第13話

 ルルンが「モンスターの襲撃です〜!」と、叫ぶ声が暗い夜の川辺に響いている。



 ロロが焚き火のなかから燃えている木を松明の代わりに一本持ってルルンの元へと向かった。



「ルルンさん、大丈夫ですか?」


「ロロちゃん、あっちの方にモンスターが」



 ルルンが指さす数メートル先の川辺の方に、いくつもの人型の揺れる影が動いている。



 ロロが影の方に向かって手に持っている燃えている木の棒を投げつけた。火に照らされ影の正体が判明する。影の正体はゴブリンだった。十匹前後のゴブリンがカマやクワといった農具を武器として構えている。



「なによ、モンスターってゴブリンじゃない」


「あっ、リサさん! 気をつけてください。ゴブリンといえど、手に武器を持ってますから」


「関係ないわ。近寄らせなきゃいいんだから」



 リサが杖を構え「ミニサイクロ」と、呪文を唱えた。ゴブリンたちのいる中心辺りに、高さ一メートル半くらいの小さな竜巻が発生する。



 小さな竜巻が高速で回転し地面の石や木、それにゴブリンが持っている金属製の農具を巻き上げ、猛スピードでそれらが小さな竜巻の周辺にいるゴブリンたちに叩きつけられていく。



「ギャガー!」



 ゴブリンたちが断末魔の叫び声をあげながらバタバタと倒れていく。



「まあ、こんなものね!」



 十数匹のゴブリンをまたたく間に倒したことを誇るように、腕を組んでドヤ顔のリサ。



「すごいですね、リサさん。あっ、ちょっと動かないでください。肩に虫がついてますよ」



 風で巻き上げられリサの右肩に乗ったてんとう虫みたいな小さな虫を、ロロが取ってあげようとリサに近づいた



「えっ、虫!? いや、いやーー!!」


「ちょ、リサさん動かないで! すぐに取りますから!!」



 自分の肩に虫が乗っていることを知ってしまったリサが暴れまくる。パニックになったリサが無意識的に杖から魔法を放つ。



「リサさん、魔法! 魔法を打たないでください。すぐに取れますから!!」


「やだ! 虫やだー!!」



 火を纏った鳥が川辺を飛び、地面からいくつもの尖った氷柱つららが生え、上空の黒い雲からは雷が降り注ぎ、鋭利な風の刃が宙を漂い、立っていられないほどの地震が起こる。川辺は一瞬で戦地のように危険な場所になってしまった。



「ロロちゃんどうしよう〜、このままじゃ私たち巻き添えで死んじゃうよ〜」


「そうですね。なんとかしてリサさんから虫を取らないと、オイラたちの命に関わりますね」



 魔法を乱射する危険なリサから離れたルルンとロロは、岩かげからリサの様子を見ている。



「ロロちゃんの聖水魔法で、虫さんを弾き飛ばすとかはできないんですか〜?」


「たしかにオイラのエミットホーリーウォーター聖なる水の放出でリサさんの肩に乗っている虫を弾き飛ばすことはできると思います。ですが…………」


「ですが? ですが、なんですか〜?」


「ですがその、さっきこの川辺についたときに……ので、出そうにないんです」


「ええ〜!」



 ルルンたちが隠れている高さ一メートルくらい岩に、宙を漂う鋭利な風の刃が触れ、豆腐を切るかのようにスーッと岩の一部が切り落とされた。



「ひぃ〜! 私たちこのままだと本当に死んじゃいますよ〜。いいから、おしっこ出してくださ~い」


「ちょ、ルルンさん。そんなにオイラのお腹を押さないでください。押されても出ませんから!!」


「じゃあ水、水をいっぱい飲んでくださ~い!」



 ルルンが自分の腰に結んでいる水の入った革袋の栓を抜き、ロロの口のなかに強引に水をねじ込む。



「ゴボッ、ゴボボボッ! ちょ、いま飲んでもすぐには出ませんから、やめてください!」


「じゃあ、どうするんですか〜?」


「そんなこと聞かれても困りますよ。どうしようもないんですから……」


「ロロちゃん、アレ!!」



 ルルンはリサの頭上を指さした。リサが掲げている杖の先に、丸く青い魔力の核がある。その丸く青い魔力の核は川や空気中の水分を集め、集めた水分を凍らせ、とてつもなく巨大な氷を作っていく。家一軒分の大きさはあるだろう。



