from the home

 


 アルバイトを始めて六ヶ月後





 このアルバイトを始めて六ヶ月が経った。


 今はいつもの雑草取りをしている。


「・・・・・」

 足元の円盤状の機械からは、ウィィーー––––––––––––と小さな駆動音がしている。



 雑草を取りながらこれ《このアルバイト》について少し考えを巡らせていた。

 このアルバイトの内容はたまに変わる。

 庭にある緑化を維持するための設備の点検、必要なときは修理。家自体、つまり家の外壁などの簡単な清掃、害虫駆除、雑草取り。まあよくよく考えれば内容が「変わる」というより、それぞれ必要になったときにやっているだけで、やっていることはといえばやはりこの家の周りの環境の管理だ。それに関しては別に飽きたりすることもなく、淡々と毎日を過ごしている。


 淡々と――――


「・・・・・・・・」


 雑草取りが終わった。

 「(やっぱり道具の力を借りてても疲れるな)」


 近くにあったベンチに座った。


 座ると疲労が一気に襲ってきた。

「・・・・・・・・」

 しばらくは何をするでもなく目の前にある地面の方を見てぼーっとしていた。

 そして少しすると疲労から睡魔が襲ってきた。

「・・・・・・・」

 眠い・・・・・・。


 眠気で意識がぼうっとしてくる。


 そしてうとうとして眠りに落ちかけた時、








 

 ガチャ――――








 音が聞こえた。何か扉を開けるような音だった。聞き慣れないその音で眠気が一気に吹き飛んだ。


 時間がゆっくり進む。


 長い間、扉が開く、というようなことがこの家には起こっていなかったからか、そんなことが起こり得るということが完全に意識の外にいってしまっていた。

 そうだ。

 当たり前だがこの家には玄関に扉がある。

 予測されるに、その音はその扉が開いたということだった。

 


 扉の方、つまりこの家の玄関がある方に視線をやる。

 庭のベンチがある場所は、家の正面から見れば側面にあたる位置にある。ここからでは玄関は死角になっていて見えない。

 


 コツッ、と玄関のコンクリート製の地面を踏む音がした。

 


 まだ玄関の方を見続ける。

 


 すると


 家の正面の角から男が出てきた。年は私と同じくらいだろうか。上下ともカジュアルな服装で、いわゆる普通の格好だった。


 ――――ただ、


 その人は頭を左にもたげさせ、うなだれていた。「疲れている」という印象だった。

 男は玄関から出て、門の方に向かわずにベンチがあるこちらの方に歩いてきて―――



「––––––––––・・・」

 途中でこちらの存在に薄く気付いた。



 しかし、男は止まらずに、その疲れた様子のままで、そのままベンチのところまで歩いて来た。

 私が座っているベンチの所まで来ると一度立ち止まり、次に、ベンチの空いているもう一方の端のほうに、肘掛けにもたれかかるように座った。






「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 

 しばらく沈黙が続いた。









「楽かい」







「え?」






 彼が身体を動かさないまま、そう訊いてきた。

「・・・・・・・・、どうしてこのアルバイトを受けようと思ったんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 訊かれて


 私は長い間沈黙した。








 するとまた男が質問してきた。

「家には帰らないの?」

「帰ってもやることがないから」

「それでも普通人は家に帰るよ」

「どうして?」

「・・・安心するから」

「帰っても安心できない」

「どうして?」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」













 一度空を見た。


 雲の速度が遅いのか、画像のように止まって見える。








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私」

「・・・」

「・・・・・・・・・・・・私・・・・・・、学校やめちゃったんだ・・・・・・」

「・・・」

「・・・・・・・・・・・・行きたくない学校だったの・・・。・・・もともとやりたいことがあったんだけど・・・」

「・・・・・・・・」

「そのやりたいことをするために行きたい学校があったんだけどね・・・? 教育の環境なんてなくて、別に行きたくもない学校に通うことになったんだ。自分に”関わり”も興味もないことをやってるところだったから、・・・つらいからやめちゃった。そしたら”路頭に迷った”の」









 沈黙の後









「僕はずっと国や組織に追われていてね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうなの? ・・・・・今も逃走中ってこと?」

「ううん。でも追われ続けていてね」

「・・・・・・・?」



「だから家にいるんだ」



「・・・・・・外には出ないの?」

「うーん、もういいかな・・・」

 言った後、困ったような顔で

「出たいんだけどね」

 苦笑いした。






「・・・」

「・・・・・」

「楽かい?」

 同じ質問をされた。


「・・・・・・・・・・・・・まあ・・・」

 意図は読めなかったが、


「楽。これはきつくない」

 と答えた。

「そうか」

 彼が言った。





「ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、眠るよ」

 疲労が限界だったのか。小さな声で絞り出すように彼が言った。

「・・・」

 彼がベンチの肘掛けに身体を預け、その身体は傾いたままで動きを止めた。

 少しして、寝息を立て眠りについた。






「・・・・・・」

 風が吹いている。

 



 目の前にある芝生の草を見た。

 



 顔を上げ、上にある空を見た。

 




 そしてまた前を見てぼーっとしていると、




 コトッ、と木製の物に何かがぶつかる音がした。




 音の方を見ると、それは彼の服のポケットからスマートフォンがベンチに落ちた音だった。




 音につられ、スマートフォンの方を見た。その黒い画面に視線が向かった。



 次の瞬間、それの目覚まし時計が起動してスマートフォンの画面が明るくなると、




 音楽が流れた。





 彼の髪が心地よい風に吹かれ揺れていた。


 ♪ Life In Technicolor / Cold Play

 






 



 しばらく音楽に耳を傾けていた。音楽が流れている間はなんとなく目の前の地面を見ていた。音楽が終わるとまた静寂が訪れた。



「・・・・・」


 

 寝よう。


 

 今日は疲れた。


 目の前には自分が設置したテントが置かれている。

 

 ベンチから立ち上がり、テントに入った。テントの中で仰向けになって脱力した。

 そのうちだんだんと眠くなっていった。

「おやすみ」

 身体の力を抜きながら、誰に言うわけでもなく小さくそう呟いた。















 翌日



 目が覚めた。周りを見てテントの中で眠っていたことを思い出す。テントの天井にある窓の部分から身体に暖かな光が差していた。

 テントの外に出る。テントを出て左にベンチがあるが、もう誰も座っていなかった。


 とりあえず

「おなかすいた」

 朝の少し肌寒い空気も感じるのもそこそこに、テントに入って朝食をとった。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

around the home 空 日影 @nwkndzws

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