第3話 今日からリュリュ

「…………呪い」


 何だか物騒な単語だな、と思ってしまったのが表情に出たのか、辺境伯様は「うつるものでもないから、気にしなくていい」と、笑って片手を振った。


「ここから遠く離れたお城で暮らしている、偉い人たちの間で『誰が一番偉いか』っていうケンカをしていてね。彼はそのとばっちりで、あんな姿になってしまったんだよ」


「偉大なる魔法使いなのに?」


「ぐっ……ごほっ、ごほっ!!」


 思ったままを口にしたのがいけなかったのか、ネコが食事を喉に詰まらせていた。


 辺境伯様が横を向いて笑っているみたいだから、そこまでダメなことは言っていないんだろう、きっと。


「庇うわけじゃないが、偉大なる魔法使いだから、あの姿に留まったとも言えるんだよ」


「……そうなの?」


「私だったら死んでいたかも知れないね」


 辺境伯様は、言葉を飾らずにちゃんと説明をしてくれる。


 ちょっとネコに対しては思うところもあるけれど、辺境伯様にそれを言うのは「八つ当たり」だろうと、子供心にも理解はしているつもりだった。


 そのままおとなしく話を聞いていると、リンデロートと言うこの国では、どうやら「王様」が一番偉いらしい。


 辺境伯様よりも、まだエライ人がいると言うことだ。


 そんな今の王様をしてまで偉くなろうと言う人はいないらしいけど、今の王様が引退した後、誰が次の王様になるか――と言う争いごとは、しょっちゅう起きているんだよと、辺境伯様はかなり嚙み砕いた説明を、ゆっくりと聞かせてくれた。


 自称「偉大なる魔法遣い」様は、次の王様に一番近いと言われている人を庇って、ネコの姿になってしまったんだそうだ。

 それも、その姿で済んだことさえ、とても運が良かったんだよ――と。


「まあそれで、今の姿形から、元の姿へと戻る薬を、彼はずっと研究していてね。日頃から薬の材料を探しに色々なところへ出かけているんだが……その内の一ヶ所が、君の住んでいるところだったと、そういう訳なんだよ」


 頭の中を一瞬、子どもの姿にさせられた高校生探偵が、一時的に元に戻る薬を手に入れて飲むシーンがよぎった。


 あれは呪いじゃないけれど、イメージとしてはそう言うことなんだろうなと、ひとりで勝手に納得をしておく。


 辺境伯様の話に、ネコもうんうんと頷いていた。


「もう、国中探し回っても、なかなか効果的な素材が見つからなくてさ。それで範囲を広げた結果が、あそこだったんだよ」


 偉大なる魔法使い様は、違う世界にでも探しにいける力があるのだと、要はそう言うことらしかった。


「そして、一人で戻って来ればいいものを、なぜか君が一緒だった」

「あんなところで二時間も待っていれば、もう充分だと思ったんだよ!」


 辺境伯様の呆れた声に、ネコが反論をしている。


 二時間。


 確かに「いい子にしているのよ」とは言っていたけど、いつ戻ってくるとは、おかあさんは言わなかった。


 二時間は……長いんだろうか。


「ごめんね。それで、ちょっと君に提案があるんだ」


 考え込んでいると、ふと、辺境伯様の声がそれまでの柔らかかった声から変化していた。

 思わず、さっきのネコみたいに背筋をピンと伸ばしてしまう。


「ああ、いや、怖がらなくてもいい。この世界の住人は、皆、大なり小なり魔力を持っていてね。だから生まれた時に役所で検査を受ける。どんな種類の魔力を、どのくらいの量持っているか……とね。それを君にも受けて欲しいと思ってね」


「……検査」


「痛いこともしない。ただ、専用の石に少しの間手をかざすだけだから。そうすれば、もしかしたら自力で戻れるほどの力があるかも知れないし、ダメならどうしたらそこに近付くことが出来るか、考えていくことが出来る」