「あれは、あれはヤバいですよ!」


「そんなこと分かってますよ〜。あんなの飛んできてたらグチャグチャのビチャビチャになっちゃいます〜」


「なんかでも、完璧にこっちに飛んできそうな予感がしませんか?」


「私もそんな気がしてます〜」



 嬉しくもないことだが、ロロとルルンの予感が的中した。家一軒分の巨大な氷の塊が二人のいる岩をめがけて飛んできている。



「ヤバいですよ! このままだと岩ごとオイラたちも砕けて死にます。ルルンさん、走りますよ!!」


「ダメです〜。怖くて腰が、腰が抜けて動けません〜」



 巨大な氷が自分をめがけて迫ってきている恐怖のせいで、ルルンが腰を抜かし地面にお尻がついてしまっている。



「早く、早く立ってください!!」


「無理ですよ〜。力が、力が入らないんです〜」



 地面にお尻がついているルルンを立たそうとロロがルルンに肩を貸すが、迫りくる氷の恐怖で再び尻餅をついてしまう。もう逃げても間に合わない距離まで巨大な氷が迫って来てしまった。



「――佐々森さーん!!」



 高速で走ってきた龍馬が、ルルンとロロの頭上に落ちてくる巨大な氷を両手で受け止めた。



「勇者様!!」


「龍馬さん!!」


「ぬぐっ、ぬががががー」



 あまりの氷の重さに、龍馬の踏ん張っている足元が沈んでいく。



「ヤバいですよ、このままじゃ龍馬さんが潰れてオイラたちも死にます」


「勇者様〜! 勇者様の佐々森さんへの愛はその程度なんですか〜? こんな氷も投げ飛ばせない程度の愛なんですね」


「なん、だと!」



 ルルンの言葉に、龍馬が頭に青筋を立てて怒る。



「ちょっとルルンさん、そんな挑発するようなことを言うのはやめましょうよ。龍馬さんはオイラたちを助けてくれようとしてるんですから」


「いや、これでいいんですよ〜」


「オレの佐々森さんへの愛を見せてやる。ぬぉー! 佐々森さん! 佐々森さん! 佐々森!」



 佐々森さんの名を呼んで愛を高めていく龍馬。さっきまで頭と同じくらいの高さで巨大な氷を受け止めていた手の位置がどんどん上がっていき、腕が真っ直ぐ頭上に伸びた。



「佐々森さーん!!」



 猿の叫び声のような凄まじい声量と勢いで叫びながら、巨大な氷を川にぶん投げた。



 ザバーン。巨大な氷が落ちた川から大量の水しぶきが大雨のように降り注ぐ。



「やりましたね、勇者様〜」


「いや、まだです! リサさんが次の魔法を放とうと準備しています」



 杖を掲げているリサの頭上に、丸い緑色の魔力の核がある。丸い緑色の魔力の核は周りの風を集め、どんどん大きな風の玉になっていく。



「龍馬さん、リサさんの服についている虫を取って、リサさんの暴走を止めてください!」


「分かった!」



 龍馬が凄まじい強風のなかリサに向かって走っていく。



「ぬぉー!」



 リサの目の前まで来た龍馬が、リサの右肩にいる小さな虫に手を伸ばす。



「――くそっ!」



 龍馬の指があと数センチで虫を捕まえられるというときに危険を感じた虫が跳ね、リサの首元から制服のなかに逃げていった。



「逃がすかー!」



 龍馬が逃げた虫を追ってリサの首元から制服のなかに手を突っ込んだ。



「ああっ!」



 虫を追いかけリサの体をモゾモゾと這う龍馬の手のくすぐったさに、ピクンッとリサの体が反応する。



「ああっ! ああうっー!」


「ちょ、ちょっと龍馬さん! 早く取ってあげてください」



 リサの反応に耐えかねたロロが真っ赤な顔で声をあげる。



「うるせー! こっちだって全力でやってんだ!」



 龍馬が虫を捕まえ、リサの制服から手を出し、「おい、虫はもういねえぞ。正気に戻れ」と、リサの右肩をする。



「はっ! え、えと……アタシはなにをして?」


「なにをして、じゃねえよ! お前は虫に怯えて魔法を乱射し、ルルンたちを氷で潰しかけたんだよ」


「な、なに言ってるよアンタ。アタシが虫なんかに怯えるわけないでしょ。アタシは最強の魔法使いなのよ――ひいっ!」



 龍馬が右手で捕まえた虫をリサの目の前に持っていって見せつける。リサが虫に怯え体が震える。「ほら、怖くねえんだろ。ほら!」と、震えるリサに龍馬が虫の裏側、足がワサワサと動くところを見せつける。



「ひいいいいぃー! やめて、やめて認めるから。アタシは虫が怖い、怖いです!!」



 涙目で怖がるリサが震えながら降参した。

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【RTA異世界転生】 〜人生最大の幸せに、喜び過ぎて死んだオレ。異世界転生し『愛がパワーになるチート能力』を使い、最速で魔王をぶっ倒しにいく〜 日比野クロウ @nikiti

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