君に届ける金色の

5話 当日の朝

　そして迎えた翌日。

　だいたいこのくらいの時間でいいかと適当に待ち合わせ場所へと向かえば、ちょうど深玖流もやって来たところだった。

「おはよ、彩人」

「おう。それにしても、あんな適当な約束でもやっぱりどうにかなるんだな」

「あはは、ほんとにね。慣れってすごい」

「まあ、話は歩きながらでいいしとりあえず行くか」

「だね。明莉ちゃんを待たせるわけにもいかないし」

　そうして歩き始めて少しした頃。

　雑談の切れ目ができたタイミングでふと昨日家に帰ってから気がついた疑問を思い出した。

「そういえば深玖琉、今日の遊ぶ場所ってあそこでよかったのか？」

「んー、どういう意味で？」

「あそこ、あれもあるだろ？」

「……あー、うん。それはちょっと思ったよ」

　話題に出したもののことを察したのか、深玖琉のテンションが目に見えて下がる。

　遊びに行く直前にこの話をしたのは申し訳ないとは思うが、確認しておいたほうがいい内容なので仕方ないと割り切る。

「でも、クラスの皆で遊ぶならあそこでしょ？種類がいっぱいあるほうがいいし」

「それはそうなんだけどな」

「それに、一応考えてはあるから。私一応幹事みたいなポジションでしょ？だから、他の人の様子見に行くって言えばどうにかなるかなって」

「それなら一応どうにかはなるか……まあ、逃げてきたら匿う手伝いくらいはするぞ」

「ん、ありがと」

「これに関してはお互い今更だろ」

　付き合いが長いからこそお互いに相手が抱えているものはよくわかっている。だから、可能な範囲で助ける、そんな暗黙の了解がいつの間にかできあがっていた。

「さて、と。確認もできたからこの話はこれくらいにして。彩人は今日何するか決めてる？」

「いくつかのグループを移動しながら適当にくらいしか考えてない。とりあえずは去年からの知り合いのところにでも混ざるつもりだが」

「じゃあさ、できるだけでいいから明莉ちゃんと行動してくれない？」

　変な気を回したお節介かとも取れる深玖琉の発言だが、その表情を見る限り真剣な理由があるようだ。

「明莉ちゃん、クラスにまだそんなに馴染めてないだろうしどこかのグループに入れてあげるのもちょっと難しそうかなって。私も気にはするけどさっき言ったみたいに幹事だからさ」