「……『偉大なる魔法使い』様は、出来ない?」


 ちょっと小首を傾げてみれば、ネコはぺしゃんとテーブル上に突っ伏していた。


「場所は特定出来るんだよ、場所は! 母親だれかが来れば気配も分かる。けど、あの日あの時間に空間を繋げられるかと言われたら、この姿での魔力だと……」


 突っ伏して、そしてうんうん唸って頭を抱えている。


 戻ったはいいけど、実は何十年もたっていて、おかあさんはもう天国に行っちゃってた――なんて、可能性もあるらしい。


 そこまで行くと、今度は亀じゃなく、ネコに乗って竜宮城から戻る自分が頭をよぎる。

 玉手箱おみやげを渡されても、貰わないようにしないと。うん。


「まあ……そんなわけだから」


 辺境伯様の声にハッと我に返ったら、いつの間にか唸っているネコの頭を、辺境伯様が笑顔で上から手で押さえつけていた。


「いだだだだっ⁉」


 しかもネコの悲鳴と抗議は、まるっと無視している。


「ロシー……今はこんなケット・シーねこの姿だが、確かに人間に戻れば君を帰せる可能性が一番高くなるね。特に君にもしそれなりの魔力があったとしたら、コレの助手でもしながら帰る方法を探すって言う選択肢も出て来ると思うんだよ」


「助手⁉」


 叫んだのは、もちろんネコ。

 辺境伯様は、まったく取り合っていない。


「帰れるとなれば助力は惜しまないし、もちろんしばらく暮らしてみて、君が元いた世界ところよりこちらがいいとなったら、私の権限で住民登録くらいは出来る。そもそも、何時間待たされていようと、君の意思を確認せずにこちらに連れて来た方が悪いのだから、君が望むことを、基本的には拒否しないよ」


 犯罪行為にさえならなければね、と、辺境伯様は最後に片目を閉じた。


「魔法……使えるんですか?」


 魔力があるかも知れない、と言うからには魔法が仕える可能性もあると言うことだろうか。


 大きなリボンを頭に乗せて、箒に乗って空を飛びまわる姿をうっかり想像してしまう。

 その瞬間だけは、二時間「誰も迎えに来なかった」と言う事実を忘れることが出来た。


「魔力があればね」


 それを調べに行くんだよ――と辺境伯様は笑い、聞いてしまえば答えは一つだった。


「調べに行きたいです」

「うん。いい返事だね。では、そうしようか。……ソランド」


 辺境伯様の声に「は。馬車の用意を致します」との声が部屋の隅から返ってきた。


 食堂の扉が開いて、すぐにまた閉まる。


 そうしてソランドさんが出ていったのを見届ける形で、辺境伯様が「ふむ……」と、口元に手をあてた。


「廃村寸前だった村で暮らしていた子供が保護された、と言うことにでもして……あとは魔力測定と登録のための名前……名前か……」


 単語の欠片でも覚えはないのか、と聞かれたけれど、本当に欠片も思い出せないのだ。


 正直にそう答えると、辺境伯様は困ったように悩みはじめた。


「髪……瞳……リュウの色とは言え、女の子となると……うん、じゃあとりあえず、リュリュにしようか。いいかい? ここでの君の名前は〝リュリュ〟だ」


「リュリュ」


「元の名前を少しでも思い出して、違和感を感じたなら自分で変えればいい。とりあえず今は、役所で魔力測定をするのに名無しってわけにはいかないから、リュリュだ。誰かに由来を聞かれたら、髪と瞳の色から付けられたと言えば、大抵は納得するから」


 どうやら、リュウと言うのがこの国での黒っぽい色を指すらしい。


 一瞬、中二病の単語が頭に浮かんだけれど、多分この国の人たちからすると、日本語っぽい名前の方が浮いてしまうんだろうから、ここは受け入れるしかないんだろう。


 日本……日本語……あれ、なんで通じているんだろう。


 測定をして貰わないと何とも言えないけれど、もしかしたら、その「魔力」と言うのが言葉にも関係してきているのかも知れない。


「じゃあ行こうか、リュリュ」


 魔力があれば、魔法が使える。

 魔法が使えれば、空が飛べる。

 たくさんの魔力があれば、魔法で元の世界へ戻れる可能性が広がる。


「……行きます」


 いつの間にか、付いて行くのが当然とばかりにネコが肩の上に飛び乗っていたけれど……師匠せんせいになるかも知れないと言っていたし、ここは何も言わないでおこうと思った。



 どんな結果が出るんだろう――?

 期待をしながら、差し出された辺境伯様の手に、自分の手をそっと乗せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辺境の魔法使いリュリュとケット・シーの秘密 渡邊 香梨 @nyattz315

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