第11話 5月2日

「ではローズウェル君、勇者様たちに自己紹介をしてもらえないだろうか」



 ノーランド校長が校長室に入ってきたリサという高二くらいの年齢の少女にお願いする。



「いやです」



 リサがきっぱり断った。リバイエ魔法学校の最高責任者である校長のお願いを、一生徒に過ぎない少女が。それも腕を組んだまま。



「なぜかね、ローズウェル君。理由を教えてもらえないだろうか?」



 ノーランド校長は半世紀以上も年下の少女に、たった三文字で断られたにもかかわらず、優しい口調でアリサに問いかける。



「アタシが先に自己紹介するのが、いやだからです。なんでアタシが先なんですか。勇者って肩書きがあれば、誰でも頭を下げてペコペコするってわけじゃないですから」



 黒い三角帽子を被り、腰まで伸びた長い黒髪のアリサが、不機嫌な態度で龍馬を睨みつける。



 リサは百七十センチくらいの長身。腕や腰は細いが、ローブを着ていてもとてつもなく大きいことが分かる胸。大きな目に長いまつ毛、それに貼りついたような不機嫌な顔が特徴的だ。



「ローズウェル君。その発言は、いくらなんでも勇者様に失礼ではないか」


「失礼なのは勇者の方です。アタシに用があるなら、自分で来るべきでじゃないですか。呼びつけられたのが気にくわないです」


「勇者様たちは長旅で疲れておいでだから、私が」


「――アタシは疲れてないって言いたいんですか? アタシだって魔法の研究で毎日疲れてますから」



 リサが眉間にシワを寄せ、ギロリとノーランド校長を睨む。



「そう言いたいわけではない。もちろん、ローズウェル君が頑張って研究しておることは知っとる」


「なら、なんでアタシが呼び出されたんですか? 勇者の方がアタシのところに来るべきでしょ」


「いや、だからそれは…………」


「――で、お前はオレたちパーティーに入るのか? 入らないのか? どっちなんだ」


「ちょ、勇者様〜! 空気読んでくださいよ!!」



 龍馬の空気を読まない発言にルルンが慌てている。



「だって、この女の話が長いから。グダグダ文句を聞いてられるほど、オレは暇じゃねえ」


「なっ!」



 龍馬の無遠慮な発言に、リサが怒りで顔を赤くする。



「で、お前はパーティーに入るのか? 入らないのか? 時間がもったいないから早く決めてくれ。オレはさっさと魔王を倒しに行きてえんだ」


「勇者様〜、そういうのはもっと言葉を選ばないと、来てくれる人も、来てくれないですよ〜」


「そうですよ龍馬さん。そんな言い方じゃ誰も来てくれないですよ」



 ルルンとロロに口の悪さを指摘される龍馬。まあ、ルルンとロロの言い分がもっともだ、こんな言い方をされて、ついて来る人間などいるはずがない。



「行くわ、行ってやるわよ!」


「「え?」」



 予想外のリサの発言にルルンとロロ、それにノーランド校長までが驚きの声を出した。



「いやいやいやいやいや。えっ、なんで来るんですか〜?」


「ルルンさん、その聞き方は失礼ですよ。まるで来てほしくないみたいに聞こえますから。でも、なんで来るんですか!?」


「いや、ロロちゃんも失礼じゃないですか〜」


「だって普通、あんなふうに言われたらついて行こうって思いませんよ」


「普通じゃなくて悪かったわね!」


「えっ、あっ! そ、そういう意味じゃないです」



 言葉の選択を誤ったロロが慌てふためいている。こっちを向いているリサの顔が怖いのが理由だ。



「でも、なんで一緒に来ようと思ったんですか〜? 勇者様にあんな言い方されたのに〜」


「あんな言い方だったからよ。一緒に行ってアタシの方が強いってのを、コイツに思い知らせてやろうと思ったの」


「なるほど〜」



 ロロがルルンに小声で「龍馬さんの誘い方は正解だったみたいですね」とささやいた。



「そうですね〜。リサさんに対しては正解みたいですね〜。普通に誘ってたら逆に断られた可能性がありそうです〜」


「まあ、龍馬さんは絶対にそんなこと考えて発言したわけじゃないと思いますけどね」


「なにコソコソ話してるのよ! アタシに言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」


「「い、いえなにも」」



 ルルンとロロが、頭と手を大きく振って否定する。



「よしっ、行くぞ」



 龍馬が立ち上がり、軽い感じでルルンたちに呼びかける。



「えっ、あっ、勇者様、行くってどこにですか〜?」


「はあ? 魔王討伐の旅に決まってるだろ。魔法使いがオレたちのパーティーに入ることが決まったんだし、これ以上ここにいる理由はねえだろ」


「ちょ、勇者様、そんなコンビニに行くみたいな感じで魔王討伐の旅に行こうとしないでくださいよ〜」


「知らねえよ。どう呼びかけようがオレの勝手だろ」


「それにリサさんが旅の準備をする時間も必要なので、今日は泊めてもらって明日から頑張りましょうよ〜」


「旅の準備なんていらない。杖さえあればアタシは完璧だから」



 リサが制服のスカートのベルトに差している、お箸くらいの小さな木の杖を抜き、校長室から出ていく。



「お前たちも早く来いよ」



 龍馬が先に校長室を出たリサを追いかけるように、走って部屋を出ていく。



「あ〜あ、せっかちな二人が行っちゃいましたね〜」


「オイラたちも早く追いかけましょう。じゃないと、本当に置いてかれるかもしれませんし」


「そうですね〜。勇者様なら本当にそうしそうですからね〜」



 ロロとルルンが校長室を出ようとしたとき、「お急ぎのところ申しわけないが、少しだけいいかね?」と、ノーランド校長に呼び止められた。



「なんですか〜?」


「リサのことなんじゃがな。あの子は小さい頃に両親を亡くし、孤児として親戚からこの魔法学校に預けられたせいで、威張ったように振る舞っているが、本当は根は優しい普通の女の子なのじゃ。そこをどうか分かってあげて、仲良くしてほしい」



 ノーランド校長が、まるで孫を送り出すおじいちゃんのように、心配と不安に包まれた顔をしながら、ルルンとロロに頭を下げてお願いした。



「大丈夫です〜。根拠とかはないですけど、大丈夫です〜」



 ルルンが右手でピースサインを作って、それを微笑みと一緒にノーランド校長に向ける。



「あっ! ルルンさん、龍馬さんが馬車を引いて、もう校門を出ようとしてますよ!!」


「ちょ、ちょっと待ってください勇者様〜!」



 ドタバタと騒がしく、ルルンとロロが校長室から出ていく。ノーランド校長が窓から手を振り、馬車で去っていく龍馬とリサ、それと走り出した馬車を追いかけるルルンとロロを見送った。

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