「なるほど。そういうことなら引き受ける」

「あ、その流れですっごく仲良くなってもいいからね？」

「その余計な一言さえなければ完璧だよ、ほんと」

　そんな話をしている内に学校が見えてくる。

　早めに家を出たこともあり二人で待つことになるかと思っていたが、既に校門近くには人影がある。

　別人の可能性もなくはないが、透き通るような綺麗な髪色。これを見間違うことはない

「あ、明莉ちゃんもう来てる！ほら、行くよ！」

　それに返事をする間もなく深玖琉に手を引かれ無理矢理駆け出す。

　そのおかげか、そのせいか。短時間で校門にたどり着くことができた。

「おはよう！明莉ちゃん」

「……おはよう」

「おはよう、無透さん。待たせた」

「……大丈夫」

「じゃ、さっそくレッツゴー！」

　深玖琉の勢いに引かれながら、目的地に向かって歩く。

　無透さんは相変わらず大人しいままだが、深玖琉が話を振ったりしてくれたりしているおかげで道中も賑やかなままだ。

　もしも俺一人だったらこういうことはうまくできなかっただろうから、こういうところは深玖琉に感謝するしかない。

「明莉ちゃんは今日何かやってみたいこととかあるの？」

「……何があるかあんまり知らない」

「んー、となると……はい彩人。おすすめを言う！」

「あのなぁ……」

「………何があるの？」

「おすすめか…軽くスポーツしたりとかもあるけど……無難にゲームセンターかな。色々種類もあるし」

　去年の冬休みくらいに遊びに行ったときのことを思い出し、どんなものがあったかと頭に思い浮かべながら答える。

　ぱっと出てきたのはほんとに無難なものだったが、無透さんがどの程度運動ができるのかもわからない以上、仕方ない。

「……やってみる」

「えー、彩人無難すぎるってば」

「文句言うなら話を投げないでお前が案を出せ」

「そんなこと言われてもなぁ……彩人がだいたいは言っちゃったし。えーっと…………あ、プリクラ撮りたい！」

「結局お前もゲームセンターだろそれ……」

「別にいいでしょ！」

　深玖琉が中心となって三人で話をしながら目的地に到着すると、既に多くのクラスメイトが施設の入り口前に集まっていた。

「それじゃ、私は点呼取ったりとか色々やることあるから一旦ここで。彩人、明莉ちゃんのことエスコートしてあげるんだよ？」

「……いいの？」

「もちろん。ここまで一緒に来たりしてそれだけ、なんてことはないから。それに、深玖琉もそのうち合流してくるはずだから」

　俺が一方的に気にしているから知れることは知りたいという事情は抜きにしても、これから一年を過ごすクラスメイトに変わりないのだから仲良くなれるのなら仲良くしたいというのが本音だ。

「そうそう。色々終わらせたらすぐにこっち来るから！あ、でも。彩人が変なことしたりして嫌気が差したらすぐに私のところに逃げてきていいからね」

「……変なこと、するの？」

「しないしない！それはないから安心して」

「えー、ほんとにー？」

「お前は早く行ってこい！」

　このままだとずっと弄られ続ける未来しか見えないので、深玖琉の背中を強引に押して持ち場へと向かわせる。

　そうして一時の平穏は確保できたものの、静かすぎて逆に困ってしまう。

　知り合って間もない異性のクラスメイトと二人きり。

　ショッピングモールでの出来事はあったにせよ、相手のことを全くと言っていいくらいに知らないので話題に何を出していいのかも正直わからない。

「あー、えっと……」

「……何？」

「……んーと。あ、そうだ。実際に来て色々目に入るけど、行ってみたいところできた？」

「えっと……」

　なんとかひねり出して思いついた話題は困ったときの天気の話くらいに無難というか、あまり話が広がらなさそうなものだったが無透さんが施設に視線を向けて考えてくれるおかげで無言のまま、という事態だけは避けることができた。

「ん、あれ」

「えっと……ああ、なるほど。来るときに話題には出したしね」

　彼女が指差した先に広がっていたのはゲームセンターだった。大型施設内ということもあり、UFOキャッチャーやリズムゲーム、メダルゲームといった定番の種類は一通り揃えられていてそれが複数の階にまたがって展開されている。これだけの種類があれば無透さんが楽しめるものはきっと見つかるはずだ。

「じゃあ、最初はゲームセンターでいいかな？」

「それで大丈夫」

「一応確認だけど、ここまで大きくなくてもゲーセンターって行ったことある？」

　この質問に対し、無透さんは無言で首を横に振って答える。今までの会話とこの質問の答えから考えると、一般的な学生の娯楽とはだいたい縁遠いと考えていいはずだ。

「となれば……どれが合うかもわからないから気になったやつを教えてもらってそれをやっていくって感じかな？」

「……それでいいの？」

「それで、っていうのは？」

「私に合わせてもらってばっかりだから」

「ああ、なるほど。その辺は気にしなく大丈夫。誰かに付いて回るっていうのが楽しいのも知ってるし、慣れてるから」

「……慣れてる？」

　無透さんからの質問を受けて口を滑らせて余計なことを言ってしまったことに気がつくも既に手遅れ。この場にいない相手のことを勝手に話すことになるが……きっと許してくれるはずだ。

「深玖流もいるときに遊ぶと、昔からそうなることが多かったから。いつも、ってわけじゃないけど」

「……ん、納得」

　無透さんの頭の中ではきっと、俺のことをはしゃぎながら振り回す深玖流の姿がイメージされていることだろう。実際の状況はそこまでというか、少しだけ違ったりするわけだけが今その話をしてしまうと色々とややこしいことになるので、深玖流のイメージにはそのまま犠牲となってもらおう。

