいくわけもなく、ぬいぐるみは落下した衝撃ではずみ、最初の位置から少しずれたところに転がった。


「それで、これを何回か繰り返してあそこの穴に入れたらゲット、っていうのが基本だよ」

「……なんとなくわかった」

「一応コツとかテクニックみたいなのもあるんだけどー……これはそんなことしなくてもいけそうだし、チャレンジチャレンジ!」

「……やってみる」


 深玖流の勢いに押されるように無透さんが台の前に立ち、そのままコインを入れると少しずつレバーを操作してアームを移動させていく。

 そのままアームは狙っているであろうぬいぐるみの上辺りで停止し、ボタンが押されると降下し始める。

 そのままぬいぐるみと同じくらいの高さにまで降りたアームが閉じるが、それはぬいぐるみを掠めるだけに終わってしまった。


「……これ、難しい」

「えっと……今のはね、左右はだいたい合ってたけど前後がちょっとずれてたかな。だから……レバーに手を触れたままこっちって来れる?」


 深玖流は筐体の横側から無透さんを手招きして呼ぶ。

 呼ばれた無透さんは不思議そうにしながらも、言われた通りにレバーを掴んだまま深玖流のところへと向かう。


「うん、そこまで来れるなら大丈夫かな」


 幸いにも、無透さんは横から覗き込みながらレバーを操作することができるくらいの位置まで行くことができた。


「ちょっと難しいかもしれないけどここから覗きながらやると前後が合わせやすいと思うよ」

「……なるほど。やってみる」


 そうして挑戦すること数回。

 深玖流のアドバイスを受けながら位置の調整をしたりしていると、ついにアームがぬいぐるみをがっしりと捕らえた。


「よーし、そのまま行っちゃえ!」


 深玖流の応援のせいかがあったのかどうかはわからないが、ぬいぐるみはそのまま無事に穴へと運ばれ、取り出し口へと転がる。


「……?」


 それからどうすればいいのかわからないのか、きょとんとした表情で深玖流のことを見つめる無透さん。

 その視線を受けた深玖流は取り出し口を指差す。


「そこにさっき落ちたのがあるから、取り出せばいいよ」

「……わかった」


 深玖流の指示に従い無透さんはぬいぐるみを取り出す。


「……取れた」

「おめでとう、明莉ちゃん!」

「おめでとう、無透さん」

「……ありがとう。大事にする」


 普段と変わらない口調ながらも、その表情から嬉しそうなのが伝わってくる。こうして無透さんの新たな一面を知ることができたのなら、それだけで深玖流に無理矢理参加させられたかいもあるだろう

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