第12話

 リバイエ魔法学校を出発してから一日半。夜の川沿いの道を、龍馬が馬車を引いて進み続けていく。



 三十分ほど前からフラフラしながら馬車を引いていた龍馬が、バタンっと急に道の真ん中で倒れた。



「あっ、ルルンさん。龍馬さんが倒れましたよ」


「は~い。じゃあ荷台に運びましょうか〜。リサちゃんも手伝ってほしいです、勇者様は重いので〜」


「アンタたち、慣れ過ぎてて怖いんだけど……」



 ルルンとロロが道に倒れた龍馬を引きずりながら、馬車の荷台へと押し込んでいく。その様子を引き気味で見ているリサ。



「さて、この近くに村や町はなさそうなので、今日はあの木の下で野宿しましょうか」



 地図を眺めていたロロが地図から目を離し、川の側に立つ一本の大きな木を指さした。



「そうですね〜。じゃあ私はお馬さんのお世話をしますので、ロロちゃんとリサちゃんはご飯の用意をお願いします〜」


「了解です」


「ちょ、ちょっと待ってよ! こんなところに泊まるつもりなの!?」


「そうですけど〜。どうしたんですか〜?」


「どうしたもなにも――外じゃない!!」



 リサが、外だということを言葉強く発した。外で寝ることが嫌だという思いを強く込めて。



「仕方ないですよ。近くに村や町がないので」


「リサちゃん、外で寝るのも楽しいですよ〜。お星様がキレイに見えますし〜」


「星がキレイだとか、そんなことはどうでもいいわよ。それより、こんな外だと…………暗いじゃない」



 リサがルルンから顔を反らして、独り言のように小さな声で呟いた。



 たしかにここはかなり暗い。馬車についたランタンの火しか灯りがなく、馬車の半径一メートルから外は真っ暗闇だ。



「もしかしてリサちゃん……暗いのが怖いんですか〜?」


「はぁ! な、何言ってんの。ア、アタシに怖いものなんてあるわけないでしょ!!」


「そうですよルルンさん。リサさんは最強の魔法使いなんですから、怖いものなんてあるわけないじゃないですか」


「そ、そうよ。アタシは最強の魔法使いだから……こ、怖いものなんて一つもないわよ」


「変なこと言ってすみませ〜ん。じゃあ野宿で大丈夫ですね〜?」


「あ、当たり前でしょ」



 言葉とは裏腹に引きつった顔で返答をしたリサだが、この暗さでルルンやロロにはリサの表情が読み取れなかった。



 ロロが川辺で薪を燃やし、鉄の三脚に吊るした鍋に水と食材を入れて煮込んでいく。



「リサさん、ちょっと味見してもらっていいですか?」



 ロロが煮込んだ肉と野菜をスプーンですくい、焚き火を挟んで正面に座っているリサに声をかける。



 だがリサはロロから顔を背け、左側の対岸にある草むらの方をじっと見つめている。



「あの、リサさん。どうしたんですか?」


「さっきから、あっちの方の草がずっと動いてる。なにか草にモンスターが隠れてるのかも」


「あの、ただ風が吹いて揺れてるだけだと思いますよ」


「いや、絶対になんかモンスターがいるはずよ」


「うーん。じゃあ、魔法を放ってみたらどうですか?」


「それもそうね」



 ロロの案に賛成したリサが立ち上がり、杖を構え「エアスラッシュ」と、呪文を唱えた。対岸の草むらに向けているリサの小さな杖の先端についている黒い宝石から、無数の風の刃が飛んでいく。



