8話 深玖流と音楽
「ふぅ……なんとかなったな」
伊吹さんがいなくなったことを確認し、深玖流と二人顔を見合せ一息つく。
「だね。でも彩人、あの話の振り方はさすがにひどくない?」
「普段のキャラに合わせるならあれが一番楽だろ」
「むぅ……それはそうだけどなんか納得いかない」
「……えっと、何かあった……?」
俺たちの会話を聞いて無透さんが不思議そうな視線を向けてくる。
たしかに、さっきまでの会話の流れと今の会話は噛み合わないだろうから、置いてけぼりのような感覚になってしまっているだろう。
「……あー、深玖流。どうする?どこまで話すかは任せるけど」
「んー…………まあ、最低限は説明しておいたほうがいいよね」
「……?」
「簡単に言うと私、カラオケが……っていうよりは誰かの前で歌うのがあんまり好きじゃないんだよね」
「……たしかに、やりたくなさそうだった」
無透さんの頭の中では、ついさっき伊吹さんにカラオケに誘われた時の深玖流の様子が思い出されていることだろう。
「ここに皆で遊びに来るって決めた時点で多少の覚悟はしてたんだけどね……やっぱり、急に話振られると誤魔化しにくいなぁ」
「……なんで誤魔化してるの?」
「理由は二つかな。まずは皆に気を使わせたくないから。私が気をつけてどうにかできるならそれに越したことはないし。でも、次の方が本題。私が誰かの前で歌うのが好きじゃない理由に触れられたくないから。そもそも知られなければ絶対に触れられないでしょ?」
そう言う深玖流の表情は普段学校で見せているような明るいものではなく、逆にそんなものが欠片も感じられないくらいには暗いものだった。
「……私に話していいの?」
「成り行きで仕方ないかなっていうのと明莉ちゃんはその辺聞かないでいてくれそうだからかな?」
「……わかった。聞かない」
「ありがと!……あー、でも。なんとなく明莉ちゃんにならここは話しても大丈夫かなって気はしたんだよね。なんでだろ?」
思わず無透さんに抱きついた深玖流がふと我に返って俺の方を見てくる。
「いや、そんなこと聞かれても知らないぞ」
「だよねー。まあ、気にしなくてもいいかな」
俺と深玖流が無透さんに出会ったのはクラス替えが行われてからだというのに、二人揃って何度も不思議な感覚を覚えるというのは奇妙な話だが、その原因はよくわからない。
「ねえ、二人とも。次行くところ私が決めてもいい?気分転換したい」
「……私は大丈夫」
「好きにしろ」
そうして深玖流の先導のもとやってきたはリズムゲームのエリア。
最近はリズムゲームの種類も増え続け、ボタンを押すだけのシンプルなものや体を動かすもの、ギターやドラムのように実際の楽器を模したものを使うなど様々なものがある。
「初めてでもやりやすいとなると、やっぱりこれじゃない?」
その中でも選ばれたものは有名な、太鼓を使って遊ぶものだった。
実際、操作自体がシンプルであり一つの画面で二人同時プレイも可能なことから今の状況にもぴったりだろう。
「これはたぶん初見でもやることはわかると思うけど……彩人と私で1ゲーム手本やってみよっか」
「お前、自分は好きにやりたいからって実質手本任せる気だろ?」
「さあ?どうだろうね」
慣れた手つきで深玖流はコインを入れ、それに続くように俺もコインを入れる。
「とりあえず……この辺行ってみる?」
深玖流が選んだのは少し前に話題になったアニメの主題歌だった。アーティスト自体が有名なこともあり最近のヒット曲の内の一つだ。
「いいんじゃないか?」
「じゃあ、決まり!」
深玖流は曲を決定すると、迷わずその曲の中で最高難易度を選択した。星の数で表示される難易度を見ると、一番難しいものからは二段階ほど落ちたくらいだろうか。
「はぁ……やると思った」
「えー、別にいいでしょ?やること自体は難易度の差ってそんなにないし」
「そうだな……やる動作だけ見るならな」
「ほら、情報量の少ないのは彩人担当ってことで」
「最初からそのつもりだっただろ。素直に言え」
「はーい。次からは善処するねー」
全くもって改善する気のなさそうな深玖流にはそれ以上付き合わず、無透さんの方を向く。
「無透さん、このゲームは知ってる?」
「……テレビとかで見たことはある、でもやったことはない」
「それなら話は早いかな。一応説明しておくと、やることは大きく分けて二つ。画面の右から音符が流れてくるからそれの見た目に合わせて太鼓の面か縁を叩くだけ」
