3話 彼女の印象

 なんとかクラスメイトによる質問責めを乗り切り、その後は無事に放課後を迎える。

 新学年初日はクラス分けと自己紹介以外はおまけみたいなところも正直あって、連絡事項を聞いている間は退屈なものだった。これが午前で終わっていなければ午後は眠っていてしまったかもしれない。

 隣の深玖琉も同じみたいで、授業が終わった瞬間に立ち上がって大きく伸びをしていた。


「んー、終わった終わった!」

「まあ、ほとんど話聞いてただけだからな」

「彩人はこれからどうするの?」

「適当に買い物とかして帰るつもりだったけど、何か用か?」

「それ、着いて行っていい?」

「別にいいけど、珍しいな」


 深玖琉はその明るい性格から、これまでも新しいクラスでもすぐに打ち解けることが出来ていた。

 だから、今日も新しくできた友人とどこかへ行くものだと心のどこかで思っていただけにその提案には驚かされる。


「あの子のこと、気になるでしょ?ちょっと話した感じとか教えてあげる」

「それは正直助かる」


 あの子というのはほぼ確実に無透さんのことだろう。

 休憩時間前の宣言通り、ほんとに突撃していたのはさすがとしか言えない。


「お昼食べながらかなぁ、彩人は食べたいものとかある?」

「なんでも。深玖琉の食べたいもの選んでいいぞ」

「え、珍しいね。こういう時にいつも何かは案出すのに」

「ん?奢ってくれるやつに場所を選ばせてあげようっていう慈悲もいらないのか?」

「……あはは、やっぱり覚えてた?」

「誰かと遊びに行くって言うなら今日は見逃してもいいかと思ってたんだけどな」

「じゃあ今から……とかは言わないから。お昼食べに行こ。何にするかは気分にお任せかな」


 結局、何を食べるかの選択肢は多い方がいいという結論になり学校から少し離れたところにあるショッピングモールに向かうことになった。

 モールに着いてフードコートの様子を見ると、時間帯がお昼丁度なのに加えて皆同じようなことを考えているのか、同じ学校の制服を着た生徒で溢れかえっている。


「人いっぱいだね、どうする?」

「ちょっと時間置くか。話するなら落ち着いて座りたいだろ」

「だねー。服見て来てもいい?」

「そうだな…1時間後くらいにここで集合でいいか?」

「えー、一緒に選んでくれないのー?」

「はいはい、ふざけるのもその辺にしとけ。お前はどうせすぐ選ぶだろ」

「ま、そうなんだけどね。じゃあ、1時間後だね」


 深玖琉はそう言うと、スキップをするかのような足取りで洋服が売っているフロアへと消えていった。

 そんな深玖琉とは違い特別やりたいことも思いつかず、あてもなく近くの店をふらふらと覗いては次の店へ、というのを体感20分くらい繰り返しているといつの間にか

 大型書店へと辿り着く。

 残りの時間を潰すには丁度いいかと入り口へと視線を向けると、今日一日で完全に記憶に残った白い髪が目に飛び込んでくる。

 顔は一瞬しか見えなかったが、無透さんで間違いはないだろう。


「さて……どうするか」


 思わぬ状況に今取れる二つの選択肢が頭に浮かぶ。


 一つ目、無透さんの姿を見なかったことにして残り時間をどこかで潰す。

 二つ目、偶然とはいえ同じ場所にいるのだから話しかけてみる。


 クラスメイトとはいえ実質初対面、その上気にしているのはこっちからの一方的なものなことを考えると話しかけるという選択肢はほぼない。

 しかし、せっかくの機会だからこのまま別のところに行くというのがもったいないという気持ちもある。


「……どこのコーナーに行くか確かめるくらいなら」


 話しかけはしないが彼女のことは知りたい、そんな思いから最終的に出た結論は折衷案とも言えないものだった。


 結果として異性のクラスメイトの後をこっそり追いかけるというかなり怪しい選択をしてしまった気もするが、偶然行き先が一緒だったという言い訳で誤魔化すことができる。

 そう自分を納得させる。


 そうして追いかけて行くと、そこは参考書が陳列されている棚だった。

