4話 昼休みの一幕

 ショッピングモールでの出来事から数日。

 今は新学期になって初めて迎える金曜日の昼休みだ。

 初めての休日がもうすぐやってくるとあってか、クラスの雰囲気もいつもよりも明るい。

 げんに、明日どこへ遊びに行こうかと相談しているグループもちらほらと見える。


「皆ー、ちゅうもーく!!」


 その喧騒を上回るさらに大きな声。

 クラス中の視線を集めたその先にいたのは深玖琉だった。

 教壇に立ち、その近くにはここ数日で仲良くなったのであろう女子が数人いる。


「せっかくだから、明日クラスの親睦会をやりたいと思うんだけどー、皆に来てほしいなー!」


 深玖琉の提案に即答で乗ったグループが参加の名乗りを上げる。

 様子を見ている限り、既にクラスの半数くらいが参加しようとしているようだ。


「あ、彩人は強制参加だからね」

「おい、聞いてないぞ」


 盛り上がったクラスの様子を眺めている間に戻ってきていたのか、深玖琉が自分の椅子に座って近づいてくる。


「え、彩人部活入ってないでしょ。どうせ予定ないんだから参加参加」

「はぁ……拒否はしないから、せめて事前に確認くらいとれ」

「はいはーい。次があるなら覚えとくね」


 行けたら行く、くらいの信用度しかない言葉に思わず溜息が出る。

 それでも、深玖琉がこんなことを言い出すのも今更なので検討してくれようとするだけましかと自分を納得させる。


「それで、何やるんだ。この人数だと大きなところが必要なんじゃないか?」

「その辺はばっちり。去年の秋くらいにできたあそこ、行こうかなって。皆で集まりはするけど、どう遊ぶかは各自の自由って感じかな」


 深玖琉が言っているのは、所謂複合アミューズメント施設。そこではボウリングやカラオケ、ゲームセンターに簡易なスポーツなど色々なものが体験できる。

 たしかに、集まった全員が遊ぶなら丁度いい規模だろう。


「それで、彩人にお願い?って言うよりは提案なんだけど」

「その内容は?」

「今から明莉ちゃんを誘いに行くから、一緒に来ない?っていう話」

「一応聞くけど、何でだ?」

「彩人が気にしてたから?こういうところから接点増やしていけばいいかなって。あと、暇そうだから」

「余計なお世話だ……けど、わかったよ。一緒に行く」

「それじゃあ、レッツゴー!」


 そうして二人で足早に……正しくは深玖琉に引っ張られるように無透さんの席へと向かう。


「明莉ちゃん!」

「…………えっと、何?」


 騒がしくなった教室を眺めていた無透さんは突然話しかけてきた深玖流に驚いたのか、いつもよりも返事をするまでに間があった。


「明莉ちゃんも明日来る?」

「………行ってもいいの?」

「もちろん!大歓迎だよ!!」

「……それじゃあ、行く」

「じゃあ私、伝えに行ってくるね!」


 そう言い残すと深玖流は返事も待たずに教壇の方へと消えていってしまった。


「無透さん、ほんとに大丈夫?深玖流がけっこう強引に押しきってたような気もしたけど」

「……大丈夫。どうしたらいいかわからなかったから逆に助かった」


 了承は得られたものの、形としては深玖流が勢いで押しきったように見えなくもない。

 一応念のためということで確認をとってみると、心配は杞憂だったらしい。


「ただいまー……あ、そうそう」


 連絡を終えて戻ってきた深玖流は近くの空いていた椅子に座ると、無透さんの方を見ると何かを思い出したように口を開く。


「明莉ちゃん、明日行く場所って分かる?」

「…………行ったことはないけど、知ってる…」

「んーと……じゃあ、集合時間の30分前くらいかな。学校に来れる?」

「……大丈夫、だと思う…?」


 深玖琉の質問の意図を理解しきれないのか、無透さんの言葉から困惑しているのが伝わってくる。

 そのままでも話していけばすぐに伝わりはするだろうが、深玖流の万が一を考えて助け船を出しておこう。


「深玖琉、言葉が足りてない」

「あ、そっか。明莉ちゃん、私たちが一緒に行くから学校に集合はどう?」

「……わかった。それなら大丈夫」

「あ、それと。彩人も一緒だけどいい?」