「連打したり両手で叩くと点数が高かったりとかも一応あるけど、そこは気にしなくても大丈夫だよー」
こんな感じにね、と言いながら深玖流はゲーム中に使う一通りの動作を実演する。
「あ、それと。深玖流がプレイしてるのはそんなに気にしなくてもいいから」
「……そうなの?」
「難易度的には一番難しいやつをやるから、たぶん見ても画面の情報量が多くて混乱すると思う。だから俺のほうの画面を見てくれればいいよ」
「……わかった」
制限時間が近づいてきたので筐体の方を向き、説明のために保留にしていた自分の難易度選択を終わらせて曲を開始させる。
そしてプレイ開始から数分後。
俺と深玖流の画面にはそれぞれフルコンボを示すリザルトが表示されていた。
「……二人とも上手」
「えへへー、ありがと」
「どう?どんな感じでやるかはわかりそう?」
「……なんとなくはわかった」
「よかった。じゃあ、彩人」
そこまで言った深玖流は何かを期待するような視線を俺へと向けてくる。何となく言ってくることは予想できるものの、一応確認のために続きを促す。
「明莉ちゃんも理解できたみたいだし、好きに選んでいい?」
「はぁ……だと思った。いいけど、この後無透さんと一緒にやるのはお前の担当な。お前の選曲に付き合ったら体力が足りない」
「はいはーい。それじゃあ取引成立ってことで、これいってみよっか」
ウキウキの深玖流がノータイムで選んだものはこのゲーム内でも難関曲として知られるものの内の一つ。その上深玖流は最高難易度、いわゆる隠しの裏難易度を迷わず選択した。
「無透さん、深玖流の方はほんとに見なくてもいいからね」
「……そうなの?」
「正直、この後の初めてのプレイに関しては全く参考にならないから。さっきまでの比じゃないくらいわけがわからないと思う」
「……わかった」
「じゃ、いっくよー!」
話にキリがついたと判断したのか、深玖流は俺のほうの太鼓を操作して勝手に曲をスタートさせる。
「訂正。無透さん、俺の画面もそんなに見なくていいよ」
画面の切り替わる直前に目に入ってきたのはなぜか深玖流の一つ下の難易度が選択されていた俺のキャラクター。
その難易度を選択しておいた覚えはないから、深玖流がこっそりと弄ったのだろう。そう思って視線を向けてみると、いたずらがばれた子供のようにこちらを見ながらウインクをしてきた。
「お前、後で覚えとけよ?」
「えー、ゲームの音がうるさくて何言ったか聞こえないなー?」
明らかに聞こえている人間の返事だが、それを問い詰めるよりも早く曲がスタートしてしまいそれどころではなくなってしまう。
そして数分後。
曲が終わった時には腕に強い疲労を感じている俺と、満足した表情の深玖流という構図が出来上がっていた。
結果は俺がノルマのクリアぎりぎり、深玖流がほぼ完璧というものだった。
「……すごかった」
「えへへー、ありがと!じゃ、彩人。ラストの曲いこっか」
「おい、少しは休ませろ」
「ざんねーん。もう選んじゃった」
テヘペロ、とでも言いたげな表情の深玖流が選んだのは本当の最難関曲。もちろん、止める間もなく俺と深玖流二人分の難易度選択まで終わらせられていた。
「お前、ほんとに覚えとけよ?」
「まあまあ、次休めるんだし大丈夫だって」
「誰のせいで休むのが必要になったと……」
「あ、始まるよー」
プログラム通りに動くゲームに慈悲なんてものはなく、すぐに曲が開始される。
しかも、深玖流の選曲はよりにもよって速度と物量で押してくるタイプのものだった。
もちろん一つ前の曲で既に疲れていた俺がそれに対応できるわけもなく、リザルトは深玖流と文字通り明暗くっきりと分かれるものとなった。
「あー、楽しかった!」
「はぁ……はぁ、お前ほんとに覚えとけよ」
「えー、お詫びにジュース買ってくるから許してくれたりしない?」
「はぁ……それでいいから、早く行ってこい」
「はいはーい」
そうして深玖流がいなくなり、無透さんと二人その場に残される。
「……大丈夫?」
「なん、とか……」
心配してくれた無透さんの言葉に息をきらせながら答える。
深玖流と一緒にやる時点で多少は高難易度の曲に付き合わされることは覚悟していたものの、2曲連続でしかもほとんど間をおかずになったせいで思っていた以上に疲労が体にきてしまっているようだ。
「……それにしても、すっごく上手だった」