 無透さんはそこで授業で使いそうなものをいくつか手に取って中身を確かめ、棚へと戻していく。

 今後の為に様子見にきた、といったところだろうか。


「今のところは真面目って感じかな」


 ある程度見て満足したのか、無透さんはきょろきょろと周囲を確認しながらふらふらと歩き始める。

 何か別のコーナーを探しているのだろうか、棚の列の間に入っては通路に戻ってを何度か繰り返している。

 そうして少しだけ店の奥の方にやってきたところでその足が止まる。


「勉強用、ってわけじゃなさそうだな」


 そこはいわゆる趣味用の本が多く並ぶコーナーだった。

 無透さんは近くにあった本を手に取りパラパラとその中身を確認すると、棚へと戻してはコーナーの奥へ奥へと入っていく。

 左右に並ぶ棚の様々なところから本を手に取っている様子から、特定のジャンルの趣味の本を探しているというわけではないようだ。


 彼女とある程度の距離が離れたことを確認すると、それを追いかけるようにコーナーへと入る。

 朧気な記憶を頼りに無透さんが本を戻したであろう範囲の本を確認してみると、そこに並べられていたのはいわゆる絵の描き方の本だった。


 絵を描くことが趣味なのだろうか、そんなことを考えた

 その時、制服のポケットから急に音が鳴る。

 慌ててその原因を探ると電話の着信を告げるものだった。


「もしもし」

『ちょっと!もう一時間経ってるけど、どこにいるの?』


 相手も確認せずに応答すると、聞こえてきたのは深玖琉の声だった。無透さんを追いかけている内に約束の時間になっていたらしい。


「あー、今は本屋だな」

『早く戻ってこないと、勝手にご飯食べちゃうよ?』

「……もう少ししたら戻る。席だけ取っといてくれ」

『仕方ないなー、早めに来てね』


 それだけ言い残すと電話は切れてしまう。

 スマホを仕舞い、とりあえず無透さんがどこにいるのかを確かめようと周囲に視線を向けると、目の前といってもいいくらいの距離に彼女がいた。


「……あなた、たしか、クラスメイト?」

「よかった、新学年初日から顔を覚えてもらえてたんだ」

「……あなたの幼馴染の影響」

「……あぁ、なるほど」


 その一言だけで顔を覚えられていたことに激しく納得してしまう。

 自己紹介のあとに深玖琉が話しかけに行っていたことも考えれば、当然印象にも残るだろう。


「せっかくだから、一応自己紹介はしなおしておこうかな。虹峰 彩人だ」

「…………無透 明莉」

「あらためてよろしく、無透さん」

「……よろしく」


 それだけを言うと、無透さんは俺のことをじっと見つめてくる。というよりは、何かを探っているとでも言えばいいような雰囲気が漂っている。


「えっと、どうかした?」

「…………どうしてここに?」


 元々の無口さが合わさりその質問をするのに躊躇っていたのか、そうじゃないのかまでは図りしれないが、今はそこは考えなくてもいい。

 考えないといけないのは質問にどう答えるかだ。

 素直に君を追いかけてきた、なんて答えたら今後の学生生活に問題しか残らない。


「ここにある本が気になって」


 なんとか誤魔化そうと咄嗟に手を伸ばしたのは電話がかかってくる前に内容を確認した本だった。


「…………絵、描くの?」

「………………描けなくはない。無透さんはここに何の本を見に?」

「……絵と、歌の本」

「絵と歌、か……それは趣味?」

「……秘密」


 それだけを言うと、無透さんはすたすたと歩きだしてしまう。話はもう終わりということだろう。

 会話が終わり、その場に残る理由もなくなったのでここまで来た時と同じように彼女の後ろを追いかけるように歩く。

 少し違うとすれば、そのことに気づかれているかどうかといったところだろうか。


「……本見なくていいの?」

「さっきしてた電話覚えてる?あれで呼び出されたから」

「……そう。私はあっちだから。来る?」