「……大丈夫」


 普通に私たちが、と言っていたからなんとなくそんな予感はしていたが、さらっと会話の流れの中でとんでもないことを確定させられてしまった。

 さっきそういうことを言う時は事前に確認を取ってくれって伝えたばかりなはずなんだが、まったく活かされないのだから深玖流らしい。


「なあ、深玖琉。何事もないかのように俺の予定を確定させたな?」

「えー、どうせ彩人は私と一緒に行くんだからいいでしょ?」

「お前、俺が他の誰かと一緒に行く可能性は考えないのか?」

「そんな相手いるなら既に相談してるでしょ?今この瞬間までそんなことしてなかったから問題なし!」


 どうしてそんなところだけ頭は回るのか、とツッコミを入れたくなるが、言っている内容自体は図星なのが痛い。

 それに実際のところ、深玖琉と一緒に行くだろうと無意識に思っていたので何も否定できない。


「はぁ……わかった。無透さんがダメって言わないならそれでいい」

「じゃあ、あらためてけってーい!詳しい時間は……明莉ちゃん!スマホ出して!」

「……?」


 また突然の深玖琉の言葉に無透さんは困惑しながらも、スマホを出そうとカバンの中に手を入れている。

 当の深玖琉はと言えば、おあずけをされた犬のように今か今かとスマホを待っている。


「深玖琉、今度はほんとに言葉が足りてないぞ。俺にすら伝わってない」

「あ、そっか。よく考えたら明莉ちゃんの連絡先知らないなと思ってね。さすがに知らないと不便でしょ?」

「そうだと思うなら、それを言いながらお願いしような」

「はーい」

「………これでいい?」


 俺たちの会話を聞いていたのか、無透さんが取り出したスマホの画面には既に連絡アプリで友達を追加する画面が表示されていた。

 話しながら操作をしていたのか深玖琉もすぐに同様の画面を出してすぐに連絡先を交換する。


「あ、彩人もスマホ出して出して」

「ん、何でだ?」

「なんでって、彩人も連絡先交換しないと。明日私が体調崩したりしたら彩人が迎えに行くんだよ?」

「……意外とまともな理由だったな」

「むぅー。彩人、ほんとに今更だけど私のことただの能天気か何かだと思ってない?」

「そういうわけだから、俺のもお願いしていいかな?無透さん」

「……大丈夫」

「ちょっとー、無視しないでよー!」


 隣で何か言っている深玖琉のことを無視している間に無透さんとの連絡先交換も無事に終わり、同時に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。


「それじゃ、また連絡するね。明莉ちゃん」

「……うん」

「あ、彩人はいつも通り適当に集合だから。学校にいい感じの時間に着けるようによろしく」

「お前なぁ……」


 ほんとにいつものことすぎて実際問題はないのだが、待ち合わせとしてはあまりにも適当すぎる深玖流の言葉に思わず溜め息が漏れる。


「……それで大丈夫なの?」

「残念ながら、付き合いが長いせいでこれでどうにかなるんだ……」


 あまりにも適当すぎる会話だったせいか、無透さんに心配されてしまった。


「そうそう。ねえ、最後に彩人とちゃんと時間まで相談したりして予定合わせたのっていつ……?」

「…………ほんと、いつだろうな」


 ひとまず最近のことを思い返してみても、該当する記憶は存在しない。

 単に覚えてないだけかもしれないが、残念なことにそこから数年単位で思い出しても深玖流と予定をきちんと合わせた覚えがない。


「よく考えたら昔からそうだよな、俺たちのこういうときの約束って……」

「ねえ、あれより昔は私のせいじゃないよね?私どっちかというと時間守ってた側なんだけど」

「……それはそうだな」

「…………先生、来た」


 深玖流と二人して昔話のスイッチが入ろうとしたその時、ガラガラという音と無透さんの声が俺たちを現実へと引き戻した。


「わっ!ありがと、明莉ちゃん」

「ありがとう。それじゃあ、また明日」

「……うん」

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