「そこはまあ、経験値があるから。ああ見えても、って言うと語弊があるかもしれないけど深玖流はこの手のゲームは結構前からやり込んでるよ」
「……ちょっと意外」
「確かに、普段のイメージとは違うかもしれないしね」
周りから見た深玖流のイメージは可愛いもの好きな活発な少女、といったところだろう。そのイメージからすればゲームセンターに通ってゲームをやり込んでいるのは少しずれたものかもしれない。
「……それも少しはある。でも、理由は別」
「別って言うと?」
「…………えっと、さっき言ってた……」
無透さんはそこから先の言葉を濁した。
さっきした話でリズムゲームをやることが意外と思われる理由は……ああ、なるほど。
「……あー、たしかにさっきの深玖流の説明だと誤解される可能性もあるか」
「んー、何々?何か誤解されることあった?」
無透さんの誤解の理由に思い当たったところで、買い物に行っていた深玖流が戻ってくる。
その手には炭酸とスポーツ飲料が一つずつ握られていた。
「はい、こっちでいいでしょ?」
そう言うと深玖流はスポーツ飲料の方を差し出し、俺がそれを受け取ったことを確認すると自分用の炭酸飲料を開けて口をつける。
「んっ……それで、誤解って何の話?」
「お前がリズムゲーム得意なのが意外って話」
「んー?そんなに意外かな?」
意外と思われる理由に心当たりはないのか、深玖流は首を傾げる。
「たぶん、さっきの話の後だから意外に思われたんだろうな。無透さん、意外な理由って深玖流がさっき人前で歌うのが苦手って言ってたからで合ってる?」
「……うん」
無透さんの誤解の内容として、深玖流は人前で歌うことが苦手なのだから音楽全般苦手なのかもしれないと考えたと予想してみれば、結果は当たりだった。
たしかに、普通ならそう判断してもおかしくはない。
「あー……なるほどね。うん。音楽自体は好きだからこういうゲームはずっとやってるんだよね」
「深玖流はほんとに人前で歌うことだけが苦手なんだ。というか、積み重ね自体はある分、音楽系には強いよ」
「そうそう。だから一人でカラオケは行くし、一人の気分じゃないけどどうしても行きたいってときは彩人に付き合わせてるから」
「……納得。でも、付き合ってもらって歌えるの?」
無透さんの質問にまあね、と苦笑いしながら深玖流は答える。深玖流は人前で
「彩人は特別だから……って言うと変かもしれないけど。彩人は私が歌いたがらない理由を知ってるし、隠さなくてもいいから」
「まあ、この辺は付き合いが長いからこそってことで」
「……さすがは幼馴染み」
「お互い色々知ってるしね……ほんとに色々さ」
「……まあな」
「さーてと!彩人、これ持ってて」
しんみりとしてしまった空気を切り替えるように深玖流が明るい声を出し、手に持っていた飲み物を差し出してくる。
「別にいいけど、どうしたんだ?」
「休めたし、明莉ちゃんとゲームやろうかなって。彩人は休憩って言ってたでしょ?」
「誰かさんに疲れさせられたからな。持っててやるよ」
「それじゃ、よろしく。明莉ちゃんはそれで大丈夫?」
「……うん、やってみる」
そうして、二人でのプレイが始まった。
最初は少し遠慮していたが、深玖流が押しきる形で最終的な選曲は無透さんがやることになる。
無透さんの知っているものから選ばれた曲は最近のメジャーソングで、横から深玖流が話題の一つとして出していた懐かしいアニメやゲームの曲はほとんど知らないみたいだった。
そんな流れを繰り返して1プレイ分である三曲が終了し、俺はタイミングを見計らってリザルトを見ている二人へと近づく。
「明莉ちゃん、どうだった?」
「……楽しかった。でも、腕がすごく疲れた」
「あはは、たしかに慣れてないと大変かもね」
「お疲れ様。いつの間にか結構いい時間だけどこれからどうする?」
二人が自分のスマホを取り出して時間を確認すれば、だいたい正午が示される。
色々見て周りながらゲームで遊んでいるうちに思っていた以上に時間が経っていたらしい。
「言われてみたらお腹空いてきたかも。さっきアイス食べた気がするけど、お昼ご飯にしちゃう?」
「……私も賛成」
「それじゃ、移動しながら何にするか相談かな」
「だね」
こうして俺たちはゲームコーナーを後にするのだった。
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