 無数の風の刃が草むらの草を全て刈り取った。が、生死を問わずモンスターの姿は草むらにはなかった。



「ほらリサさん、やっぱりなにもいなかったですよね」



 責めるような強い口調ではなく、安心させるようにロロが優しい口調でリサに話しかけた。



「いや、切った草の下に隠れてるかもしれないわ」



 リサが切った草がこんもりと山積みになっている所に「クロスフレイム」と、呪文を唱えて火球を放った。



 着弾した火球が十字に火柱を立てて、草が山積みになっている辺りを焼き尽くしていく。



「なにもいなさそうね」



 ただ静かに燃えていく対岸の草を見て、リサがようやく納得した。



「あの、リサさんもしかして、やっぱり暗いのが怖かったりしますか?」


「なっ!」



 リサの体がビクンッと跳ね、手から杖を落とした。



「そんなわけないでしょ。アタシは世界一の魔法使いよ!」



 リサが顔をグイッとロロに密着するくらいまで近づけ、眉にシワを寄せながら大きく口を開いて否定する。



「す、すみません」



 リサが「変なこと言うないでよね」と、言いながら落ちた杖を拾ってベルトに差した。



「あの、リサさん……」


「えっ? なによ?」


「それ、ただの棒です」


「はっ?」



 ロロの言葉にリサが自分の腰のベルトに差しているものに目を向ける。そこには、ただの汚い木の棒が差されていた。本当の杖は地面に落ちたままだ。



「く、暗くて間違えただけだから。べ、別に暗いのが怖いってを当てられて動揺してるわけじゃないから! 分かった!?」


「はいはい、分かりましたから落ち着いてください。あと、杖の差し方が上下逆です、そのままじゃ落ちますよ」



 リサが杖の先端に宝石のついた部分を下にしてベルトに差している。



「いまはこう差したい気分なの。まあ、気分が変わったから戻すけど。間違えたわけじゃないから」


「分かりました、分かりましたから。あっ、具が煮えてるので味見してみてください」


「本当に分かってるんでしょうね?」



 ニヤニヤとした顔のロロから、不服そうにしながらも鍋の具をすくったスプーンを受け取るリサ。



 リサがスプーンに乗っている湯気の立つスープと、煮込まれて柔らかくなった肉と野菜を口のなかに入れた。



「どうですか?」


「美味しいわよ」



 リサは少し機嫌が悪そうにしながらも、ちゃんと感想を伝えてくれる。



「良かったです! じゃあ、龍馬さんとルルンさんを呼んで来ますね!!」



 ロロが立ち上がったとき、「めし〜、食わせろ〜」と、料理の匂いに龍馬が誘われ、ロロの後ろの馬車の荷台から這いずり出てくる。



「あっ、龍馬さんもよかったら味見してください」



 ロロがスプーンで鍋をすくい、リサのときと同じように龍馬に味見をさせようとする。



「ちょ、ちょっと待てよ!」



 龍馬の口のなかにスプーンを入れようとしているロロをリサが止める。ロロが「なんで止めるんですか?」と、慌てた表情のリサに問いかけた。



「だ、だって、そのスプーンはアタシが口をつけたものじゃない」


「え、えっと、そうですけど。ダメなんですか?」


「ダメに決まってるでしょ。だ、だって、チュ…………チューになるじゃない!!」



 リサが恥ずかしそうに両方のほっぺたを真っ赤にしながらロロに怒った。ただ、恥ずかしさが強いせいか、リサにいつもの怖さはない。



「ふっ、ふふ」


「なっ、ちょ! なに笑ってるのよ!!」


「いや、リサさんって意外と女の子なんですね」


「は、はぁー! なに言ってのよ。ア、アタシはその、衛生上の理由で注意したんだからね」


「はいはい、分かりましたよ。龍馬さん少し待ってくださいね、他のスプーンを」


「――めし〜!」


「「あっ!」」



 ロロがリサの口をつけていない他のスプーンに取り替えようとしたが、龍馬がロロの右手を掴み、リサが口をつけたスプーンを口に入れた。 



「もっと、もっと食わせろ〜」


「ちょ、ちょっとアンタなにしてんのよ! チュ、チューになったじゃない!!」



 真っ赤な顔のリサが龍馬に掴みかかる。が、龍馬はリサのことなんか無視をして、ロロから奪ったリサが口をつけたスプーンで鍋をすくっては食べ、すくっては食べ、を繰り返している。



「コイツ、許さないわ!」


「ちょっとリサさん! 龍馬さんに杖を向けないでください!! 龍馬さんも食べ過ぎないでください、他の人の分がなくなりますから!!」



 暴走するリサと龍馬を止めようとする忙しそうなロロ。そのとき、ルルンの叫び声が聞こえてきた。




「モンスター! モンスターの襲撃です〜!!」



 ロロたちより下流で馬に水を飲ませていたルルンが、流れる水の音しかしない静かな夜の川辺で叫んでいる。非常事態を伝えるために。

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