「まあ、そういうわけで。自由に見て回ってくれて大丈夫だから」

「……わかった」

「はーい！！皆集合ー！」

　次の話題はどうしようかと悩み始めた矢先、少し離れたところから深玖流の大きな声が聞こえてくる。周りを見ると、深玖流の呼び掛けに応じるように散り散りに話をしていたクラスメイトたちが集まり始めていた。

　その流れに合わせて移動すれば、あっという間に入り口付近の広めのスペースに人だかりが出来上がる。

　パッと見る限りではクラスの半分から三分の二程度の人数が来ているみたいだ。

「たぶん全員揃ったかな？うん、たぶん揃ってると信じて話していくよー。今いない人いたら誰か教えてあげてねー」

　周囲の様子を見て離れたところにクラスメイトがいる、ということはないと判断した深玖流と他二人の計三人の今日の幹事役が話を始める。

　それまではガヤガヤと騒がしかった周りのクラスメイトも静かにしてその言葉に耳を傾けている。

「それじゃあざっくり今日の説明するよー。基本は皆自由行動、どこで誰と遊んでもいいし、何してもオッケー！」

「ただし基本は、ってだけだかんねー。ちゃんと常識の範囲内でだぞー。あと、うちら幹事役は適当に混ざったり勝手にいなくなったりするからそこんとこよろしくー」

「あと、急用ができて帰る、みたいな何か連絡事項ができた人は今日の為に作ったトークルームで知らせてくださいね」

「あ、それとそれと！最後に皆で写真撮りたいからそれだけは覚えといてねー！……あと言うこと何かあったっけ？」

　深玖流がチラッと視線を向けて確認をとるも、二人からの返事は特にない。

　それは問題ないということだと判断したであろう深玖流は一つ、大きく息を吸い込む。

「それじゃあ、今日一日楽しんでいこう！！！」

　その号令に合わせるように周囲から歓声があがる。

　まだ顔を合わせて一週間も経っていないというのに、深玖流はすっかりクラスの中心に馴染んでしまっている。

「……すごい」

　そんな様子を見ていた無透さんがぽつり、と呟く。

　それは歓声に掻き消されてしまいそうなくらいに小さなものだったが、隣にいたことでなんとか聞き取ることができた。

「すごいって、深玖流のこと？」

「……うん。私には無理だから」

「ああいうのは簡単に真似できないって意味では同感かな…………でも、目標を持って行動してみると案外……あ、ごめん。今のは気にしなくていいから」

「……そう？」

「ただの独り言、っていうよりは羨望かな。変なこと言ってごめん、ほんとに個人的なことだから」

「わかった」

「それじゃあ」

「お待たせー！！」

　いざ出発しようとしたその矢先、ついさっきまで聞いていた賑やかな声が近づいてくる。

「別に待ってないっていうか……あとから合流するかもって話じゃなかったのか？」

「幹事の相談とかもすぐ終わったし、何かあったら都度スマホで連絡ってことで皆別行動になった」

「……それじゃあ、今から一緒？」

「うん！そういうこと！よかったね、彩人。両手に華だよ？」

「両手に、ねぇ……」

　そう言われてチラリと二人に視線を向ける。端から見ればたしかにその通りなのだろうが、一人は知り合ったばかりのクラスメイト、もう一人はそういうことは考えにくいくらいの距離感の幼馴染み。実感としてはほとんど両手に華とは思うことができない。

「ちょっと！何、その含みのある視線！！」

「別に。周りから見たらそう見えるかもなって思っただけだ」

「絶対嘘ついてるって！」

「ほら、いつまでもこんなところにいないでゲーセン行くぞ」

「あとで話してもらうからね！明莉ちゃん、行こ！」

「う、うん」

　無透さんが深玖流に手を引かれ、少し困惑しながらも施設の中へと入っていく。

　その少し後ろを俺は付いていくことになるのだった。