 指差された方向はフードコートからは離れたエリア。偶然会ったクラスメイトという今の間柄を考えればここで別れるくらいがちょうどいいだろう。


「俺はあっちだから。それじゃあここで」




「おっそーい!もう食べちゃってるよ!」


 無透さんと別れた後、フードコートに戻って深玖琉と合流するとそこには机の上に置かれたポテトを頬張る姿があった。

 本人いわく、待ち時間でつまみ食いするならちょうどよかったとのこと。


「悪かったな、待たせて」

「ほんとほんと、優しい私に感謝してよね」

「はいはい」

「ほへへー」

「口の中身空にしてから言ってくれ」


 もぐもぐとポテトを口に入れていたポテトをジュースで流しこみ、深玖琉があらためて口を開く。


「それで、明莉ちゃんのことだったよね」

「なんとなくはわかったけど、一応深玖琉の見た印象も聞きたいな」

「……わかったの?」


 こてん、と首を傾げ深玖琉は理由を話せと言わんばかりの視線を向けてくる。

 慣れていない相手ならその見た目と仕草に合わせてすぐに落ちてしまうかもしれない。


「さっきちょっとだけ話してきたんだよ。お前が電話をかけてきたくらいにな」

「で、どう?」

「大人しい……っていうよりはやっぱり無口なイメージだな。会話も最低限って感じだし」

「んー、それなら私とだいたい同じかなぁ。でも、ただ無口ってだけじゃない気もするんだよね」

「その根拠は?」

「なんとなく、かな。まだあの子のことほとんど知らないもん」

「あー、そうだ。ちょっと収穫があったぞ」

「収穫?」

「興味のありそうなものがわかった」


 その言葉を聞いた深玖琉の目が今までよりも一層キラキラと輝く。口には出していないが早く教えろと視線が訴えかけている。


「歌と絵、だとさ」

「…………そっかぁ」


 答えを聞いた瞬間、深玖琉のテンションが目に見えて落ちる。さっきまでは早いペースでポテトに伸びていた手も止まり、完全に大人しくなってしまった。


「でも、なんでわかったの?」

「本屋にいたって電話で言っただろ?あの時たまたま近くにいたから何を見てたのか本人に聞いた。趣味かどうかまでは秘密って言われたけどな」

「もし趣味だったとしても話題にするのは難しくない?」

「……そこなんだよな。実を言うとその上、少しやらかした」

「……何やったのよ」

「そのコーナーに何を見に来たのかって聞かれて、咄嗟に手に取ったらイラストの本だった」

「はぁ……できる限りフォローはするけど、期待はしないでよ?」

「わかってるよ。その辺はいつも通りだろ?」


 そのまま雰囲気が少し暗くなってしまい、しばらく無言の間が続く。

 そんな時間を打ち破ったのは深玖琉だった。


「で、他にはないの?」

「他か……ああ、そうだ」


 何かの参考になるかはわからないが、言わないよりはましだろうと記憶を探りながらショッピングモール内の地図をスマホで表示して机の上に置く。


「こっちのエリアって女子なら買いたいものとかってあるか?」

「こっち?…………ん-、日用品とかも売ってるから断定はできないかなぁ」

「だよな」

「それで、ここが何なの?」

「本屋の前で別れる時に無透さんが行ったのがこっちってだけなんだけどな。手掛かりになるとは正直思ってない」

「なるほどねー。この辺で特別に買うなら……お花くらいかなぁ」


 深玖琉が地図で指さした店は少しだけ大きな花屋だった。言われてみれば、このショッピングモール付近の店を合わせて考えても一番品揃えがいいとか昔聞いたような気がする。


「まあ、これはさすがにわかんないから忘れてもいいんじゃない?」

「そうだな。じゃあ一段落もしたし昼ご飯選びに行くか」

「ちぇー、覚えてたか」

「お礼に軽めのやつにして、デザート分けてやるから許してくれ」

「それ、私が自分で買ってるのと変わらないから!」


 こうして、新学期初日の午後は過ぎ去って行った。

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