2話 自己紹介
予鈴に慌てて走って二人で教室に駆け込み、自分の席を探す。
ほとんどの机に荷物が置かれていたことに加え、近くにいた前の学年からの友人が教えてくれたこともあってすぐに見つけることが出来た。
ひとまずほっとすると、隣の席から声が掛かる。
「今年は隣だね。色々とよろしく」
「あのなぁ、勉強の面倒まで見る気はないぞ」
どうやら深玖琉は隣の席だったようでいつものように笑うかけてくる。
去年はクラスも違ったせいか、今年は隣で話せることがかなり楽しいって感じが伝わってくる。
「同じクラスになるの一年ぶりだね」
「そうだな。まさか隣とまでは思わなかったけど」
「今年のクラスはいいことあるかも」
「これで今学期の運使い果たしてないといいな」
そんなことを自分の口では言いながらも、去年とは何か違ったものになるという確信がどこかにはあった。
今朝の夢とこのクラス分け、まるで何かに導かれているような気もして。まさか、さすがにそんなことはないかと、すぐに変な考えを頭の隅においやる。
「ねえねえ、あれ」
「皆さん、席についてください。ホームルームを始めます」
深玖琉の言葉を遮り、担任の先生が教室に入ってくる。名前はすぐには出てこないが、たしか世界史の教師だったはずだ。
「えーと、まずは。今年一年皆さんの担任になりました綿引です。担当科目は世界史です。皆さんの自己紹介等は始業式の後でしてもらうので先に連絡事項を簡単に伝えますね」
いつも通りの話を聞くだけの始業式を終え、教室へと戻ってくる。
移動の間は去年からの知り合いに話を聞き、誰がどのクラスにいるかをだいたい知ることができた。
どうやら、今年のクラスの三分の一程度が顔見知りらしい。
「それでは皆さんのお待ちかね、かどうかまではわかりませんが自己紹介の時間です。わかりやすいように、出席番号の順番でいきましょうか」
先生の音頭で自己紹介が始まる。
運動部所属だったり、元からそういう気質なのだろうクラスのムードメーカーになりそうなのが何人か見つかる。
他にも個性的な人も多く、賑やかなクラスになりそうなことは簡単に予想できる。
そんなことを考えているうちに自分の番が回ってくる。
「えー、
無難に挨拶を終え、聞こえてくる拍手を耳に入れながら自分の席に戻る。
椅子に座って一息ついていると、早速隣の席の深玖琉が声を掛けてくる
「ねえ、挨拶普通すぎない?」
「こういうのは普通でいいんだよ。部活に入ったりしてるわけでもないし、特技とかもないからな」
「えー、せっかくの最初の挨拶なんだからちょっとくらいインパクト残したほうがいいって」
「それならお前がやればいいだろ」
「言ったね?ちゃんと忘れられないやつにするからちゃんと聞いててね」
少し引っかかる言い方をしながらも深玖琉は話を切り上げてしまい、それ以上追及することもできず仕方なく自己紹介に意識を戻す。
それから何人かの挨拶が続いた後、深玖琉の番が回ってきた。
その深玖琉はといえば、元気よく教壇まで出ていきそのまま口を開く。
「えーっと、
元気よく自己紹介をして深玖琉らしいななんて思っていた矢先、それに続けて耳を疑うような発言が飛び出してくる。
「ちょっと前に自己紹介してた彩人とは普通じゃない関係……ってわけじゃないけど、昔からの付き合いの所謂幼馴染です!皆、一年間よろしくね!!」
その挨拶が終わった瞬間、去年から関係を知っていた相手からは同情的な視線が、そうでない相手からは興味100%とでもいいたげな視線が大量に突き刺さる。
ああ、これはこの後の休憩時間で質問責めだなと覚悟をしているとやらかした張本人が戻ってくる。その表情はかなり腹が立つくらいに満足げだ。
「どう?あれなら絶対印象に残るでしょ?」
「……そうだな。最悪の気分だよ」
「えー、なんでー?」
「お前、昼飯奢りの約束覚えとけよ」
どうやって憂さ晴らしをしてやろうかと現実逃避しながらなんとか思考を切り替えようとする。
しかし、そんなにうまくいかないのも事実でそれから数人の自己紹介は全く頭に入ってこなかった。
そのまましばらくボーっとしていると、隣の深玖琉がつんつんとつついてくる。
「……どうした?」
「ん」
あれ見て、と言いたげに指さした先では一人の生徒が教壇に立ったところだった。
「……
その子の自己紹介はとても簡単で逆に印象に残りそうな気もするが、そんなところは重要ではなかった。
足早に自分の席に戻ろうとしながらなびかせる髪は少しだけ青みがかった白色で、腰に届くかというくらいの長さ。
まさしく、少し前に深玖琉に知っているかと尋ねた少女そのものだった。
深玖琉も俺の表情からなんとなく察しがついたのか、視線だけでそうなのかと尋ねてくる。
それに頷いて返してから、改めてさっきの自己紹介を思い出す。
「無透明莉、か。やっぱり知らない名前だな」
記憶を辿ってみても無透という名字に心当たりはない。
それでも、どこかで引っ掛かりを覚えてしまう。うまく言い表すことができないが、近い感覚で例えるなら似た人を知っているというところだろうか。
「深玖琉、名前を聞いて思い出したこととかないか?」
「全然なーし。あそこまで可愛かったら去年知っててもおかしくないんだけどなー。でも、思い出せないけどなんとなく知ってるような気はするんだよね」
どうやら明莉という同級生に対しては深玖琉と同じような感覚を持っているみたいだ。
この不思議な感覚の正体はこれから一年間共に過ごせばわかるんだろうか。
「とりあえず、次の休憩で突撃してくるね」
「……任せた」
「え、彩人は来ないの?」
「誰かさんのせいで質問責めにあって動けなくなりそうだからな」
「……頑張ってねー」
「おい、目を逸らすな」
「なんのことかワカンナイナー」
色々な意味で波乱の幕開けとなった新学期。
どんなことが待っているのかと楽しみ半分、不安半分。
昔聞いた言葉になるが、こういうものは動き始めたら止まらないらしい。
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